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この複雑で混沌とした世界の隅で寒さに震える

 国家という虚構や物語ではなく、個人の苦しみに目を向けよ、とユダヤ人の歴史学者は述べていたし、世界を理解するには、政治や経済、防衛、地政学といった大きな「こと」のみならず、小さな人たちにも心を寄せなければ、とロシアの作家は静かに語っていた。

 そんなことをつらつらと思い出しながら、私は、信頼するZehoriteから届いたメールを読んでいた。彼女は某企業で人事部門のVPを務めている。心配して心配して何度かメールを送り、電話もかけた。気丈なZehoriteは言う。私たちは大丈夫、でも、一刻も早く人質を返して欲しい。そして、静かな日々が戻るよう毎日祈っていると。

 聡明で慈悲深いZehorite、彼女の尽力がなければ、私は人生最大の困難を乗り越えられなかっただろう。飛行機の窓から雲を眺め、混迷を極める世界の向こう側に想いを馳せる。想いに翼が生えて、かの地まで飛んでゆけばいいのに。

 飛行機が無事着陸して、私は札幌までたどり着いた。大好きな北の都市、寒さが思いのほか身に染みて、ダッフルバッグに詰め込んできたゴアテックスのジャケットを着込み、首元までジッパーを上げる。今回お世話になるあおいちゃんが迎えにきてくれていた。道すがら車の窓から、満開の山桜が闇夜に白く浮かびあがるのを、切ない気持ちで目に納めた。

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