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【連載小説】ただ恋をしただけ ⑥

〇〇〇
翌朝は、Lineの着信音で5時前に起こされた。
ミキさんから「今朝落ち合うはずだった芝エモンさんが、昨日結局福岡から飛んで来れず、今朝は別の演者が来る事になった。しかも今のところ誰が来るのかは未定」という第一報だった。
誰が来るのか分からないというのは不安だが、次の連絡が来るまではどうしようもないので、7時丁度に2階のカフェテリアへ降りて、呑気にホテルの朝食ビュッフェを食べた。
朝食を終えて、部屋に戻ってもまだ今日来る演者の連絡メールは来なかった。
その後、すぐにチェックアウトして車を出し、駅前のロータリーで停車して待つ事にした。
メールが来た。
代わりの演者さんは、新倉ナナという人で女性。歳は20代半ばらしい。昨日まで宇都宮にいたので、新幹線で郡山を目指している。8時13分に着くみたいなので、ロータリーで車を停めて待っててほしい。なお、先方にはウチの会社のキャップを被って、ウィンドブレーカーを着たのが立ってると伝えてあるのでよろしく。
 
うわっ…ダサっ…
 
ウチの会社のコーポレートカラーは何故かオレンジで、キャップもウィンドブレーカーも鮮やかなオレンジ。これを上手く着こなせる人間はなかなかいないんじゃないだろうかと思うぐらいのダサさだ。
 
まあ仕方ないか…
 
8時10分になった。僕はウィンドブレーカーを着こみ、キャップを被って車の外に立った。
 
暑い…
 
曇っているが、今日もまた真夏日になるようで、まだ朝だというのにもう30度はありそうだ。
この状況で、ウィンドブレーカーは、まるで熱中症製造マシーンのようであり、つまりは地獄だ。
頭のてっぺんから汗が吹き出し、背中は滝のように汗が流れ落ちている。
 
時計を見た。8時13分は過ぎた。
後4、5分で出てくるはず…
 
スマホで情報を見ると、途中でゲリラ豪雨に遭っており、8時13分着の新幹線は5分程遅れているようだった。
 
雨が降ってきたなと思ったら、いきなりゲリラ豪雨のような大雨になった。
僕は傘を積んでくるのを忘れたので、そのまま立っていた。
駅の出口から一直線にこっちに向かって走ってくる女性がいた。ボロボロのビニール傘を差しているが、ビニールが骨から外れており、ちっとも傘の役割を果たしておらず、彼女はビショビショに濡れていた。
彼女は雨を避けるために首を竦めて走ってきたので顔が見えなかったが、彼女は僕の前に立った時に顔を上げて、

「Gオフィスさん?あー!一昨日のみそ入れちゃった人!」
「うわあ!」

彼女だ!

「新倉さん?」
「ええ、早く車に乗せてくれませんか?酷く濡れちゃってるので…」
「あっああ、どうぞ」

僕はリモコンでスライドドアを開けて、自分は運転席に回り、車を出した。
 
 
どうしよう…
こんな再会の仕方は全く予想してなかった。
ただ、僕は混乱し、ドギマギしていた。
心臓の音が聞こえる。
落ち着け…落ち着け…
 
 
僕は車の運転に集中する事にした。
彼女は僕の真後ろに座り、リュックを開けて、ワサワサしていた。
 
「Gオフィスさん…」
「ああ、僕、風岡と言います。何でしょう?」
「奇麗なタオル、あります?」
「三列目のトートバッグの中にタオルとか、替えのTシャツとか色々入ってます。但し、ウチのスタッフ用ですが…それでいいなら」
「何でもいいです。着替えるから後ろ見ないで下さいね」
と言い、彼女は三列目へ行った。
後ろが気になるのだが、見ないでと言われてる関係上、なお一層僕は前を見て運転した。
 
「ありました?」
「何が?」
「タオルとTシャツ」
「ありましたわ。Tシャツ、今日借りてもいいでしょうか?」
「ええ?ウチのTシャツ着て、動画に出るんですか?そりゃどうかな…」
「分からないわよ。オレンジに黒文字で大きくGだけでしょう。みんなきっとジャイ狂」だけだと思うだけだわ」
 
ああ、そういう事か…ウチのカラーがオレンジの意味は…
ヘンな形で真実を知った気がした。
 
「でも、ダサいっすよ」
「いや、一昨日あなたと会ってから私ずっと雨に降られてて、あと2日も遠征が続くのに、もう替えのTシャツがなくって困ってたの。ずっと、実戦が延長続きでコインランドリーにも行けなくて…そうそう、下もあるかしら?」
「ジャージならありますよ。但し、後ろの荷物室のバッグに入ってますので、着いたら出します。でも、そんなん着て動画出てもいいんですか?」
「大丈夫です。どうせ、見てる人は私の事なんて見てないんだから」
「ええ、そうですか?そんな事ないと思うなあ…だって、僕は一昨日あなたに会って、あんなひどい出会い方をしたにも関わらず、今日までずっとあなたの事が忘れられなかったんですよ」
「ええ?それって、遠回しに告ってます?」
 
うわあ!やってしまった…もう後戻りはできない…
 
「そう、僕は一発であなたにやられました。好きです!」
「もう好きって言えるの?」
「言えます」
「男の人って、可愛いわね。まあいいわ、今日一日私と一緒に仕事をした後で、また同じ事を聞くわ。」
「可愛いって、ディスってます?」
「いいえ、ディスってなんかないわ。本当に可愛いと思うだけだわ。そこの左にあるパチンコ屋が今日の仕事場よ。駐車場に入って下さい」
「分かりました」
僕は左にウィンカーを出した。


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