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謝罪

 ネットスーパーで食料品を購入している。送料200円で移動費と時間が節約できる。レジに並ぶ手間が省けるため、重宝している。

 1月半ばのある日。配達員の方がいつものようにやってきた。私の家に来る配達員の方は4名いる。その日配達に来た方に、私はあまり良い印象を抱いていなかった。その男性は商品を受け渡す際、部屋の扉を足で支える。他の配達員は皆、持参したストッパーを使う。億劫な性格なのだろう。指摘するほどのことでもない。

 商品の受け渡しが始まった。冷蔵もの、冷凍もの、最後に野菜等の生物。生物の袋に重みを感じた。中を確認すると卵が入っている。おかしい。卵は袋から出した状態で客に渡し、その場でひび割れの有無を確認させるはずだ。

「卵が入っているなら言っていただけますか」。口走ってしまった。すると「言いましたよ」と返答。予想外の返答に、私は思わず「聞こえるように言わないとわからないですよ」と反応してしまった。これはいけない。冷や汗で背中はびっしょりだった。

 なぜこんな言葉が口から出たか。その前日、職場で上司から指導を受けた際、言われた台詞だった。いや俺ちゃんと伝えたけどな。そのストレスを自分で消化できず、無実の他人にぶつけてしまった。最低だ。

 非難されるべきはそれだけではない。ストレスの矛先が、普段から不満を抱いている相手に向かったことだ。つまり、私が配達員の方に「注意した」のは、卵を分けて渡さなかったからだけではない。以前から彼の動作が気になっていたからである。私は紛れもなく彼自身を攻撃していた。これがほかの配達員の方だったら、私はこんな風には反応していなかっただろう。

 私の部屋はアパートの四階にある。エレベーターはない。配達員の方の苦労を考えたこともなかった。雨の日も、猛暑日も、文句の一つも言わずに配達してくれる。家族や夢のため、彼らは精一杯働いている。そのことに気づけなかった。自分が恥ずかしくて仕方なかった。

 「すいません」。配達員の方の小さな声が鮮明に思い出される。申し訳ない。次に配達に来てくれたときに謝ろう。配達日には心臓をバクバクさせながら彼の来訪を待つ。だが、扉の向こうに立っているのは、いつも別の配達員だ。


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