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粒≪りゅう≫  第十二話[全二十話]

第十二話


 動けば何かが変わる。粒が動いた分だけ、粒の周りの何かも変動する。
それは目に見えない何かであったり、視界にしっかりと入ってくるものであったりもする。

 
 子供たちは成長している。日に日に様々な事を学び、体験して、心身ともに大きくなっている。
粒の、良き相談相手となってくれるようになった。
相変わらずな父親との関わりも、いつのころからか、難無くやり過ごすことが出来るようになった。


 幼いころは、よく父親の導火線に点火して、粒をハラハラさせていた。が、今では、傍でやり取りに耳を傾けていると、どちらが年長者なのかわからないくらいだ。
 魁は、就職先も決まり、もうすぐ一人暮らしを始める。あんは、もうすぐ大学生。大きくなったなぁ~としみじみ感じる・・・

 

 そんな日々の中で、いきなり“その時”は来た。

「お父さんさぁ~。お母さんは、お父さんの奴隷じゃないんだよ。」

突破口を開いたのは、魁だった。
いきなり何を言い出すのだ。久々に、父親のダイナマイトの導火線に点火したか!と、粒は息をのんだ。
魁は、父親の反応をうかがうこともせず、

「小さい頃から、ずっと思ってきたけど、うちはなんかおかしいよ。お父さんとお母さんは、全然夫婦って感じじゃないし・・・。家族ってもんじゃなかった。お父さんにとって、お母さんや俺やあんは、一体どういう存在だったの?確かに、お父さんのお陰で今があるって感謝してる。でも俺は、小さい頃からずっと、自分はお父さんに愛されてないって感じてきた。お父さんからの愛情を、感じたことはないよ。」

父親に向かって、これまでの積もり積もった思いを、一気に吐き出すようにぶつける魁。そんな魁を、呆気に取られて見ている粒に、魁は

「お母さんはさ、このままこうして過ごしていくの?お母さんはこれまで、家族のためにいろいろ尽くしてきたんだから、これからは、自分のために生きなよ。お母さんはもう自由になって、好きに生きればいいと思うよ。」

と、言った。
 粒は、自分のことを言われているのに、まるで他人事のように、魁の言葉が、まるで本に書かれている文章を読み上げているかのように聞こえ、不思議な感覚におちいった。

“そうなの?もう自由に生きていいの?“

心の中で呟いた。
 
 粒は自由になりたかった。いろんなしがらみから解き放たれて、自由になりたかった。
 
 配偶者は、魁の言葉をどう受け止めているのか、粒には全くわからなかった。
今までも、配偶者が何を思い、何を考えているのかはわからない事が多かった。思いもしない発言をしてきて、粒は驚かされたことが度々あった。
物を見る視点が違うというか、感覚が違うというか、共感することが難しく、どう対応したらいいのか戸惑う事が多かった。
 
 
 粒は、生活している中で、様々な面で自分を殺してきた。
子供たちを独り立ちさせるまでは、生活を守らなくてはいけない。

皆が健康で元気に、気持ち良く過ごせるように、環境を整えて、生活習慣を正しくして、子供が、ご飯をモリモリ食べている姿に喜び、笑っている姿に幸せを感じて・・・。粒は一生懸命だった。

粒は『家族』ではなく、子供たちが大事だった。
魁が言う通り

”私達は、家族ではなかった”

と、粒は思った。
 

 配偶者は、その後、魁に何か言い返していたようだが、粒はもう、配偶者がどんな発言をしようがどうでもよかった。

魁が開いてくれた突破口。
粒は、大きなチャンスを与えられたと思った。
一気に力がみなぎり、身体が震えた。


 
 そもそもどうして、魁はあのような事を話し始めたのか・・・確か父親を呼んで、

「ちょっと話したい事があるんだけど・・・」

から始まったのは覚えている。

 粒は台所で夕食の下準備をしていたのだが、魁が改まって父親を食卓に呼んだから、何か二人だけで話したい事でもあるのかと思い、粒はその場を離れようとした。そしたら魁は、

「お母さんも聞いてて。」

と、言ったのだ。
まさか、次の瞬間、あのような過激な言葉が飛び出すなど、想像もしていなかった粒は、瞬間冷凍状態だった。
 

 別居して一か月が過ぎた。未だに信じられないことだ。が、事実だ。

粒は、あの魁の発言の後、配偶者にこれまでの思いの全てをぶちまけたのだ。自分の言っていることが、配偶者に伝わろうが伝わらなかろうが、理解してもらえようがもらえなかろうが、そんなのはお構いなしに話した。そして、もうこの先共に生活していきたくないこと、独りになりたいことを、伝えたのだった。
 
 そこから三日間配偶者は、自室にこもった。粒はひるむことなく、突き進んだ。これから住む新しい住まい探し、生活してゆくための仕事探し、新生活をするにあたっての必要な様々な費用、手続き、物・・・。考え、書き出し、出来ることから取り掛かった。もう、絶対に、この機会を逃さない。今しかない。必死だった。

 
 配偶者は、ようやく平常通り活動するようになると、何かにつけ粒に、考え直すようにと働きかけてきた。
配偶者にとって、魁の発言も、粒の発言も、思いもよらぬ内容で、理解することもできず、相当面食らったようだった。

 そして、自分がこれまで家族のために尽くしてきた事や、自制してきたこと等を弱々しく語った。これから自分は年老いていくのに、皆知らんぷりなのかとか、周りに知れたらなんて思われるかとか、粒がいなくなると、あんなことやこんなことやと数々の家事雑用を並べ挙げて、全て自分がやらなくてはならないのかとか・・・自分の心配で頭がいっぱいなのだった。
 
 粒は配偶者に何と言われても、どんなに責められても、脅されても、ひるまなかった。
自分の意志の固いことを、言葉と態度で示し続けた。
不安や、恐れなど微塵もなかった。希望しかなかった。
どんどん前に、どんどん上に、粒は一日一日これまで通り、今自分がやるべきことを見定めて、一生懸命取り組んだ。
きっと来る・・・と信じていた時が来たのだ。

 粒の全身、粒の全てが喜んでいるのがわかる。粒≪りゅう≫というものを構成している粒≪つぶ≫が、ひとつひとつの粒≪つぶ≫が、喜んでいるのが凄くわかる。
これまで、自分を成り立たせてきてくれたもの全てのお陰だ。信じていた流れだ、と思った。
粒が、今の粒であるためには、これまでの全ての過程が必要だった。粒は、今の自分が好きだと思った。
これまで生きてきた、どの時の自分も消したくない。経験してきたことには必ず学ぶべきもの、得るべきものがあった。大切な出会いもあった。

 

“星加さん。私、あんまりぶつぶつと、愚痴を言わなくなったよ”

粒は、星加の優しい笑顔と、穏やかなにおいに一瞬包まれたような気がして、身体がふっと緩んだ。



第十三話につづく


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