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夏の共犯(掌編)【シロクマ文芸部】約1,100字

 夏は夜中に目を覚ましてしまうことが多い。冷房を入れようか、窓を少し開けて夜風で凌ごうか。そんな本格的な熱帯夜を迎えるという時期は特にだ。

「あっつー」

 今日はなんとか耐えれるんじゃね? と冷房をケチったパターンだった。目が覚めると寝巻き替わりのTシャツはじんわりと汗を吸っていてちょい気持ち悪い。枕元のスマホを見ると、三時を少し過ぎたところだった。窓からは大して風も入ってきておらず、室内はムッとする空気が停滞しているようだった。

 そのまま目を閉じても眠れる気がしなかったのでトイレにでもと立ち上がる。逡巡して、エアコンのスイッチを入れて窓を締めておく。今から冷房の恩恵に預かるのは負けた気になるけど、この熱気の中眠るのは遠慮したい。

 階下に降りると、ダイニングに電気が点いていた。

 ――誰だ? こんな時間に。

 トイレに向かうついでで覗いてみると、妹の望海のぞみが寝巻き姿でダイニングテーブルの自分の席に座っていた。

「おまえ、こんな時間に何してんの」
「わぁ! びっくりした!」

 俺が声をかけると、望海は露骨に驚いて手に持っていたものをカランとテープルの上に落とした。スプーンだった。

「ん?」

 望海の手元を見ると、カップのアイスクリームを両手で少し隠すようにしていた。コイツ、こんな時間に何やってんだか。

「なんとなく眠れなくって。暑いしちょっと体冷ますのにいいかなーって」
「ま、いいけどな」

 母親に見られたなら「こんな時間に」、とお小言のひとつでも貰うかも知れないが、高校生の妹に俺がとやかく言うことはない。

 それよりも、まだ火照っていた身体には夜中にアイスクリームというビジュアルは説得力がありすぎた。

「俺も食お」
「そうそう。共犯共犯」

 冷凍庫を開けて望海が食べていたのと同じカップのアイスクリームを取り出す。清涼感のあるミントグリーンの中に、少し濃い色のチョコレート。手に伝わる冷たいカップがじんわりと熱を奪っていく。

 アイスカップの紙のフタを剥がすと、ほんの少しだけミントの香りがした。スーパーで五個数百円くらいのチョコミントアイスなのでクオリティはお察しだが、夜中補正でこれ以上無い香りにも感じる。

 俺はスプーンをぐいっと差し入れるが、まだ出したばかりで凍った表面を少し削り取っただけだった。

  それでも口の中にいれると、爽やかな風味と、少しのチョコの甘みを残してさっと溶ける。

「夏の夜中に食うのに、これほどピッタリなもんはないかもな」
「なーにカッコつけてるんだか」

 望海も自分のスプーンに大きめの一匙をすくい取り、嬉しそうに頬張った。

 

 母親に見つからないようにと二人で隠すように捨てたアイスのゴミは、翌朝しっかり発見された。

 了


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