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連続小説「アディクション」(ノート6)

ギャンブル依存症から立ち上がる

この物語は、私の誇張された実体験を基に妄想的に作られたフィクションですので、登場する人物、団体等は全て架空のものでございます。

〈「12ステップ」〉

朝のプログラムは、9時半から10時半までの1時間行われます。この時間帯は基本的には講義に充てられていて、一番眠く無い時間帯にやりましょうということですが、皆さんは講義中ほぼ爆睡しております。

この講義は、どの依存症の方も共通で受けることとなっていて「12ステップ」は、あらゆる依存症に汎用性があり、これに正力クリニック独自の応用を加えた教材を基に毎週水曜日の朝のプログラムで行われていました。

なお、「アディクショングループ」は、ギャンブル、薬物、性依存症の方々で構成されていて、依存症毎に小グループに分けて講義やミーティングをすることもあります。フロアに2箇所間仕切りカーテンがあり、そこで組分けして行ったり、特定のテーマの場合は2階の会議室で行われていました。

「12ステップ」は、文字どおり、依存症克服するために、クリアしていく12段階を言うのですが、ここに長く居るメンバーさんには、「12ステップ」を何往復もしている方もいらっしゃいます。

「それでは、先週で1巡しましたので、本日から改めて第1のステップをやりましょう」才所さんが口火を切ると、

「なあ、才所さんよ」

「どうしました?塩月さん」

「俺はもう、このステップ7巡目になるんだけどさ」

「素晴らしいですね。」

「いや、そうでなくてさ。同じこと何度も聞いても時間のムダなんだよ。」

「依存症の克服は日々の更新です。何度も繰り返すことが、問題行動の防止に繋がるんです」

「いやいや、俺にはもう必要ないよ。」

「この時間割は12ステップのためだけにあるので、これを受ける以外に選択肢はありませんよ?」

「だから、1巡以上した人は他のプログラム用意してほしいんだよ。」

「僕もそうして欲しいです」倉骨さんが追従しました。

「卓球とか麻雀でいいよ」淡河さんも珍しく発言しました。この人は小難しい話さえ聞かなけりゃ何でもいいようなんですが、

「淡河さんは1巡してないでしょ」と、倉骨さんに釘をさされると、

「おい、ボネ。君には思いやりがないのか?」

「不正を見逃すことが思いやりですか」

「そういう思いやりもある」

などという茶番を尻目に大北さんが

「何巡もやることが大切なんです。これをバカバカしいと言うなんてとんでもありません。」

「何だと?またええかっこしいか?」

塩月さんが毒づいたところで、

「ふむふむ、威勢がいいな」

理事長がいつの間にか湧いて出てきて

「塩月君ね、君の言うこともわからないでもないが、当院の方針は例え耳にタコができても繰り返し受けてもらうことなんだ。この繰り返すことが何より大事なんだよ」

なかなか真っ当なことを言うんだなと思っていて聞いてましたが

「この12ステップの原文に『神に委ねる』という文言があるよな。そう、ここで言う『神』とは、まあ、僕のことなんだよ。」

一同はドン引きしました。

「だ、か、ら、ここは僕の決めたことに全て従ってもらうということだ。」

大北さんだけ大きく頷いてましたが、他のメンバーさんは間違いなく顔に縦線が入っていました。

「あれが神か」塩月さんが吐き捨てると

「だから銅像を生前に作っているのか」と、倉骨さんも珍しく毒を吐きました。

「はぁ、卓球やれると思ったのに」

「だから、淡河さんはまだ1巡してないじゃないですか」

「ボネ、君は本当に思いやりがない」

理事長の一声により、講義は再開されました。まぁ私としては有益な話で良かったと率直に思いました。

少なくともギャンブルの前には無力な自分を受け入れようとは自覚しました。

「筋トレに老いも若きもない!」〉

「12ステップ」の講義が終わり、休憩時間に入ったところ、正力理事長が才所さんに何か指示を出していて、そして理事長がフロアを離れると、

「皆さんにお知らせです。先程、理事長から指示がありまして、『12ステップ』の講義を1巡受けた方々は、次回以降は別のプログラムを受けて頂くことになりました。」才所さんから案内があると、

「おお、こういうところは流石だ」

と、塩月さんが笑みを浮かべました。

「独断がこういう良い方向に転がることもあるんですよ」と倉骨さんが続く。

聞くところによると、理事長はたまにメンバーを喜ばせることをやるらしく、基本的にはあまりにも専横的な性質をもっているのだが、メンバーの意見を場合によっては取り入れることと、あと、何といっても気前がいいということで、なかなか人望はあるようです。

こうして休憩時間に喜びに湧いてるのも束の間というか、

「そろそろ恐怖の時間だな」

と、倉骨さんがつぶやくと

「だったら選択しないで、ゲームをやればいいじゃないか。ボネはドMなんだよ」と、淡河さんが反応。

「でも、そうなのかも知れないんですよねえ。あ、屑星さん、これから選択プログラムなんですが、筋トレやるか、ゲームやるかなんです。」

「筋トレって、キツイんですか?」

「地獄ですw。ただし、ちゃんとしたインストラクターの先生が教えるので効果はあるんですよ。」

「そうなんですね。私もちょっとやってみるかな?」

「おう、屑やん!そうしてみるといい」

「塩さんは自分がやらないくせに、人には勧めるんだから」

「筋トレは65才以上はやったらダメなんだよ。」

「え、塩月さんって、そんな行ってるんですか?」

「ああ、66だ。で65になって辞めた」

「でも、それまでやってて凄いじゃないですか。」

「いちおう、ベンチプレス100キロ上げたこともあるよ。ただ2年前にぎっくり腰やっちまってな。」

「そうなんですね。」

「俺はやらないけど、結構得るものはあるからやってみるといいぞ」

「わかりました」

「なに、筋トレに老いも若きもないからな」と、塩月さんがカッコよく決めたところで

「でも、年老いて腰にガタがきたんじゃないか」淡河さんが余計なことを言いつつ、「まぁうちらは麻雀でもやってよう」と、塩月さんを麻雀卓に連れて行きました。

さて、約20人くらいいるこのフロアで、筋トレに参加するのは、私と倉骨さんのほか、スタッフの才所さん。あとは、メンバーでの若手で、根市君と加茂川君の計5名でした。

根市君は盗撮、加茂川君は下着ドロが問題行為となっていて、3ヶ月前にほぼ同時期に、こちらに来たとのことです。

二人とも、性格は明るく、礼儀正しいので、なんでこういった好青年がここに居るのだろうというのが、依存症の闇なんだなとつくづく思いました。

さてさて、才所さんから着換えて3階トレーニングルームに移動するように言われました。筋トレ本編は次回とさせていただきます。

GOOD LUCK 陽はまた昇る
くずぼしいってつ










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