木苺

鉄道ひとり旅を趣味とするシナリオライターです。全国のゲストハウスや民宿、宿坊に泊まり、…

木苺

鉄道ひとり旅を趣味とするシナリオライターです。全国のゲストハウスや民宿、宿坊に泊まり、歴史・文化・自然・街歩き・郷土料理、人とのふれあいを楽しんでいます。小説も書きます。多くの人に読んでもらいたいと思い、創作大賞2024お仕事小説部門に応募しました。よかったら読んで下さい。

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【創作大賞2024応募小説】クラウドソーシングの迷子たち(第1話 真夜中の美声)

第1話 真夜中の美声  夜中の2時を回った頃である。眠っていた真梨子は、たぶん隣の部屋から聞こえてくる声で目を覚ました。  彼女が一人で寝ている部屋の隣は息子の部屋だ。大学を卒業し、商社に勤める長男の佑人。こんな夜中に電話でもしているのか熱心に話している。真梨子は暗闇の中でベッドに身を起こして、息子の部屋とのあいだの壁をみつめた。  しばらく耳を澄ませていると、彼の話しは強弱と緩急をつけながら続いていく。ずいぶん一人で長く喋るものだと思ったが、ふと、小学生の時に息子の宿題の

    • 【小説】クラウドソーシングの迷子たち(最終話 煌めきの欠片)

      最終話 煌めきの欠片    妃奈は広告会社への就職が内定し、残りの大学生活を楽しんでいたのだが、珍しく深刻な顔で母に相談をしてきた。 「私、前にクラウドソーシングでイラスト描いてたよね」  真梨子は自分が思わず目を背けた強烈な絵を思い出した。 「え? まさか内定が取り消しになったとかいう話じゃないよね?」     「違う。あの仕事はとっくにやめたし。ただ… その時もらったお金が問題になってるみたいで、もしかしたら取り調べとか受けるかも…」  話はこういうことだった。  妃奈

      • 【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第9話 創造というものからの逃走)

        第9話 創造というものからの逃走     しばらく漫画なんか見たくないと思っていた真梨子に漫画のシナリオの相談が届いた。「三枝木」という人物が、長年かけて考えた原作の文章をすぐに作画ができるようにシナリオにしてほしいと言ってきたのだ。彼は文章は書けるがセリフを書いたことはなかった。  原作は「パラレルワールド」がテーマで、実際に漫画となって公開されるまではアイデアを秘密にしておきたいので、秘密保持契約を結んだあとに原作の文章を見せたいと言う。真梨子は昔からタイムトラベルやパ

        • 【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第8話 報われてもいい人)

          第8話 報われてもいい人    真梨子の住むマンションの四畳半の一室は夫の忠洋の趣味に占拠されている。特に場所を取っているのが見たところ千冊以上はある漫画本で、高く積み上がった数十の塔を見るたび、真梨子は一冊残らず古本屋に売れてほしいと願う。ところがそれらが他ならぬ彼女自身に役立つ日が来た。  ある新人漫画家が仕事を得るために、自身のポートフォリオにできるオリジナル作品をつくることにした。真梨子はあとで知るのだが、絵はいくらでも描けるが作話は苦手という漫画家も中にはいるらし

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        【創作大賞2024応募小説】クラウドソーシングの迷子たち(第1話 真夜中の美声)

        • 【小説】クラウドソーシングの迷子たち(最終話 煌めきの欠片)

        • 【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第9話 創造というものからの逃走)

        • 【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第8話 報われてもいい人)

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第7話 濁った共感のゆくえ)

          第7話 濁った共感のゆくえ    クラウドソーシングのライティングの仕事で珍しく見かけるのが依頼者の半生記の執筆だ。長年書き溜めてきたブログを小説にしてほしいという依頼もあれば、途中まで書いた自叙伝を完成させてブラッシュアップしてほしいという依頼もある。依頼の文章からは、自分にとってかけがえのない記憶や想いを形にして残したい熱い気持ちが伝わってくる。  今回真梨子にメッセージを送ってきた依頼者の女性もその一人だった。 (藤田マリエさま。突然のメッセージをお許し下さい。実は私

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第7話 濁った共感のゆくえ)

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第6話 揃いすぎた条件)

          第6話 揃いすぎた条件    ある日、真梨子は自分にぴったりだと思う案件をみつけた。  依頼者は「山口」と名乗る人物で、仕事は塾に関わる記事の作成だった。5千字で3万円の高額案件で、小学校受験の塾に子どもを通わせたことのある女性のライターを希望していた。都内にある塾の本部に複数回来られることも条件だった。  真梨子には何となく周囲のママ友に合わせて長男を1年だけ通わせた経験がある。結局また周囲に合わせ、塾はやめ、受験はしなかったのだが。あの頃は人間関係に窮屈な想いもしたが、

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第6話 揃いすぎた条件)

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第5話 正論の向こう側)

          第5話 正論の向こう側  土曜日の遅い朝、兄があとから起きてきた妹をつかまえて言った。 「もしかして、おまえもクラウドソーシングで仕事やってる?」  トースターから焼けたパンを取るため席を立った母はドキッとした。娘の妃奈の名前と写真を借りてクラウドソーシングで仕事をしているのは自分だ。それが佑人にみつかったのか? だったら隠していてもしょうがない。この際全部話して謝ってしまおうと思った。 「あ、あのね、あれは」  真梨子の言葉を遮るように妃奈が言った。 「え? 顔も載せてな

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第5話 正論の向こう側)

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第4話 戦慄のスクロール)

          第4話 戦慄のスクロール     クラウドソーシングの仕事には依頼者が案件を公開してワーカーを募るものと、依頼者からワーカーに直接相談が来るものがある。真梨子にもたまに相談が来たが、どれも激安案件だったり有料セミナーに誘導するような怪しいものばかりだった。個々のやり取りの監視が難しいネット上ならではの罠がそこら中にある。  ところが真梨子は今回来た相談にはそういう危険を感じなかった。  依頼者は九州在住のA・Yと名乗る男性で、趣味で小説を書いていて、自分の作品への率直な感想

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第4話 戦慄のスクロール)

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第3話 時給100円の壁)

            第3話 時給100円の壁  真梨子が初めて応募してみた案件の依頼者からメッセージが来た。 (大変お世話になっております! ご提案誠にありがとうございます! ぜひ加藤様のほうにお願いしたいのでどうぞ宜しくお願いします!!)  調子の良すぎる文面に面食らった真梨子だが、こんなに簡単に仕事が得られることには驚いた。すぐにお礼のメッセージを返すと10名以上の提案者から自分が選ばれた。サイトに促されるままに受注を承諾すると、数分後には相手から報酬の仮支払いがあったという知らせが

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第3話 時給100円の壁)

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第2話 歳を取らない求職者)

          第2話 歳を取らない求職者  ある夕方、真梨子はパートから帰るなりリビングのパソコンの電源を入れた。夫のお古のパソコンは起動するのに時間がかかり、いつになくイライラさせられた。  というのも真梨子は今日の今日、パート先の書店が2ヶ月後に閉店することを伝えられてショックを受け、同時に最近の状況では仕方がないと納得し、なるべく早く次の仕事を探したかったのだ。  真梨子は下の子の妃奈が幼稚園に上がってからスーパー、ベーカリー、子供服の店で働いた。最後に行き着いたのが駅前のモールに

          【小説】クラウドソーシングの迷子たち(第2話 歳を取らない求職者)

          【山形へひとり旅】観光列車海里のコンパートメントのメンツを予測してみた。

          雪の庄内地方をめざして、観光列車の海里(かいり)に乗った。 大人の休日俱楽部パスは東日本の列車が新幹線も含めて乗り放題。まだ乗ったことのない日本海沿いを走る海里に乗ろうと、予定の3週間前に席を取ろうとしたらすでにいっぱいだった。 「残念…!」 と言いつつ諦めきれず、1号車から4号車の席を繰り返し眺めていると、ふとコンパートメントに一席空きが出た。 「やったー! 取っちゃおうか! …でもコンパートメントか…」 コンパートメントは半個室の4人用の席で、仲間や家族で乗るには

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          【山梨へひとり旅】地下カーヴで甲州辛口白ワインに魅了され

          10月の鉄道150周年乗り放題では、2泊3日で山梨へひとり旅した。 四半世紀前にぶどう狩りをして以来、降りたことのなかった勝沼ぶどう郷駅で下車し、秋の陽にそびえる「ぶどうの丘」へ。 地下ワインカーヴという所で試飲ができることは知っていたが、いまいちシステムが飲み込めないまま、受付でタートヴァンと呼ばれる容器を買って地下へ降りると・・・ 薄暗く広い貯蔵庫にずらりとワインが寝かされ、円テーブルごとに10本ぐらいの試飲用ワインが立っている。 若いグループが大勢いて、ワインをち

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          【岩手へひとり旅】SL銀河で宮沢賢治の旅

          ずーっと乗りたかったSL銀河についに乗れた。 SL銀河は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を旅するような憧れの列車。来年の3月で終わってしまうため、この夏にはどうしても乗りたかった。 なんとか取れた予約は日曜の朝に釜石から乗って、遠野で降りるもの。 それならばと、三陸鉄道に一日中乗るのは前日の土曜にして、その晩は釜石に泊まることに。SLを遠野で降りたあとは遠野を観光して泊まることも決めた。花巻観光は最終日にして、そこから新幹線に乗って帰ろう。いつも旅の日程はパズルみたいに決まっ

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          【岩手へひとり旅】久慈の薄明りの窓辺

          市民薄明(しみんはくめい)という言葉を知ったのは、東北の一人旅で久慈のビジネスホテルに泊まった時だった。 初めて乗る三陸鉄道への期待で眠れない私は、真っ暗な部屋でベッドを起き上がり、なんの気もなしに窓のカーテンを開いた。4階のこの窓から見える景色はすぐそこの久慈駅と、ここまでつながる通りぐらいだ。 ところがその瞬間、私は外の世界が昼間のように明るいことを知った。 「うそでしょ!? こんな時間なのに??」 時計を見ればまだ3時半。夕方の市民マルシェで賑わった広場もオレン

          【岩手へひとり旅】久慈の薄明りの窓辺