(掌編)電車は走る(約650文字)

 窓の外に見える沿線の町並みは瞬きする間に勢いよく流れゆく。戸建ての家に公園、子供を前後に乗せて走る電動自転車の母親、町工場、マンション、美容室、不動産らしきショップ、走り去る乗用車やトラックと、知っているようでまるで知らない営みを置いてきぼりにして。
 今朝の電車は生憎いつもより混雑していて座れなかった。そういえば案内板には遅延の表示があったような気もするがその影響だろうか。これもいつものことだと大して気にもせず、私は扉の近くで不意に押し寄せる揺れに合わせて、ひんやりとした手すりを握る手に力を込めた。
 車窓から車内に視線を移すと、長椅子に身体を押し込めるようにして座る人たちと、その前でつり革を握って立ち並ぶ人たちが皆、怖いくらいに同じ容貌をしていた。いや、勿論顔の造作がということではない。じっと目を閉じて眠っている者や、手に持ったスマホを眺める者。ぼんやりとどこかを見つめている者もいる。しかし、しばらく眺めていても誰とも目が合う気配はない。みな一様に何処か疲れたような気だるさを貼り付けていた。
 ふと、Bluetoothのイヤホンの電源をオフにして目を閉じてみる。リズミカルなようで不規則なゴーという走行音と、時折差し込まれる誰かの咳。線路のつなぎ目のガタン、ゴトン。吊り革がぎゅっと軋む音に、誰かのスマホから漏れ聞こえる動画のセリフ。雑多な音に包まれながら、私もじっと息を潜めている。
 なんという空間だろうか。
 私もきっと彼らと同じ顔をしている。
 電車は東へと走っていく。

 了

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