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(掌編)夢追い(2013年 元旦)

 テレビから聞こえてくる「おめでとうございます」という着物姿のアナウンサーの声を聞きながら、忠雄《ただお》は台所の方へ顔を向けた。視線の先には朝食の片付けをする彼の妻の姿があり、カチャリ、カチャリと小さな音を立てて、洗い終えた食器を水切りかごに丁寧に重ねていた。
 忠雄が妻の方を見るのはもう何度目だろうか。先程からそわそわと落ち着かない様子でいた忠雄だったが、妻の方は一向に気づいているのかいないのか、黙々と朝食の後片付けをしていた。
 やがて、ぼんやりとテレビを眺めていた忠雄の耳に「キュッ」という水道の栓を閉じる音が届いた。パタパタと居間に歩いてくる足音を聞きながら、しかし忠雄は振り返らなかった。あれほど待ちわびている雰囲気を出しておきながら、そうと知られるのは気恥ずかしいのだ。
「はいはい、おまたせしました」
「うん、ごくろうさん」
 そう言ってやっと振り返ると、立ち上がってテレビ台の引き出しから黄色いきんちゃく袋を取り出した。
「さぁ、当たってますかねぇ」
「4億じゃなくても3000万で良いけどな」
「そうですねぇ」
「そうしたら、和沙《かずさ》にたくさんお年玉をあげられるぞ」
「ふふ、和紗ちゃんまだ小さいから、あんまりあげたら誠一《せいいち》に叱られますよ」
「じゃあ誠一に渡したらいい」
 忠雄は妻と笑いながら、きんちゃく袋の中から宝くじの束を取り出した。テーブルには、先程から開かないようにしていた新聞が置かれていた。
 忠雄は紙の袋の封を親指をぐいと差し込んでビリビリと開封していく。妻はきんちゃくを丁寧にたたみ、空になった紙の袋を片す。とても息のあった動きだった。
「さあ、いいぞ」
 妻が新聞を広げた。抽選は大晦日に行われていたので、インターネットなどを使えば昨日のうちに確認できるのだが、忠雄は正月の楽しみとして、朝食のあとに宝くじを確認することにしていた。
「1等を読んだら良いですか? 6等から?」くすくすと笑いながら妻が聞くと、「1等だ!」と忠雄は宝くじの束を手に取り、指をぺろりと舐めた。
「──じゃあ、言いますよ。61組の195280いちきゅうごうにいはちぜろ
「61組の195280いちきゅうごーにーはちぜろ、195280……」
 忠雄は時折目をぐっと近づけ、番号を繰り返し繰り返しつぶやきながら、一枚一枚確認していく。
 手に持った束は50枚あった。
「195……ああ、おしい!」
 コロコロと大げさに表情を変える忠雄を見て微笑みながら、妻はお茶を入れますね、と立ち上がった。

 了


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