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全国紙新聞記者を辞めて特殊清掃業界に入った話

県営住宅の一室。「風呂場」にこんもり積もった人糞を紙袋に詰めていく。

防毒マスク(※注 業界では「面体マスク」「めんたい」と呼ぶ)を突き抜ける臭気が、涙腺を刺激する。全身を覆う防護服は体温を密閉し、噴き出る汗を逃さない。

クサい、暑い、クサすぎる、、、。
つい1ヶ月半前まで首相官邸にいた俺が、一体何をしているんだろう。

”総理番”の記者

自分が勤めていた新聞社では、東京で新人記者研修(2ヶ月)→各都道府県への地方配属(5年半)→本社配属(その後ずっと)というコースで、記者人生が流れていく。

私は栃木県に配属され、紆余曲折のあった支局生活を送った。取材先に恵まれたこともあり、昨年9月には、社内で「花形」とされる政治部に配属された。(地方記者時代の話は、エピソードがありすぎるため、また別で書きたいと思う)

政治部の記者は大抵、「総理番」から政治記者としての道を歩み始める。総理番は国家のトップを取材することから、ベテラン記者が務めているように誤解されることもあるが、実際は政治記者の「登竜門」だ。

例に漏れず、私も昨年9月1日から首相官邸と自宅を往復する日々が始まった。総理が行く先々を全て追いかけ、総理の動向を報道する。

総理番はとにかく忙しかった。朝から深夜まで働き、北朝鮮がミサイルを打てば、震度5強以上の地震が発生すれば、深夜問わず召集がかかる。疲れた体に鞭を打ってまた出勤する。

そんな毎日を送るうち、仕事への熱意が薄れていくのを感じた。

「総理が茂木幹事長と会談した」
ーー「どうでもいい。」

「自民党のパーティー券の公開基準が引き下げられる」
ーー「どうでもいいなあ。」

自分の報道は、一体誰のためになっているのだろう。裕福な政治家ではなく、誰かが代わりに社会に向けて叫ばなければ、声が届かない人たち。その声を拾い上げるために、記者になったのではなかったのか。

無論、歴史のページを紡いでいく政治記者の仕事が意義深いとは認識している。ただ、政治家のレコーダーとなり、官僚のスピーカーとなり、あれこれ憶測を立てる。そんな人生を送り続けるのが、堪らなく嫌になった。

3000枚の名刺の中で一番惹かれた場所

「辞めようかな」と考えていた今年4月、地方記者時代に交換した約3000枚の名刺をめくっていった。

目についたのが、栃木県北にある田舎の特殊清掃会社。

コロナ禍の最中、集団感染の発生した「ダイヤモンド・プリンセス号」で除菌を行なったことで地元で有名になり、社長に取材したことがあった。コロナ除菌のほかにも、「大量殺人のあった有名事件の現場、居住者が孤独死した死臭漂う部屋を清掃してきた」という。ドギツイ話を明るく話す社長の言葉には、妙な凄みがあった。この人の所へ行けば、刺激が得られるかもしれない。

ーーー4月のある夜のLINEーーーー
私「ご無沙汰してます。社長の会社に転職してもいいですか」

社長「どこかおかしくなった!!??。落ち着いてからまた連絡ください」
ーーーーーーーーーーーーー

改めて栃木県に行き、想いを伝えると、「面白くなる気しかしないな。採用だ」と即答。今年6月末で新聞社を退職し、7月1日からの入社が決まった。その翌週、会社に辞表を提出した。

周囲には反対の声も多かったが、「やっぱお前はイカれてるな」と笑いながら送り出してくれた仲間がいた。本気で悲しんでくれた上司や同期、他社の総理番の仲間、辞めてからも飲みに付き合ってくれる後輩、皆ありがとう。いい会社だったな、と今でも思う。

「セーフティーネット」からも、追い出される人たち

冒頭に戻る。

この現場は、「強制執行」案件だ。居住者は中年の女性。家賃を延々に滞納し続け、裁判所から立ち退き命令が出された。なぜそんなに滞納したのかはわからないが、関係者の話によると、身内が心の病気になり、本人も「セルフ・ネグレクト」になったのだという。

元々、県営住宅や市営住宅などの公営住宅は、社会のセーフティネットとして機能しているものだ。所得別に住むエリアが分かれているが、低所得者向けに設置されている住宅は、家賃が大体1万円台。入居の審査も緩く、誰も取りこぼさないよう、社会が住まいを用意している。

だが、家賃を滞納されたら話は別だ。法律上では3ヶ月の滞納で立ち退き命令が出されることになっているが、そう簡単には踏み込まない。職員が通告を出して、何度も電話をかけて、保証人に協力要請をして、それでも家賃を払わない場合、命令が出る。

女性に下った命令は7月19日の立ち退き。当日、現場には裁判所の執行官や、行政職員が住宅前に現れ、女性に命令を伝えた。

私たち清掃会社の業務は、部屋の中にあるものを全て撤去すること。冷蔵庫や衣服など、必要な家財を別の部屋に保管し、ゴミや不要な家財は廃棄する。保管された家財は約1ヶ月の期限が設けられ、その間に本人が持ち帰らなければ、これもまた廃棄される。

強制執行の案件は数あれど、今回特に手強かったのが、風呂場に積もったウンチだ。滞納のせいで水道を止められた女性は、トイレに糞尿を流せなくなり、挙げ句の果てに風呂場をトイレ化した

衝撃を受けた風呂場の状態

字面だけで吐きそうになる光景にも怯まず、黙々と作業する先輩社員の姿が、カッコよく見えた。「(持ち上げた感触は)粘土みたいだよ」と笑っている。

ーーでも、どうしてそんなに家賃を滞納するのだろう。生活保護を受給しているなら、家賃が自動的に天引きされていくはずだ。関係者に聞くと、「受給申請してくれればいいんですけど、動かないんですよ、面倒くさがって。究極のズボラ状態ですから。そういう人も一定数いるんですよ」という。

ウンチを取り除き、部屋のゴミを片付け、家財を移動させる。清掃作業が終わると、居住者の女性が立ち退き、すぐさま部屋の鍵が交換された。なんでも、強制執行が行われても当たり前のように、帰って来ようとする人がいるらしい。

「この後の住まいはあるんですか」「これまでの人生に何があったのですか」。住居を去っていく女性を呼び止め、質問したい欲求が込み上げてきたが、「もう記者ではないのだ」と自分に言い聞かせ、飲み込んだ。

セーフティーネットからも追い出される人がいる。糞便よりも、そのことが私にとっては衝撃だった。しばらくうずくまっていると、ママさん社員が「亀田くん、辞めないでね」と声をかけてくれた。「この現場のキツさはまだ”中の上”だから」と脅かしてくる先輩もいた。そんな人たちに囲まれていると、また元気が出てきた。

政治記者時代には見られなかった現場があり、そこにドラマがあるかもしれない。だから、この業界で頑張ってみようと思う。「イカれた」道を選んだ自分にしか伝えられないことが、きっとあるはずだ。


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