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カリスマと物言う株主

 何を血迷ったのか!セブン&アイは、2024年4月10日、傘下のヨーカ堂、ヨークベニマルをそれぞれ、新規株式公開(IPO)する方針を発表しました。せっかく「物言う株主」の呪縛から離れたというのに同じことの繰り返しです。

 「物言う株主」が会社を食い散らしています。株主の利益を追求するあまり、将来の成長の目を摘んでいます。四半期や発揮の時間軸で成果を出すというなら、リストラや事業売却といった手段しか残されません。リストラしてしまえば、一時的には収益が出るかもしれませんが、削減された経費以上に収益が悪化します。

 セブン&アイ・ホールディングス(以下セブン&アイ)を長年振り回してきたのが、米ファンドの「バリューアクト・キャピタル(以下バリューアクト)」です。「バリューアクト」は、「物言う株主」として、セブン&アイに対し、イトーヨーカ堂などの不採算事業を切り離し、主力のコンビニに集中的に投資すべきだと主張してきた。セブン&アイが経営方針を変えないことから、2023年5月の株主総会では、井阪隆一社長らの退任を要求。採決の結果、提案は退けられました。

 しかし業績は回復せず、セブン&アイ傘下のイトーヨーカ堂は2024年2月9日、北海道と東北、信越地方から撤退することを発表したばかりです。さらに、3月12日、ヨーカ堂首都圏4店閉店を発表しました。当初は、首都圏に集中し再建を図るものだったのが、この動きを見ると、ヨーカ堂事業そのものから撤退しそうな雰囲気です。

 一方で米ファンド「バリューアクト」は2023年10月時点でセブン&アイの大株主名簿から外れていたのです。

 「時間軸」を四半期ではなく少なくても3年見れば、打つ手はあったはずです。会社は誰のものか。私は株主だけのものではないのです。

 株主の中には目先の利益ばかり追求する人もいます。一方、経営者が戦略を立案し、会社そのものを動かそうとするとき、「時間軸」の概念を取り入れなければなりません。社員の意識を変え、チームを作り、新しい行動基準を作る。そして試行錯誤を重ね練度を高めていく。結果が出始めると社員が本気になり、飛躍的に業績が変わるのです。

 目の前にある小さな利益に目がくらんで、思い付きの指示をするから、経営者は解任を恐れ、社員はリストラに怯えるのです。

 一方で物言う株主を排除したのがオオゼキです。オオゼキは、2009年10月、創業者・佐藤達雄氏の娘さんである石原坂寿美江氏が社長に就任、MBO(経営陣による買収)を実施、株式非公開にしました。TOBの目的としてオオゼキでは、株主の意向に左右されない中長期的視点で事業を行なうこと、四半期決算開示など上場に伴うコストを削減することを挙げています。

 オオゼキは1957年の創業で、1999年に株式を店頭公開、2006年に東証2部に上場しました。店舗従業員に仕入れ権限を持たせるなど「個店経営」が特徴で、スーパー各社がコスト削減のためにパート・アルバイト比率を高めるなかで、社員主体の売場運営を貫いています。

 石油や鉱物などを原料に工場で製造された衣料品や日用品、医薬品などを売るにはチェーンストアは有効かもしれませんが、太陽と空気と水から生まれる農産物や水産物、畜産物はチェーンストアには向いていないのです。自分で仕入れて自分で売る「自主独立の精神」、「目利き」は一生かけて体を張って身に着けるものです。

 並べてPOPをつけただけでは売れず、試食を出したり、話しかけて興味をそそらないと売れない商品、調理方法、保存方法を説明しなければ売れない商品がほとんどです。さらに、青果物は品種は同じでも栽培方法により、味や食感が全く異なるものもあるのです。「数値化」できないものがほとんどです。

 これを規格化、標準化、マニュアル化して、どれも同じような売場にするから売れないのです。

 今やスーパーの買上点数は6点です。一品単価が300円だとすると、客単価は1,800円です。コンビニの買上点数は3点、一品単価は200円、客単価は600円です。かつてスーパーの買上点数は12点、一品単価は250円、客単価は2,000円ありました。買上点数がここ20年で激減しているのです。上場SMの粗利益率は30%です。6品全部から3割の利益を取ろうとしたら、誰もまとめ買いもついで買いも、衝動買いもしなくなります。

 抜本的な対策は、①チェーンストアという「全体の経営」からモチベーション経営による「個の経営」に移行すること、②生鮮品のグレードを上げること、③グロサリーは品揃えの位相をコンビニ、ドラッグストアと変えること、④お客を買う気にさせるため売場に人員を戻すことです。商業は人間業、”不”の解決業です。⑤そして現場に100%権限を委譲することです。店長はミニ社長、「元気で、明るく、楽しく。」をモットーに元気に明るく楽しい売場にすれば、イノベーションを生み出す前提条件なのです。

 しかし何を血迷ったのでしょうか。セブン&アイ井坂隆一氏は、所詮サラリーマン経営者なのです。傘下のヨーカ堂、ヨークベニマルをそれぞれ、新規株式公開(IPO)すれば、資金調達と同時に株式を売却すれば一部の関係者に膨大な利益が発生します。

 現経営陣など一部の関係者にはメリットがあるかもしれませんが、社員にはむしろデメリットの方が大きいのです。ハゲタカの獲物が「セブン&アイ」から「ヨーカ堂」「ヨークベニマル」に移るだけです。

 ヨークベニマルは、1980年11月、東京証券取引所市場第二部に上場。4年後の1984年8月東京証券取引所市場第一部に上場しました。ところが2006年8月上場廃止となりセブン&アイの完全子会社になったのです。

 ヨークベニマルはこの20年まったくと言っていいほど成長していない会社です。M&Aによる店舗数の拡大とライフフーズを本体に組み入れることで業績を維持してきました。20年間なんのイノベーションも起こせない会社になっているのです。

 この辺りを物言う株主に突っつかれたら大変なことが起きると誰もが想像します。

 昨年6月にM&Aした宮城・岩手県で5店舗を展開するマルニ(商号デイリーポート)はヨークベニマルから「手出し」「口出し」がないから、業績が好調なのです。一方で、2010年に完全子会社化した茨城県で16店舗展開しているカドヤは、「ヨークベニマルよりカドヤの方がよかった」というお客が多く、ヨークベニマルスタイルが定着するのに時間がかかったようです。

 会社は誰のものでしょうか。株主のものでしょうか。経営者のものでしょうか。

 江副浩正氏が起業したリクルートでは、創業期から「会社は誰のものか。社員みんなのものである」と主張し続けています。「社員一人ひとりの仕事は、自己決定と自己責任のもとで、個人の自己実現を伴ってなされるべきものである」と声高に言ってきたそうです。

 「社員皆経営者主義」です。一貫して、「自分で決めて自分で実行し、結果を出す」自律的な「個」を発現させるマネジメントを志向してきたといいます。

 一方で、有事の際には共同体意識を強め、垣根を越えて大きな課題をみんなで乗り越えたり、力を合わせて短期的な目標を突破したりします。そして、課題解決や高い目標を達成したら、全員でおおいに喜びを分かち合うのです。自律性を重視するだけでなく、他方にこうした凝集性も持ち合わせているのが、リクルートらしいところです。

 スーパーマーケットの創業者は立志伝中のカリスマ経営者です。カリスマが去った後、サラリーマン経営者が後継者に指名されます。そして、物言う株主の戯言に右往左往し、手をこまねきます。創業者のように、会社丸ごと動かすイノベーションが起こせないのです。

 また、スーパーマーケットは生鮮を扱う知識と技術、目利き、仕入業者との信頼関係、お店に対するお客の信頼。どれ一つ欠けても経営を持続させることが困難です。

 従業員は「手」でありません。人格を持った「人」です。壊れたら捨てる、飽きたら放り投げる、物言う株主のおもちゃではないのです。

 会社は社員みんなもの。会社は故郷であり、社員は家族なのです。家族のことは家族にしか分かりません。家の外から家族の問題に口出しして欲しくないものです。


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