見出し画像

【ホラー小説】ドッキリ、するんじゃなかった 1208字【ショートショート】

深夜、人気のないこの暗いトンネルの入り口に立ち尽くして既に30分、目の前に男の人が立ち尽くしてからは10分ぐらい。
これはただのドッキリのはずだった。
友人とも呼べないような関係、地味な私はあの人たちに誘われて今日ここに来ることになった。
「ホラースポットに行くらしいんだよ、一人で」
だからさ、きみ雰囲気あるし、この格好でおどかしてあげなよ!なんて言われて、まあ、いいか。
なんて考えることもやめてここまで連れてこられたのだけれど、あの人たちは私をセッティングするともう遠くにいってしまった。
セッティングしているときあの人たちは「怖い怖い」と小声で歯を見せながら笑っていたけれど、今の私はたぶんもっと怖い、それに、トンネルの中に立ち尽くす彼は、本当に怖いのだろう、その場から動けないくらいに。
今からでも私はここから去るべきだ。
でもここから戻ったところで、どこへ行くというのだろうか。
あの人たちが近くにいてもどこにいるのかはわからないし、仮に出会えたところでなんと弁明すればいいのだろうか。
確かに最初に言い出したのはあの人たちかもしれないが、今ここにいるのは私だ。
あの人あの人あの人、
今の私はそればかり、
しかし、今ここにいるのは私と”彼”なのに。
目の前で動く気配がした、あ、来る。

怖い、それは私だ、そしてきっと彼だ。
怖い、ここに来た私が怖い、ここから動けない私が怖い。
怖い、近づいてくる彼が怖い、無責任にも今私は彼が怖い。
怖い、だから、彼の気配が目前に迫っても、
私は顔があげられない。
怖「あの」
身体が震えた気がした、恐怖が足先から頭までを駆け巡った。
それは一瞬の出来事だったが、私にはとても長い瞬間に感じる。
彼は言う。
「どうしましたか」
今思うと、彼の声は震えていたように思う、私は顔を上げ口にした。

「怖いですか?」

恐怖で顔が引きつっていたかもしれない、それは笑顔なのか、敵意なのか、もう本人にもわからなかっただろう。
ただ純粋に、怖かった。
視界がグラつく、彼の腕が私の肩に当たったのかな。
ああ、私は線が細い、いとも簡単にはじき飛ばされてしまった。
地面へと倒れた体は、痛いのか、もう痛くもないのか、私には判別がつかなかった。
最後の感触は水滴。
私の貌(かお)に落ちるそれは、彼の涙か、彼の汗か、トンネルの湿気からくる水滴か。
すくなくとも私の涙ではない、そんなの、私には許されないじゃない。
彼はしゃがみ私を気遣いながら必死に呼びかける、私を気遣う彼の手は冷たい私の身体よりもきっと暖かかったのだろう。

それを私は俯瞰(ふかん)する。
私は、私と彼を見る。
もう見上げているのか、それとも見下ろしているのか。
私にはわからない。
ここでずっと、今は見下ろしている。
そしてただこう思うんだ。
ああ、ドッキリなんて、するんじゃなかったな。

この嘆きがトンネル内に反響するようになった。

あとがき
かなしい、つらい。
タピオカジュースおねえさんにはなれなかった。