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第4話 幻覚

「なんや、食べへんのかいな?」
 吉栄光比売が大翔に言った。
「いやだから、俺甘いのん苦手なんすよ。果物とか特に。」
 彼が手に持っている菓子は、陽菜イチオシの、アテナ製菓のハムスター・フルーツ大福。普通の大福のあんこもだめなのに、中身がフルーツときては、ますます無理である。中にどんなフルーツが入っているかは「食べてみてのお楽しみ」らしいが、食べて何が出てこようが同じである。
 対照的に、陽菜は満面の笑顔で大福をほおばっている。
「んー!! いちご! めっちゃ好き!」
 ふにゃふにゃの笑みで困り眉になりながら、両の足をピョンピョンと踊らせる。

 塵劫神社の拝殿。
 その入り口の階段の最上段に、高校生2人と数学の女神がならんで腰掛けている。
 とりあえず最初の絵馬の問題には答えられたということで、褒美にお茶と菓子を頂戴していた。3人の周囲や膝の上ではケサランパサランたちが戯れている。
「ほーう。お主は甘いもんはあかんのか。将来のんべえになるかもな。」
「はあ、そういうもんですか?」
 大翔の曖昧な返事を無視し、吉栄光比売は大福を丸ごと口に放り込んだ。
(自分の神通力で作ったモンを自分で食うて、なんか意味あるんか?)
 そんなことを考えていて、大翔は陽菜がもの欲しげに自分の方を見ていることに気がついた。彼女はもう、自分の大福を食べ終えている。
「やるわ。」
「ええのん? ありがとお!」
 陽菜が大福を受け取ろうとした時だった。1匹のケサランパサランが、NBAのプレイヤーもかくやというあざやかなスティールで、大福をかすめとった。
「あ、こら!」
 陽菜が声をあげたが、彼(?)はまたたく間に彼女の手の届かないところまで行き、身の丈の半分以上ある大福を一口で平らげてしまった。
「ちょっとお! 他人ひとの食べ物とったらあかんのんよぉ!!」
 拝殿の床をペチペチと叩きながら抗議する。
 ケサランパサランはそれにかまわず、近くに放り出してあった絵馬をひろって彼女に差し出してきた。

次の数字を $${11}$$ でわったあまりを求めよ:

「むー・・・。」
「あっはっはっは!」
 むくれる陽菜の横で、吉栄光比売が声をあげて笑った。
「『大福が欲しかったら、また問題解け』やてよ。」
「・・・この子ぉら、まさかヨシザカエ様が動かしてるんちゃいますよね?」
「アホな。誰がそんなメンドくさいことすんねんな。」
「あー、盛り上がってるとこ、スンマセンけど・・・。」
 大翔が遠慮がちに2人の会話に割り込んだ。
「とりあえず1個は食えたんやし、もう帰らへんか? もうだいぶ暗いし・・・。」
「そお? そこまで暗ぁないと思うけど・・・?」
「なんやったら、家に着くまで狐火あかり付けたげるえ?」
「いや、そやのうて、『それ解くんにいったい何時間かかんねん?』って話ですよ! その問題の前に、$${3}$$ の倍数の公式も証明せなあかんのんでしょ?」
 さっきの問題は、$${3}$$ の倍数の公式を使って・・・解いただけである。正直、それが精一杯だ。証明になんて付き合ってはいられない。
 ・・・が。
「ああ。それならたぶん、私わかったと思う。」
「ほう?」
「は?! いつの間に?!」
「スイーツ食べてる時。ほら、その間、この子ぉらがずっとまわりにおったやん? 『いっぱいいて数えきれへんなぁ』って・・・。」
 陽菜が周囲のケサランパサランを見わたして言う。
「『どうやったら数えられるかな』って思てたら、ひらめいてん。」
「い、意味がわからん・・・。」
 陽菜は参道に降りると、ふたたびケサランパサラン達に指示を出し始めた。
「うん。全部で $${123}$$ 匹おるんやね。」

「ほんで、くくった枠それぞれから $${1}$$ 匹ずつ連れてきたら・・・。」

「な? せやから、『各桁の数字の合計を計算しましょう』ってなるねん。」
「・・・・・・。」
 大翔は絶句した。もはや、吉栄光比売の反応を確認するまでもない。一度そう言われてみれば、反論する方が難しかった。
「なんや。『数学苦手や』言うてたけど、ようわかってるやんか。」
 吉栄光比売は腰を上げ、ゆっくりと拝殿の階段を下った。
「えへへ・・・。でも、数式とかは苦手なんですよ。だからあんまり正確やないかも・・・。」
 女神は、ならんだケサランパサランを眺めながら言った。
「ええよ。今ので本質は突いてる。欲を言えば、『どんだけ大きい $${100\cdots00}$$ みたいな数でも、$${1}$$ 引いたら $${3}$$ でわれる』いうことも証明してほしいが・・・。まあええやろ。ほぼ自明や。」(※1)
「やったぁ!」
「ほんで? “$${11}$$ の方”はどうする?」
「あー。それはまだちょっと・・・。」
 それを聞くと、大翔は決然と自分のバッグをあさり始めた。
 ふで箱、ルーズリーフ、下じき・・・。
 およそ、神社という背景に似合わないアイテムが、拝殿の床に放り出される。
 それらをセットアップすると、彼は猛然と何かを書き始めた。
 陽菜と吉栄光比売は、あっけに取られた。
「何なんですかねぇ?」
「さあ。幼馴染に先越されたんが、よっぽど気にいらへなんだか?」
 ボキッ!! ピシィッ!!
「痛ってぇ!!」
 突然シャーペンの芯が折れて大翔の額にクリーンヒットし、彼は悲鳴をあげた。
 額をさすりながら2人を見て、しどろもどろに言った。
「あ、いや。どうぞ、お気になさらず・・・。」
 ふたたび大翔がルーズリーフをにらみつけた。
 吉栄光比売にいわく、$${3}$$ の倍数の公式は $${11}$$ の倍数の公式を考える上でのヒントである。
 であれば、陽菜と同じ要領でわかるはずだ。ルーズリーフに書きつけたケサランパサラン代わりの“○”の大群から、$${11}$$ のセットをムリヤリひねり出してみる。

 大翔は試しに、$${123\div11}$$ をひっ算で解いてみた。
 確かにあまりは $${2}$$ になる。
 $${3}$$ のわり算の時とは少し勝手が違うようだが、要領はつかんだ・・・ように思えた。

 彼が両ほほを両こぶしで支えて考え込んでいると、不意にやわらかいにおいが大翔の鼻をくすぐった。
 陽菜だった。大翔の横に四つん這いになり、ノートをのぞき込んでいる。大翔は思わず身をそらせた。
「へぇー。こういうやり方もあるんや。」
 つぼめた口に人さし指を軽くあて、感心げにつぶやく。
「ま、まだ終わってへん。次は $${1000}$$ の位で $${11}$$ のセットくくり出せるか考えなあかん。」
「? できひんの?」
「少なくとも、$${1}$$ 匹連れ出して $${999}$$ 匹にしても、$${11}$$ ではわれへんやろ? $${9}$$ あまるわ。」

$$
999\div 11 = 90\ \cdots\ 9
$$

「ふうん。ほな逆に、$${10}$$ の位みたいに他から $${1}$$ 匹もろてきたら?」
「ん?」

「ええっと、そしたら全部で $${1001}$$ 匹か。$${11}$$ でわれるかっちゅうと・・・。」
 計算してみると、確かに $${11}$$ でわり切れる。

$$
1001\div11 = 91
$$

「・・・・・・。なんか、“$${3}$$ のとき”に比べてメンドいな。$${1}$$ 匹連れ出すケタ”$${1}$$ 匹貰ってくるケタ”が交互に出てくる、いうことか?」
 大翔がぼやく。陽菜はそのとなりであひる座りになり、少し考えるふうにした。
「仮にそうやとすると、$${1}$$ ケタおきに$${1}$$ 匹連れ出すケタ”が出てくるんよね?」
「ん? おう。」
「それやったらさ。いっそ、$${\textbf{2}}$$ ケタくくりで考えたらどやろ?」
「? どういうこと?」
「たとえばな、$${1234}$$ って数字の場合な・・・。」

「ほら。$${2}$$ ケタのたし算するのはちょっと大変やけど、連れ出したり他から貰ったりするのを考えるよりかは楽やろ?」(※2)
「確かに・・・。」
 大翔はすぐに、$${1234\div11}$$ と $${46\div11}$$ を計算してみた。

$$
\begin{equation*}
\begin{split}
1234\div 11 &= 112\ \cdots\ 2 \\\
46\div 11 &= 4\ \cdots\ 2
\end{split}
\end{equation*}
$$

 確かにあまりは一致している。
「んー、なるほど。公式としては悪くはなさそうやけど、それホンマか? それって、$${1}$$ とか $${100}$$ とか、

$${\textbf{1}}$$ の後ろに $${\textbf{0}}$$ が偶数コならんでる数から $${\textbf{1}}$$ ひくと $${\textbf{11}}$$ でわれる

が言えんと成り立たんやろ。」
「『“$${10\text{の偶数乗} - 1}$$ ”は $${11}$$ でわれる』ぐらい言いなはれ。野暮ったいな。」
 吉栄光比売が横からツッコミを入れた。
「すんません・・・。」
 陽菜は「んー」と少し考えた。
「少なくとも、$${10000 - 1}$$ は $${11}$$ でわりきれるよね?」
「うん? 行けるかぁ?」
「ちょっと貸して。」
 陽菜は大翔からノートとシャーペンを受け取ると、サラサラと“○”を書き並べ始めた。

「よって、$${10000 - 1}$$ は $${11}$$ でわりきれるのである!」
 陽菜がガラにもなく、証明じみた口調で結論づけた。
「・・・・・・。」
「あれ? 同じやり方で、$${1000000}$$ も行けるんちゃう?」
 陽菜は、書いたばかりの図に $${0}$$ をいくつか書き足した。

「$${0}$$ 足しただけで、絵ヅラ一緒やんけ!」
「だって、話全部・・一緒なんやもん。」
「・・・・・・ん? 全部・・? ・・・てことは?」
「うん。もっと大きい数も全部・・一緒。横のならびが増えていくだけやと思う。」

「だから、たぶん“$${10\text{の偶数乗} - 1}$$”は全部・・$${11}$$ でわりきれると思う。」
「・・・・・・数学的帰納法やんけ・・・。」
「スウガクテキキノーホー?」
「まさに、今あんたがやったようなことや。似たような命題を、将棋倒しみたいに順ぐりに証明していくんや。」
 吉栄光比売が解説した。
「お前、どこが『数学苦手』やねん?! さっきから聞いとりゃ、正解連発やんけ!」
「そんなん言うたって、私、テストで50点以上とったことないよぉ??」
「捨て身のギャグかなんかとちゃうんかい?」
「そんなことするわけないやん。私それでお小遣い減らされてるんよ?」
「大翔。お主も、さっきのが“数学的帰納法”なのはわかったやないか。充分わかってる方やと思うが?」
 吉栄光比売がフォローするも、大翔の渋面は解けない。
「そりゃ、見たら分かりますよ? けど、それ使てゼロからなにかやれ言われても、ようやりませんよ。」
「それができるかどうかは、鍛錬と観察力の問題や。練習重ねたらできるようになる。」
「はあ。そんなもんですか?」
「まあ何はともあれ、今ので $${11}$$ の公式はわかったわさ。ほんで、こっちの答えはどうなんねん?」

次の数字を $${11}$$ でわったあまりを求めよ:

「じゃあ、$${2}$$ ケタごとにわけてみますね。」
 陽菜が地面に棒で問題を書き写した。

「うん。こんなもんやな。それで・・・。」

 そこで早くも、陽菜の手が止まった。
「ええ・・・。これだけしか消えへんの・・・?」
 陽菜が腕組みをして考え込む。
「ゾロ目に注目するんは悪くない。が、初めから都合よくゾロ目がならんでることはマレやろな・・・。力ずくでひねり出してみたらどないや?」
 吉栄光比売が助け舟を出す。
「力ずくで?」
「たとえば、やな。$${09}$$ と $${90}$$ をたしたらどうなる?」

「ええっと・・・。あ、ちゃんとゾロ目になる!」

$$
\begin{equation*}
09+90=99
\end{equation*}
$$

「左右が入れ替わってる数同士をたすと $${11}$$ の倍数になる。その発想でもう少し消していってみ?」
「・・・・・・。できました!」

「・・・・・・。なんとなく勢いで消しましたけど、$${78+87}$$ ってゾロ目になります?」

 計算してみると、ゾロ目にはならなかった。

$$
\begin{equation*}
78+87=165
\end{equation*}
$$

「これって、消してもいいんですか?」
「怪しいと思ったら、即、確認や。$${11}$$ でわってみなはれ。」
「あ、はい!」

$$
\begin{equation*}
165\div 11=15
\end{equation*}
$$

「あ、ちゃんとわれた。」
「別に、『ゾロ目でないなら $${11}$$ でわり切れへん』とは限らん。ゾロ目に注目するんは、ただの目安やと思いなさい。」
「むう・・・。」
 陽菜が少しだけ悔しそうな顔をした。さきほどまで快進撃を続けていたのだから、無理もない。
 その様子を見て、大翔は失意で重くなった頭を無理やり回転させた。少しぐらいは意見を出さないと、格好がつかない。
「たしてゾロ目になりさえすりゃええんなら、別に左右が入れ替わってるヤツ同士でなくてもええやろ。」
「どゆこと?」
「つまりやなぁ・・・。」

「『同じ発想で』って・・・、なんでそんなにどんどん見つけられるん?」
「俺、落ちゲー得意やねん。」
「??? それは知ってるけど・・・。この前こないだも数学の授業中にやってて、先生にスマホ取り上げられてたし・・・。」
「いらんこと思い出すなっ。」
「なんえ? “おちげえ”て。」
 吉栄光比売が首を傾げた。関数電卓アプリのことは知っていても、ゲームアプリのことはご存知ないらしい。陽菜が答えた。
「ええっと、スマホとかで遊べるゲームの1つで、いろいろあるんですけど、たとえば上からいろんな形したブロックが落ちてきて、それを組み合わせてできるだけきれいにしきつめていく、みたいなゲームです。」
「はあん。 いろんな遊びがあるもんじゃなぁ。」
「ともかくやっ。ええか? たとえば $${64}$$ と $${35}$$ やったら・・・。」

「おー、なるほど!」
げえむ・・・とやらも、やっとくとタメになるもんやなぁ。」
 陽菜と吉栄光比売が感心の声を上げた。大翔は少しだけ気分を良くした。
 ・・・が。
「それでも、まだ結構残ってるよぉ?」
 陽菜がツッコミを入れた。
「んー・・・。そやなぁ・・・。」
 もう一度問題を眺めてみるが、もはや消せそうなところは見当たらない。
 だが、大翔としては、ここで引くわけにはいかなかった。1つや2つアイデアを出すだけでは物足りない。
 ヤンキー座りになって問題をにらみ付ける大翔に向かって、吉栄光比売が言った。
「そのぶろっく・・・・とやらとケサランパサランの群れ、ならべて対応させてみ?」
「へ?」

「ならべてみましたけど・・・。これがなんです?」
「あ・・・・・・。」
 後ろで陽菜が声をあげて、大翔は慌てて振り返った。
「どないしたん、大翔? 顔がムンクの叫びみたいになってるよ?」
 ツッコミだけ入れてしまうと、陽菜は彼が書きたした絵を指し示しながら言った。
「これ、ブロックの横のならび、全部 $${11}$$ ちゃうの?」

「間違いないわ、横のケサランパサランの絵と比べたら! ほな、このブロックが横に $${1}$$ コずつならんでるところは全部無視してもええんちゃう!?」
 はしゃぐ陽菜。
 胃がキリキリと痛むのをこらえながら、大翔は聞いた。
「つまり、『$${64}$$ でなくて、$${20}$$ でええんちゃうか』いう話か?」
「そうそう!」

「くそ。それやったら、最初からそのアイデアで行きゃよかったやんけ・・・。」
「いや、最初っからこんなん思いつけへんやん。大翔がブロックのたとえ出してくれたからわかったんやで?」
「そうなん?」
 大翔の返事に力はない。
 この少女は、絵に起こしたとたん、驚くほどカンがよくなる。いつ、どこでそんな感性を磨いたのだろうか?
「ほなまぁ、残ってる数字整理・・してみるか?」

「うわ、めっちゃ楽になるやん!」
 陽菜のリアクションを無視し、大翔は出てきた数字をおもむろにたし始めた。

$$
\begin{equation*}
\begin{split}
218+80+12+147&=457 \\\
457\div 11&=41\ \cdots\ 6
\end{split}
\end{equation*}
$$

「へーい、できました。あまり $${6}$$ っす。」
「おー!」
 陽菜がパチパチと拍手した。
「うれしくねぇ・・・。」
「なんでぇな、意地っぱり!」
「男いうんは、だいたいこんなもんや。勝手にふくれさせといたらええ。」
 吉栄光比売のイヤミに対し、彼は開き直って、盛大にふくれ面をした。
「ほな、せっかく解けたんやし、返事書きなはれ。」
 女神が新品の絵馬を2枚取り出した。
 陽菜がそれを受け取りながら言った。
「名前も書くんですか?」
「どっちでもええが、せっかくやから書いとき。」
「俺はいらん。公式使ただけやしな!」
 大翔のふくれ面がしぼまない。
「もう! 公式を証明する問題とちゃうんやし、ええやん。私が書いとくよ?」
 陽菜が代わりに、2問の解答と2人の名前を書き、絵馬殿に奉納した。

 その時だった。
 陽菜と大翔は、突然強いめまいにおそわれた。
 それと同時に、2人の視界に明らかにここでない場所の・・・・・・・・・・・・映像がまぎれこんできた。

 どんよりと濁った空から、雨がまばらに降り落ちる。
 周囲の木々や岩は濡れて黒ずみ、ヒソヒソと耳障りな音を立てている。
 どこかの切り通しのようだった。
 そこを、何者かが歩いている。
 地面はそれほどぬかるんでいないのに、足取りはひどく重い。

「なんやこれ、どこや? 誰の目線・・・・やねん、これ?」
「え、大翔も見えたん?」
「なんえ、あんたら。急にどないしたんや?」
 吉栄光比売が片眉を上げた。
 そこへさらにもう一度、強いめまいと幻聴が2人をおそった。

「ないっ、ない! ・・・・・・こっちにも書いていない・・・・・・!」
 さっきの切り通しとはまた別の場所。
 こぢんまりとした部屋の板張りの床に、ひも閉じの本が何冊も投げ捨てられている。見開きには奇怪な図形。
「なぜどこにも書いていない?! “ソスウ”とはなんだ!? これすら分からないで、どうしてあの謎かけ・・・・・が解けようか!」

 何者かの焦る声が聞こえたところで、2人のめまいは突然治った。
「?」
「素数?」
「あんたら、さっきからいったい何を言うてんねん?」
 吉栄光比売が、ガラにもなく戸惑った表情を見せている。
 2人はわけが分からず、互いに顔を見合わせた。
 絵馬殿には、陽菜が奉納したばかりの絵馬2枚が風に揺れていた。

To Be Continued…


進んだ注

以下、やや専門的な注釈になります。内容がわからなくてもストーリーには直接関係ないので、興味ある方だけご覧ください。

※1:吉栄光比売の「『どんだけ大きい $${100\cdots00}$$ みたいな数でも、$${1}$$ 引いたら $${3}$$ でわれる』いうことも証明してほしいが・・・」というセリフは、数学的に表現すると、次のような命題になる:

 任意の非負の整数 $${N}$$ に対し、ある非負の整数 $${k}$$ が存在し、

$$
\begin{equation*}
10^N - 1 = 3k
\end{equation*}
$$

が成り立つことをしめせ。

《証明》
$${N=0}$$ の場合
与式の左辺は $${0}$$ である。一方、与式の右辺で $${k=0}$$ とすれば等式が成り立つ。

$${N\geq 1}$$ の場合
等比級数の公式より、実数 $${a}$$、$${1}$$ でない実数 $${r}$$、および非負整数 $${M}$$ に対し、

$$
a+ar+ar^2+\cdots +ar^M=\frac{a\left(r^{M+1}-1\right)}{r-1}.
$$

左辺と右辺を入れ替え、両辺に $${r-1}$$ をかけると、

$$
a\left(r^{M+1}-1\right)=(r-1)\left(a+ar+ar^2+\cdots +ar^M\right).
$$

ここで $${a=1}$$ および $${r=10}$$ とすれば、

$$
\begin{equation*}
\begin{split}
10^{M+1}-1&=(10-1)\left(1+10+10^2+\cdots +10^M\right) \\\
&=9\left(1+10+10^2+\cdots +10^M\right) \\\
&=3\cdot3\left(1+10+10^2+\cdots +10^M\right).
\end{split}
\end{equation*}
$$

ここで明らかに $${3\left(1+10+10^2+ … +10^M\right)>0}$$ であり、これを $${k}$$ とおき、また $${N=M+1}$$ とおけば

$$
\begin{equation*}
10^N - 1 = 3k
\end{equation*}
$$

を得る。

Q.E.D.

※2:陽菜はここで $${2}$$ ケタずつのくくりを提案している($${100}$$ 進法を採用するのと同じ)が、$${1}$$ ケタずつのくくりで考えることも可能。この場合、

“($${10}$$ の偶数乗の位の数の合計)ー($${10}$$ の奇数乗の位の数の合計)”を $${11}$$ でわったあまりは、もとの数を $${11}$$ でわったあまりに等しい

が $${11}$$ の倍数に関する公式となる。ただし引き算が公式に含まれるので、対象の数によっては、計算結果が負の数になる。この場合、公式を利用するには以下の定義にしたがってあまりを計算する(参考文献[1])。

《定義》
$${a}$$ を任意の整数、$${b}$$ を正の整数とする。

・$${a}$$ を $${b}$$ でわった商:
  $${\frac{a}{b}}$$ 以下の整数の中で最大のもの(負の数も含む)
・$${a}$$ を $${b}$$ でわったあまり:
  $${a-b\ \times}$$($${a}$$ を $${b}$$ でわった商)


参考文献
[1] 高木貞治 著「初等整数論講義 第2版」 共立出版株式会社


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