【小説】しあわせになってほしいといわれたから【ショートショート】2594字

「なんやそれ?誰に言われたん?」
僕は彼女に問いかける。
「大事な人」
彼女は嬉しそうに笑った。
「そうなんか、……若いのに変わったこという人もおるんやな」
そういって僕は手元のスマホに顔を戻す。
「土曜日、どこ行きたいかな?」
「日曜は家で寝てたいな」
的外れな返答にも彼女は気を悪くすることもなく続ける。
「そうだね、日曜は家で寝てようか」
「ん、家で寝れるってのは幸せなことやで」
学生の僕が平坦な声で茶化していうような言葉に、彼女は本当はどんな気持ちで僕の言葉を受け取っていたかは知らないが、結局この後、彼女の提案で土曜日はショッピングモールに行くことにした。
休日デート、ショッピングモールなんて味気ないと思うかもしれないが、
まあ、僕らにとってはあそこにはなんでもあるみたいなもんやしな。

その日は天気にも恵まれて、早朝から過ごしやすい気温の中バス停のある駅まで二人で歩く。
市営のバスに乗って3つぐらい行った先にあるショッピングモール。
ついて早々お手洗いに行きたいと言った彼女にいっといでと軽く後ろ手に手を振った僕の肩をトントンと彼女がつつくと、「カバン一つ預かって」と振った右腕に彼女のカバンの重みがかかる。
トイレに向かう彼女の後姿を見送ると僕は自分のジャケットのポケットからスマホを取り出して時間をつぶす。
「ふわあぁぁ……」
あくびを噛む。
日課のソーシャルゲームもフォローだけが多いSNSも今の僕には大した娯楽になってない。
「……家でしてる分にはけっこうたのしいんやけどな」
どうにも外でこういうことをするのは、性に合わない。
というかあんまり外に出たいと思わない。
彼女に誘われなければ、昼間まで寝て、夜中までネットしながらゲームして、朝方寝てただろう。
合間にジャンクフードぐらい買いに出たかもしれないが。
「おまたせ」
「まってないけど」
そんなに、と心の中で付け加える。
「お腹空いてない?」
「空いたな」
カバンを彼女に返す。
「ハンバーガー」
「なに食べたい?」
先んじて僕は口にした。
「2階のとこ?」
「そう、マ〇ド」
女の子をハンバーガー屋に連れてくのってちょっとどうなん?とか思たりもするけれど、学生やしそんなもんやろと開き直って歩き出す。
「好きだよね、ハンバーガー」
「そうやな」
そうかな、嫌いではない、毎日は食べないけれど。
「お前はあんまポテトとか食べんよな」
割と口おっきく開けてバーガーをほおばる彼女は、案外かわいくて僕は好きだ。飾り気ない。
「半分わけようよ」
「ええよ」
彼女は普段(僕とおらん時の話な)ハンバーガーというか、ジャンクフードとか食べるんかなあ?とか思いながらレジ前の列までたどり着いた。
列に二人で並ぶと彼女は自分のカバンからスマホを取り出す。
「クーポン?」
「うん」
「マメやね」
何番と何番のセットを頼むと今日はお得とか彼女は僕にスマホを横からみせながら説明する。
「それでええよ」
僕はまたあくびを噛み殺しながらいう。
「ねむい?」
「ねむい」
彼女が僕の顔に手を伸ばす。
「寝ぐせ」
彼女は笑った。
「マジで」
いや、シャワー浴びてきたから、セットに失敗してるだけやわそれ。
「バスで寝てたよ?」
……。
「ツ〇ッターとかやっとるん?」
僕は露骨に話題をそらした。
「やってるよ」
マジで?
「つぶやく?」
「うん」
「みしてー」
「いーやー」
彼女は悪戯っぽく弾んだ声で言うと、ちょうど僕らの順番が回ってきて、そのまま僕の追う手から逃げるように前へ、ぴょんと彼女は跳ねた。

注文を終えると僕らは別会計にして受け取ったセットをそれぞれ持って、空いてるテーブルへと向かう。
「ソーダじゃなくてよかったの」
うん、コーラ好きやけどさ。
「カフェラテ好きやねん」
今日なんかあくびもよう出るし。
「甘いの好きだよね」
お前もそうやしな。
「うん」
そんな恥ずかしいこと絶対に言えんから、言わへんけど。
「砂糖入れんのか」
「うんー」
「そんな熱いのよー飲むなあ、返って喉渇かんのかあ?」
「かわかないよ」
「そう」
そうけ、わからんけど、まあええわな。
「ポテト辛いな」
「そうなの?」
彼女も一本、口にする。
「ちょっと塩気つよいね」
でもおいしいと彼女。
「無理すんなな」
僕はいいけれど、あんま身体にわるそうなこと、彼女にはしてほしくない。
バーガーの話題を振って、その間に僕はフライドポテトをパクつく。
「うまそうにたべるな」
テリヤキソースの付いた包みのバーガーを僕よりもキレイに、でも豪快に彼女は食べる。
「一口食べる?」
「……、ええわ」
僕はそっぽを向いた、はずかしい。
カフェラテを飲む。
「辛くないー?」
ポテトか。
「甘いで」
カフェラテな。
「1本ちょうだい」
なんてやりとりをしながら、僕はそのあと自分のバーガーをぺしゃんこにして、さっさと食べると、残った手つかずのナゲットを入れて帰る持ち帰りの紙袋を貰って、そんで二人でその場を去った。
僕と話してる間に冷めたコーヒーと、バーガーを口に詰め込んだ僕の顔、彼女にはどっちのほうが渋かったんやろな、そんなん聞く機会もなかったけれど。

「映画観る?それともゲーセン?」
女の子にゲーセンとかつまらんやろ……と思いながら手元のスマホで今やってる映画をチェックする。
「上映スケジュール的には」
大作映画の続編ぐらいか。
「ゲーム好きじゃないの?」
「んー、まあ」
いろいろ有んねん、やりたいゲームやってるだけやしな、普段から。
「だったら普通にお店みて回る?」
「そうやな」
映画も正味、二人で家でサブスクか、もしくはレンタルショップであーだーこーだ言いながら選んでみるのがたのしかったりするしな……いやレンタルショップとかやっぱ今はいかへんわ、妄想妄想。
そんなことをいいながら、二人でモール内の専門店街をみてまわる。
「服みいひん?」
「時期的に今はあんまりかな」
「そうか」
「……」
「あれかわいいな」
似合うんちゃう、という言葉は飲み込む。
「似合うと思う?」
聞かれたやんけ。
「めっちゃな」
「めっちゃですか」
「はい」
僕の気のない返事に彼女は笑うと、あっちに本屋があると僕の手を引っ張った。
本屋で適当に二人で雑誌とかみながら、最後は互いに文庫本を一冊ずつ買って店を出た。
「読み終わったら貸してくれるか」
それ。
「こんなの読むの?」
どやろか。
「読む」
たぶん。
「いいよ」
結局それを読んだんやったかは忘れたけど、今もその本はうちの本棚にたたってる。紙のカバーがちゃんと付いたまま。