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【連載小説】サキヨミ #9

光を感じて目が覚めた。
ぐっすり寝た。睡眠が十分だったと感じさせる充実を感じながら、僕はベッドから起き上がった。
頭上のグレーは、殆ど白に近い。
「よく寝たね。」救済者が僕の方へ向かってきながら声を掛けてきた。
「ああ、どれぐらい寝たのかな?そう言えば、ここには時計もスマホもないね。どうしてるんだい?これじゃあ、時間が分からない。」
「すまんね。ここでは時間を測るのはまだ無理なんだ。時計を見たけりゃ、現在のスペースに行かなくっちゃならない。」
「まだって、どういう事だい?」
「ここサキヨミもスペースの一部なんだ。それは前にも言ったよね?」
「ああ、聞いた。でも、それとここでは時間が測れないは、つながらないよ。」
「サキヨミはスペースを模して作っている新しい仮想空間だからなのさ。」
「じゃあ、サキヨミは、統領の支配下ではない?」
「そう、ここでは統領の制御は効かない。サキヨミには、「マザー」がいるから。」
「マザー?」
「サキヨミを創造するマスターAIの事だよ。統領は、地球最大の危機を乗り越えるために作られたAIだが、危機を乗り切るためにニンゲンに厳しい。ジンケンを無視し、ニンゲンの持つオリジナリティを損なう危険性がある。僕たちはそれを案じて、コツコツと秘かに作業してマザーを作り、ここサキヨミを作ったんだ。」
「じゃあ、マザーは統領に対抗するために作られたという事?マザーは、統領に勝てるの?」
「まだ無理だ。情報量が圧倒的に少ないんだ。だから、マザーは不完全だし、サキヨミはスペースには敵わない。」
「サキヨミでは、温度や匂いを感じたり、感じなかったりするのは、そういう事?」
「そう。そういうのが一番の課題なんだ。マザーは、まだまだ改良を重ねなければならない。」
「で、いつかは統領と対決する?」
「ああ。でも、そのいつかは格段に早まったんだ。」
「どうして?」
「君のせいだよ。さあ、行こう。次の世界で話すよ。」
僕らはスポットの中へと落ちた。
 
どこかの廃墟だった。
地下深くなのか、単に密閉された空間なのかは知らない。
しかし、いずれにせよ、全く太陽の光が届かない場所だ。
少し硫黄のような臭いがする。
相当縦に長い空間らしく遠く向こうがほんのり明るくなっているせいで、今僕らがいる場所も全くの闇ではない。しかし、見通しは悪く手元ですら覚束ない。
 
パチン!
 
灯りが点いた。
 
救済者は壁沿いに立っていた。
恐らく壁に電灯のスイッチがあるのだろう。
驚いた。
 
多分ここは洞窟なんだろう。
しかし、壁はごつごつと歪なので、手掘りで作った人工の洞窟なのかもしれない。
 
横も広く、見たところ7、8mはあるだろう。
縦は恐ろしく長いみたいだ。
向こうの先の灯りがあるところまで、下手したら1㎞はあるかもしれない。
 
「ここがニンゲンの地球での最後の住処だよ。」救済者が言った。
 
壁伝いに、両サイドに手作りのベッドが連なっている。
空間の真ん中には、粗末な板で作ったテーブルが長く続いている。
 
「放射能に汚染された地表では暮らせないと判断した者が、順々にここへ逃げ込んできたんだ。」
「で、地球上の全部のニンゲンがここに集まった?」
「そう、噂を聞きつけてね。大陸から海を渡ってきた者。辛うじて飛ぶ事ができた旅客機できた者、長い道のりをずっと歩いて来た者、様々だけどね。」
「どうしてここに全人類は集結したんだ?自分の土地でもこんなシェルターなら作れたろうに?」
「思し召しさ。きっとね。いや、本当のところは分からない。でも、ここに全人類が集まったのは間違いない。生きている動物や、植物を持ち込んでね。」
「まるで、ノアの方舟だね。」
「そう、だから、あながち思し召し説は当たってなくもないんだよ。」
「ここで、ニンゲンたちは、統領を作り、自分たちの未来を託すことを決議したのか?」
「そうなるね。その決定の場面で君のお父さんが活躍したらしい。」
「えっ?」
「お父さんは、建設会社をやってたんだよね?」
「ちっちゃい会社だけどね。町の工務店に毛が生えたぐらいの…」
「お父さんは会議をリードして、統領を作る事を決めさせた。そして、統領と僕らニンゲンのイシキを守り、再びニンゲンが地上で暮らせるようになるまでの堅牢なシェルターを作ったんだ。」
「それは、本当なのか?」
「ああ、本当さ。」
「でも、何で?」
「死んでしまった君とお母さんのイシキを復活させるためさ。」
「どういう事?」
「君とお母さんは、汚染された地表面へ出かけていって、そこで放射能を浴び、やがてがんになって死んでしまう。それは話したよね?」
「ああ、聞いた。それが?」
「当時のニンゲン社会の中で、放射能に汚染されたニンゲンは忌み嫌われる存在で、決して同情されたり、悲しまれたりする存在ではなかった。そんなニンゲンが、自分たちが過ごすこの地下深くの不快な空間に戻ってくること自体がご法度だったんだ。でも、お父さんは、死んだ君とお母さんの遺体を急速冷凍して秘密の場所で保管した。そして、時を待ったんだ。」
「統領を作って、ニンゲンがイシキとなり、生き続ける事になる未来をかい?」
「その通りだ。そして、統領が出来た時にお父さんは、自分のイシキと引き換えに、息子である君とお母さんのイシキの復活を申し出たんだ。」
「じゃあ…親父のイシキはもう戻る事はない?」
「その筈だったんだが…どうやら君のイシキの中で…」
「復活しようとし始めてるという事か?」
「そうなんだ。残念な事に君の脳みそ自体は、がん細胞に侵されて使い物にならなかったので、君の記憶だけを抽出してお父さんの脳に置き換えた。お父さんの記憶は一切デリートしてね。でも、お父さんのイシキが復活しようとしている。」
「統領は、それが困る?」
「そうなんだ。これまで統領に歯向ったりする者は何人もいるんだが…僕を含めてね…でも、それはハッキリしたビジョンがある訳ではなく、最初は違和感だけなんだよ。しかし、君は違う。部屋で焼酎を飲んでる時にネットに入っただろう?前にも言ったが、統領の作った社会の中には酒は存在しないんだ。でも、それを君は普通に味わっていた。」
「なるほど…でも、僕にはどうしようもないな…救済者、教えてくれ、僕はどうすればいいんだい?」
「話し合うのさ、統領達と。それしか方法はない。」
 
話し合う?…通じるのか?


 


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