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【短編小説】ハロウィン・パーティ

シンドイなあ…
何で来ちゃったんだろう?…東京
冬は寒いし、夏は沖縄より暑い
大体、人が多すぎよ
しかも人はこんなに多いのに、私の事を本当に分かってくれる人はいない
みんな仲良くしてくれてるようで、実は全然仲良くなんてない気がする
みんな敵?みんな仲間?
何かついていけないんだよ

島袋優はここのところ、そんな事をずっと考えている。

憧れだったはずの東京のダンススクールだが、今はもうイヤな感じしかしていない。親の反対を押し切るために、地元でちゃんと短大まで卒業してから東京に来た。だから、今のスクールの同級生とは年が違って、自分は年上だというのがあるのかもしれない。
そして、クラスの他の子が、自分より格段にダンスが上手い事を知ってしまった事があるかもしれない。
兎に角、今はスクールへ行くのも東京に住んでいるのもイヤで仕方ない。

沖縄に帰りたい。
でも、入学金や授業料を払ってしまっている。
何とか、もう1年、頑張って卒業しなくては…
でも、気持ちはキツイ。

今日はハロウィンだ。

スクールの友達が常連のクラブでハロウィンパーティがあり、優も誘われている。何でもこのクラブはダンスの業界関係者が多く集まる店なんだとか…

行きたくないなあ… 本音を言うと…
でも、付き合いが悪いと思われるのもなあ。仕方ない、折角、衣装も準備したし、出掛けるか…

このパーティの参加条件は、「気合を入れたコスプレ」

優は、刀剣女子に化ける事にした。ウィッグにかんざしを何本も刺して、和服を着崩して、ちょっと肌出して、足元は黒いエナメルのブーツを履いて…
お金はかかったけど、ムッチャ頑張った。

パーティ会場のあるビルのエントランスに着いた。

美奈と紗季は先に着いていた。

美奈は、キューティハニーの衣装を着ており、紗季は、キャットウーマンに扮している。

何これ?むっちゃアリモンじゃん…でも、二人の方が露出が多くて、私より全然エロいけど…えっ、ひょっとして、そんな感じのパーティ?だったら、なおの事イヤだなあ。苦手なんだよ、ナンパな感じが…うっとおしくてさ。

優は、二人と入口で合流して、エレベーターに乗った。

クラブはフロアが広く、薄暗く、時々明るいフラッシュのような光線が走っている。
中は一杯の人で賑わっていた。みんな早々に酔っ払っているようで、弾けるように大声で笑い合っている。
男女ともに少しエロチックなコスチュームを着ており、中にはラバーメイクしている人もいてなかなか凝っている。
殆どの女子は、身体のライン丸出しの衣装で、かかってる音楽に合わせて、身体を揺らしていて、そこに男が群がっている。

優は、「明らかに自分は場違い」だと思った。優のコスプレはアニメっぽくて、あまりエロくはない。エロく着物を着る事は出来るが、そんな風に着たいとは思わない。

優は気後れがした。それを察してか、察してないのかは分からないが、「さあ、楽しもう!」と美奈が明るく言った。「イエーイ!」紗季が応え、優の手を取り、フロアへ繰り出した。

優はかんざし一杯のウィッグの重さだけを感じていた。
ダンスは得意だが、この頭ではうまく踊れない。マジ、コスチュームの選択ミスったわ…
踊れない優は、二人のダンスの邪魔にならないように隅っこでステップだけでリズムを取った。二人は調子に乗って、多少エロさマシマシで踊る。
その三人に、男たちが声をかけてくる。

「オレらのVIP席で、一緒に飲もうぜえ!」
「イエーイ!」

優は、「私はいい」と言い、その場を離れた。誰も優を止めなかった。

一人になった優は、カウンターの端でスパークリングワインを飲んだ。
ボーっとフロアを眺めながら、炭酸水みたいな味気ないワインを立て続けに飲んでいると、優は見つけた。

フロアのど真ん中で、一人だけ場違いなヤツ。

琉球空手の道着。高下駄。
角刈りの頭。頭は地毛だし、顔もマスクも何もないし、メイクだってしていない。
こんなんコスプレじゃないんじゃね?
道着には、「空手バカ一代」と書いてある。いつの時代よ?
「空手バカ一代」は、ダンスはまるでダメなようで、変な形で体をくねらせるだけなのだが、かえってそれがみんなにウケて、中々踊るのを止められないでいた。

変なヤツ。

やがて、「空手バカ一代」は、汗だくでヘトヘトになった。そして自分の周りを取り囲んでいる人たちに「水分補給してくる」と言って、フロアを離れ、優のいるカウンターにやってきた。

優は「空手バカ一代」から目が離せなくなっており、ずっと見ていると、「空手バカ一代」は、優の二つ隣りに座った。

「空手バカ一代」は、ビールを頼んだ。
ビールは華奢なトールグラスで供された。
そのグラスは、手の甲までもじゃもじゃの毛が生えている手で掴むと、似合わなさマックスだった。まるで、グラスがキングコングに握りつぶされそうになっているエッフェル塔のように見えた。
「空手バカ一代」は、そのビールを一気に飲み干した。
そして、「あふぇー」と言った。(気まずい…という意味。)
それを優は聞き逃さなかった。すぐに、優も「私もあふぇー」と言った。
「ここの酒、全部薄くね?」と「空手バカ一代」が優に訊いた。
「水みたい」と優は答えた。

「うちなんちゅー?」
「宜野湾」
「オレ、沖縄市」
「ウチくる?てびちで泡盛」
「いいねえ」
「時間かかってもいいなら、ヤギ汁も作れるよ」
「ええ、マジか?若いのにヤギ汁作れるなんて、お前、最高だねえ!」
「そうでしょう…食べたい、ヤギ汁?」
「ムッチャ、食いたい。オレ、ヤギ汁、大好物!」
「分かった、作るよ。ここ出よう」
「そうしよう」

こうして、かんざし女と空手バカ一代は、誰にも気づかれないように、そっと店を出た。


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