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【創作大賞2024応募作オールカテゴリ部門】松山行きのバスに乗る。#4新しい人生を生きる事にする。(3/5)


朝、起きると、愛美はもう自分の部屋にはいなかった。
私が部屋を出ていくと、愛美はパジャマ姿のままで、キッチンでコーヒーを淹れていた。
「おはよう」
「おはよう、お父さん、早いね。」
時計を見た。5時50分。
「全然早くないよ。いつもなら5時前には起きる。お前は、どうしたんだ?」
「私、昨日ストレッチをしてなかったんで、さっきまでやってたの。ベランダで。今からシャワーを浴びるわ。」
「そうか、じゃあ浴びてきて。まだ、朝ごはんはいいよな。」
「まだ大丈夫。だけど、今朝は早くにあっちの家に向かいたいの。」
「何時に出たいんだ?」
「8時には出たい。」
「何故、そんなに急ぐんだ?」
「友達に「手伝いに来て」って言っちゃったから。」
「友達?」
「そう」
「そうか、分かった。じゃあ8時に出よう。」
 
それから私たちは朝ごはんを食べ、身支度をして、車に乗った。
私の車は、1300㏄のハイブリッド車だ。
「意外に後ろに荷物は乗らないね」と、愛美が言った。
そりゃそうだ。私のハッチバックの荷物室には、長い間ゴルフバッグ以外のものは乗った事がない。
 
車を走らせた。
今日は、朝から曇り空で、夕方からは雨が降る予報になっている。
 
 
日曜日だが、コロナの影響だろう。道は混んでおらず、下道をスイスイと走り、1時間ちょっとで青葉台のマンションに着いた。
すぐに部屋に上がると、愛美は真っ先に珠美の位牌に、線香をあげ、手を合わせた。
 
小さくてもいいから、仏壇を買わないといけないなと、私は思った。
愛美の後、私も同じように手を合わせた。
 
「ちょっと、友達に電話してくる。」と、愛美は言い、自分の部屋に入っていった。
 
リビングには私一人が残された。
こないだ来た時は、すごく久しぶりで、何だか見ちゃいけないような気がして、部屋全体を見回す事はしなかった。しかし、今回は、これでもう、この部屋を見る事がなくなるかもしれないので、キチンと見ようと思った。
 
玄関を入ると、細い廊下があり、その廊下にドアが2つある。手前がトイレのドアで、2番目が洗面所のドア、そして洗面所の左には風呂がある。
廊下を抜けると、すぐにキッチンがあり、そのまま続けてリビングになる。リビングの向こうは大きな窓があり、窓を出るとベランダになる。
リビングの左の壁に、ドアが二つ。それが愛美と、珠美の部屋だ。
 
キッチンもリビングもきれいに片付いている。
私は、リビングのカウチに腰を下ろし、壁に貼ってある色々なものを見回した。
 
珠美は、壁に色んなものを貼るのが好きだった。だから、リビングには、大小のコルクボードが三つ、取りつけていたように記憶している。
今は、コルクボードはなくなり、白い壁紙に直接、貼り付けているようだ。
 
テレビの横に見つけた。細長いタペストリー。
新婚旅行で、フィジーに行った時に買ったものだ。伝統の織物らしいのだが、色鮮やかで、芸術的な柄を珠美が気に入って買った。
 
テレビ台には、写真盾がいくつもあった。
私の知らない愛美の入学式や、卒業式、プールで泳ぐ写真や、どこかの高原リゾートで撮ったスナップ写真。全部知らない写真ばかりだが、全部、珠美と愛美が写っている。
珠美と愛美が写っているだけで、私には懐かしく思える。全く不思議な感情だ。
 
愛美は、自分の部屋から出てきた。そして、「友達が来る。」と、私に言った。
すぐに玄関のチャイムが鳴った。
 
愛美が出ると、大学生ぐらいの男の子がたくさん入ってきた。
 
私は面食らった。
 
 
「愛美ちゃんのお父さんですか?」
ゴツイ体形の男が、私の手を握って言った。
「はあ」
「そうですか、そうですか。僕、愛美ちゃんと同じ大学のラグビー部の大下と言います。」
「こら!宗太!お父さん、ビビっちゃってるじゃーん!ダメよ、あっち、行って。」
「愛美、この人たち、みんな、お前の知り合いなのか?」
「そう、私、ラグビー部のアシスタントだから。」
「アシスタント?」
「私ね、高校までチアリーディングをやってたんだけど、高校3年の時に膝怪我しちゃって、だから、大学ではチア、やらなかったのね。で、チアの時に学んだストレッチとかの準備体操をラグビー部で教えてるの。」
「ああ、そうなの…」知らない事ばかりだと、時に対応に困る事が多い。
 
「愛美さん!どれを運べばいいんですか?」リビングには、胸板の厚い若い男が3人も来ていた。
「ああ、順番に言ってくから、まず、私の布団と枕を運んで。」
「ああ、これね、出してるヤツね。」
「そう、それ。」
「愛美、運ぶって?」
「ああ、この人たち、今日、部の荷物を運ぶトラックを借りてきてもらってるの。」
愛美は、テキパキと指示を出していった。
たちまち、今日、運び出すものは、全部トラックに載せられた。
 
ダイニングや、リビングはそのままにしてあり、大半が愛美の部屋から荷物が運び出された。
珠美の部屋からは、ドレッサーが運ばれた。
ドレッサーは、私と結婚した直後に、英国家具の専門店で、どうしても欲しいとねだられて買ったものだった。
懐かしい。
「これは、私のものでお嫁に行く時も持っていくの。」と、愛美が言った。
「えーーー!、愛美さん、結婚するんすか?」3人が色めきだった。
 
どうやら、3人とも愛美の虜のようだ。
 
荷物を出したので、鍵をかけ、部屋を出た。
私の車の後に、トラックがついて来る事になった。
私が車を出すと、トラックはついて来た。
 
トラックのフロントガラス越しに、談笑する3人の若者が見えた。
 
 
帰りはもっと早くて、1時間丁度しかかからなかった。
 
私は、マンションの前で車を止めると、後ろのトラックにファサードの横にある荷下ろし場に車を止めるように指示した。そして、愛美を先に降ろし、愛美にマンションの管理人室に、「荷物を降ろす事を伝えに行ってくれ」と言った。
そして、私は自分の車を所定の駐車スペースに持っていった。
 
荷下ろし場に戻ると、誰もいなかった。
不用心だなあと思い、私がトラックの番をした。
 
5分ほどして、男三人が降りてきた。一人がガタガタとうるさい台車を押していた。
宗太が、私を見て「ああ、お父さん、上がらないんですか?」と言った。「君にお父さん呼ばわりされるつもりはないよ。」と言おうかと思ったが、大人気ないので止めて、「誰もいないと不用心だろう?」と、たしなめるように言った。すると、宗太が「大丈夫っすよ。この車、ボロなんで。」と、脳天気な声で答えた。誰も車の事なんて、心配していない。積み荷が残っているのが心配なだけだ、そう言おうかとも思ったが、面倒臭いので止めた。「じゃあ、残りの荷物も宜しく。」と言うと、「分かりました!」と、元気に答えてきた。まさに元気は大切だ。元気があれば、何でもできると言ったのは、アントニオ猪木だったか?
 
私は、部屋に上がった。愛美の部屋の前には、たくさんの荷物が散乱していた。私の部屋の前には、昨日出した私の捨てるべき物で溢れている。
 
大変だなあ…そう思っていると、愛美が部屋から出てきて、私に行った。
 
「やっぱり、今日、ベッド、買って。イケアに行こう。この人たちが運んでくれるって言うから。」
「分かった、じゃあ、まずは収めるものを全部収めてしまいなさい。後、ヤツらに、そこにあるゴルフバッグ3つと、健康器具をトラックで、リサイクルショップに運んでもらえるかな?」
「それは、簡単よ。」
 
あっという間に、不用品の大きなものはトラックに積まれた。
愛美の部屋も、一応は片付いた。
 
また、出掛ける事になった。
リサイクルショップへ行き、その査定をしてもらっている時間で昼食を取り、その後イケアへ行く。
何だか、慌ただしい日曜日になった。
 
 
私の家から幹線道路に出るとすぐに、ロードサイドの集合店舗がある。
そこに、リサイクルショップが入っており、私はトラックに積んだ不用品を、三人の若者に手伝ってもらって、運び入れた。丁度、店は混みだした時間のようで、査定には1時間ほどかかると言われた。私は、それで結構だと答え、店の外に出た。外には、三人と愛美が、真剣に議論を戦わせている風で話し合っていた。
「どうしたんだ?何か、話し合う事があるのかい?」と、私が訊いた。
「いや、どっちにすっかなあって、話し合ってたんですよ。」と、宗太が言った。
「どっちって?」
「あれですよ、あれ。」宗太が、左を指差した。
「あれ?」
宗太が指さす方には、ラーメン屋と、若者に人気のあるチェーン店の定食屋があった。
「今、うちら全員で話してたんですけど、2対2でイーブンなんすよ。お父さんは、どっちがいいです?」
「えっ?あっ、そうか。で、愛美はどっちがいいんだ?」
「私はラーメン。ここのラーメン、美味しいから。」
ホントは、定食屋でサバの味噌煮とかが食べたかった。しかし、愛美はラーメンだと言う。しかも私の意見で決まるのは、間違いなさそうだ。
「じゃあ、ラーメンにしようか。」と、言ってしまった。
ラーメンは久しぶりだし、そんなにたくさん食べる事にはならないだろうと、高をくくっていた。
 
甘かった。
 
ここのラーメンは、所謂二郎系というヤツで、普通のものを頼んでもボリューミーだ。
三人は「マシマシマシ」とか言って、どんぶりの上に野菜とチャーシューの山ができているようなラーメンを頼んでいた。愛美のが来た。愛美のも、結構な山ができていた。私は愛美に訊いた。「そんなの食えるのか?」すると、愛美が指を口の前に出し「しー」と言った。そして、その指で貼り紙を指した。
「私語厳禁」と書いてあった。
私は、普通のラーメンを必死になって食べたが、どうにもチャーシューが一つ残りそうになった。
それを見て、愛美が私のどんぶりのチャーシューを箸でつまみ上げ、宗太のどんぶりに投げ入れた。
宗太は嬉しそうに、手を振ってみせた。宗太の野菜や、チャーシューはまだ、だいぶ残っているみたいなのに。
 
私は、スープまで全部飲み干すと、先に店を出た。
外に灰皿のあるスペースがある。
私は一人でアイコスを吸った。
 
美味いコーヒーが飲みたいと思った。
コーヒーがないと、この油は消化されないような気がした。
 
そして、リサイクルショップに戻ると、査定は終わっていた。
あれだけ出したのに、8千円と言われたが、引き取ってもらうだけでもOKだったので、承知して8千円を受け取った。
 
リサイクルショップを出ると、みんながラーメン屋から出てきた。
若者は「ごちそうさまです!」と、口をそろえて私に言った。
私は「お粗末様です。」と、返した。
 
そして、車に乗り、イケアを目指した。
 
 
イケアに着いた。道は相変わらず空いていた。
私は車を降り、愛美にカードを渡して、こう言った。
「僕は行かないから、君がいいヤツを買いなさい。しかし、出来れば5万円以内のヤツにしてほしい。」
「分かったわ。でも、お父さんは、どうするの?」
「いやあ、ラーメンがもたれたのでね。ちょっと、回りを散歩でもするよ。それから、アイコスでも吸って、待ってる。」
「分かった。じゃあね。」
 
愛美と三人は店の中に消えた。
 
私は灰皿のスペースでアイコスを吸った。
 
イケアの道沿いに、スターバックスがあるのを見つけていた。
 
吸い終わると、散歩がてらスタバへ歩いて行き、テイクアウトでコーヒーを一つ買った。
買ったコーヒーを持ち、また、喫煙スペースに戻った。
 
煙草を吸い、コーヒーを飲む。
 
何回か繰り返すと、やがて猛烈に眠くなった。
 
コーヒーを飲み終えた。
煙草は4本も吸った。
 
胃もたれは、解消されつつある。
 
コーヒーの紙カップをごみ箱に捨て、私は車に戻った。
運転席に戻ると、すぐに寝た。
 
 
スマホの音で目が覚めた。
愛美からだった。
「どうした、愛美?」
「お父さん、やっぱり見て欲しいの、ベッド。」
「仕方ないな、じゃあ行くよ。」
 
私は愛美たちと売場で落ち合った。
 
愛美が一つのベッドを指差した。
「私、これが欲しいんだけど…」
「何、これ。欲しいなら、これにすればいいじゃん。」と、私が言った。
愛美が値札を指差した。9万6千円。
 
白い清潔そうなベッドで、分厚いマットレスが、快適な寝心地を約束してくれそうなベッドだった。
 
「仕方ないな。これにしなさい。」と、私が言った。
愛美は、三人向けて「ねー、言ったでしょう。」と、いたずらっぽく言った。
なるほど、私は試されていたようだ。ひょっとしたら、賭けが成立していたかも…
 
とにかく、私は眠かった。
「じゃあ、これを買って。僕は、ちょっと眠いから、車で寝てるから。」と言った。
 
愛美は、そのベッドのカードを取り、向こうへ歩いて行った。その後ろに三人がついていく。
本当に女王様と家来みたいだな。
私はエレベーターに向かった。
何だか、眠い。
 
 
疲れているのだろう。一日で、こんなに動くのは久しぶりだからだ。
私は、車の運転席であるにもかかわらず、完全に寝落ちしていた。
エンジンをかけてなかったので、車の中は蒸し暑いにもかかわらずだ。
 
ウィンドウを叩く音で、目が覚めた。
愛美が助手席側に立っていた。
ドアを開けると、愛美が「運転、代ろうか?」と、言った。
「運転できるのか?」
「一応、免許、持ってるし。」
「じゃあ、お願いするかな。」
私は、運転席を出て、そのまま後部座席に乗った。
愛美は、運転席に座ると、ミラーの角度をチェックした。
「いい?いくわよ。」と言ったので、「お願いします。」と答えた。
車が動き出した。スムーズに駐車場を出た。
幹線道路に出た。私は、後部座席で寝始めていた。
何かの拍子で、Gが変わった。
愛美はスピード狂だと分かった。
 
少し混み合う前の車を縫うように追い越していく。
 
「愛美、愛美!」
「何?お父さん。」
「そんな事したら、後ろのトラックがついて来れなくなっちゃう。ゆっくり走りなさい。」
「ああ、そうか。分かったわ。」
車はスピードを落として、左車線を大人しく走った。
私は再度、眠りについた。
 
 
起きた。
まだ、車は動いている。窓の外を見ると、何だか高速道路を走っているみたいだ。
高速道路? 家に向かうのに、高速道路は使わない。
 
「愛美、今、どこらへんだ?」
「何だか、相模原の方へ向かっているみたい。」
「えっ?」
何故だか、車は圏央道を走っていた。
「何で、こうなる?」
「何か、左に曲がったら、高速の入り口だったのね。まあ、いっかと思って走ってたら、こうなってしまったの。」
 
仕方がない。こうなれば、八王子までこれで行って、それから中央道で戻るのが早道だろう。
私は後ろを見た。トラックは、機嫌よくついてきている。
 
私は、愛美に指示を出し、道を教えながら、何とかウチに辿り着いた。
 
イケアを出てから1時間半も経っていた。
 
 
ベッドの材料は、三人が6階まで階段で運んでくれた。
マットレスは重く、大きいので、運ぶのを私と愛美も手伝った。
ベッドに関する荷物を全部運び入れると、愛美の部屋で、若い男たちだけで早速組み立て始めた。
 
「お父さん、電動ドリル、ある?」
「あるよ、玄関のすぐ横のドアが倉庫だ。その右上にクリーム色の段ボールの箱があるから、それだ。」
愛美はすぐに見つけて、クリーム色の箱を持って、部屋に戻っていった。
電動ドリルは金属的な甲高い音を立てた。
私は、家の中の全部の窓を閉め、エアコンをつけた。
この季節、6階のこの部屋は、夜、あまりエアコンをつける事はない。
しかし、音は近所迷惑だ。
 
ドリルの音は、比較的すぐに止んだ。
 
ベッドができたので、愛美が私を呼びに来た。
ドアから見て、右側にベッドが置かれ、左には、愛美のライティングデスクと、珠美のドレッサーが置かれていた。そして、手前には、多分20インチぐらいの液晶テレビが小さな台の上に載っていた。
 
「まだ、全部できたわけじゃないけど、今日のところは一応、こんな感じ。」と愛美は私に説明した。
「もう、これ以上、買い物はなしだぞ。」と、私が言うと、「えーっと、まだ、あるんだけど…」と言った。
「じゃあ、リストを書いて、見せてくれ。後、一つ一つの値段も。値段を見てから、吟味するから。」
「はーい。」
 
時計を見た。8時半だった。
三人は、運んできたベッドの段ボールや、発泡スチロールを片していた。
「三人とも、今日は一日仕事だったね。ありがとう、お疲れさまでした。」と、私が言った。すると愛美が「三人にお礼で焼肉を奢るって言っちゃってるんだけど、いいかなあ?」と言った。私は昼のラーメンで、油っぽいものは流石に勘弁と思っていたので、素直に「焼肉はキツイな。回転寿司で、どうだ?」と訊いた。
三人は大きく頷いたので、歩いていける回転寿司屋に、みんなで行った。
 
提案しなければよかった。
 
うちのテーブルには、皿が120も積み上がった。
私は、やけ酒気味に、ビールから冷酒に変えた。
すると、宗太が、「お父さん、何か、つまみ要ります?ゲソの唐揚げとか?」と訊いてきた。
ゲソの唐揚げで冷酒は飲まない。
「いいよ、酒だけちびちび飲むから。」と、答えた。
「そうですか、じゃあ、こっちは腹いっぱい食わしていただきます。」
まだ、食うつもりか?
 
結局、皿は180になった。
 
しかし、高い寿司は、愛美が厳しくチェックしていたので、殆どが100円の皿だった。
 
支払いの時、金額を見ると2万円を超えていた。
これなら、銀座の寿司屋に一人で行ける。そう思いながら、私は昨日から何度目かのカードを提示した。
 
 
家に帰ると、私はすぐに風呂を洗い、湯を張った。
 
愛美は、部屋の飾りつけで忙しいみたいだった。
湯が沸いた。
私は愛美に「先に風呂に入るぞ。」と言った。
愛美は「はーい」と返事した。
 
私は烏の行水のような短い時間で風呂を出た。
髪を乾かし、キッチンへ向かい、麦茶を出して、コップに注いだ。
もう、酒はいいや。そんな気分だった。
 
リビングの窓を全部開け放ち、風を入れた。
しかし、空気が生温く、風呂上りには少々不快だった。
窓を閉め、エアコンをつけた。
そして、テレビをつけて、ニュースを見始めた。
別にニュースが見たいわけではない。
私の部屋には、まだ昨日愛美が寝た布団が残っているからだ。
愛美は、どうするんだろう?あれ、自分の布団は、持って来てたよな?
 
愛美が部屋から出てきた。「お風呂、入るね。」と言った。
「愛美、僕の部屋の布団は、片していいのかな?」
「ああ、あれねえ、どこにしまう?」
「どこって、お前の部屋の奥にあるクローゼットの中だよ。」
「どこか、他に置くとこないの?」
「ないなあ。お前の部屋の上に小さなサービスルームがあるだろう?後は、そこぐらいかなあ?」
「じゃあ、暫くはお父さんの部屋に畳んで置いておいてよ。私の部屋が片付いたら、持っていくようにするから。」
「片付くって、いつだい?」
「来週、今日の三人に、もう一度運んでもらうように約束したの。それで、こっちに持ってくる物はおしまいだから、それを全部収納したら。」
「まだ、持ってくるのかい?」
「そうよ。さすがに冷蔵庫とか、ソファとかは、持ってこれないけれども、例えばオーブントースターだって、お母さんが私にトースト焼いてくれたものだもん。なかなか、捨てられないわよ。」
「なるほど、そうか。分かった。じゃあ、できるだけ、全部、こっちに持ってくるようにしよう。それで、ここにあるものと被るものは、ここからリサイクルショップに出そう。」
「えっ、お父さん、それでいいの?」
「いいさ、ここにあるものは全部、僕が必要に迫られて買ったものばかりだから、別に思い入れがある訳じゃないし、被るなら、機能を見て、できるだけ青葉台の物を使うようにすればいい。」
「うわあ、ありがとう、お父さーん。」愛美は私の胸に飛び込んできた。
 
それで分かった。愛美は、急に私と一緒に暮らす事に、すごく遠慮していた事を。
なるほど、分かった。しかし、気づいてあげられなかった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 
「じゃあ、お風呂、入ります。」愛美は風呂場に向かった。
 
私は、自分の部屋にある愛美が寝た布団を畳みに行った。
 

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