【短編小説】デキ損ない 注意R18の悪辣な表現が含まれています 12655字

ここにある日記帳、書いた覚えはないのだけれど、
書かれた内容には覚えがある。
…………とりあえず、読んでみようかな。

「すきです、付き合ってほしいです」
高1の春、僕はクラスメイトに告白された。
知らない女の子だったけれど、特に断る理由もなかったのでその申し出に了承することにした。

「いいよ、付き合おう」
僕は自然に笑えただろうか。
彼女は一瞬の間を置いたあと、すこし目を潤ませながら目を細め笑った。
可愛かった。

彼女に僕のどこが好きなのかを尋ねてみた、すると。

「昔からやさしくて、……小さな頃、一度ですね、あなたがわたしを助けてくれたあの時からずっとずっと好きな気持ちがどんどん強くなっていたの」
僕は驚いた。なにせ見知らぬ他人だと思っていた女の子が、向こうだけはこちらを知っていて、
しかも僕は彼女自身を助けたことがあると言うのだ。
こんな可愛い子がうれしそうに僕への思いを激しく語ることに、
僕はもうすこしばかり看過し難い怖ろしさを感じたよね。
彼女は続けて
「覚えてますか」なんて無邪気に聞いてくるんだけれど。
まあ、僕は微笑んでごまかした、当然さ。

彼女は、言ってしまえば僕には勿体ないぐらいに可愛い女の子だった。
おしとやかな所作には似合わず、僕が求めたことには積極的に応えてくれるところが有り、真面目な子にありがちなすこし暗い部分とかもみえなくて、明るく社交的なでも羞恥の心も適度に持ち合わせた、
なんか独特の優れたバランス感覚を持ったこだった。

彼女はたまに恥ずかしそうに話す。
小学生のころ、本当に困っていた時に僕に助けられたのだと言う。
もし僕が彼女に手を差し伸べるようなことがなければ、彼女は学校に通えなくなっていたかもしれないという。
それを聴いた時の僕はそんなに小さな頃から僕と彼女には関わりが有ったのかと、内心驚愕していた。
他人のことにあまり興味が持てないと自覚がある僕でも、
ここまで印象がないとよっぽど酷い人間なのかもしれないなと自分を悪く思ってみたりもする。
まあでも、そんなのどうしようもないことなので、
やっぱり悪いとは思わないけれど。
通えてよかったねと素直な気持ちを口にした。
彼女は「はい」と、うれしそうに返事をすると距離を近づけ僕の胸におずおずと顔を埋(うず)めた。


僕は浮気した。
好きだから彼氏になって欲しいと言われた。
この女は既に僕に彼女がいることを知ってはいるのだろうか。
仮に知っていたとしても告白してきそうなのがこのこだろうか。
金髪に染めた髪に、不自然さは無いけれど嫌に白い肌、短いスカート丈、
小さな身体で見上げる大きな瞳と、なんだか甘い匂い。
蠱惑的な彼女の魅力にクラりとクるのだが、それと同時に彼女に対して、僕が持っているある印象もまた頭の中で弾けたように思い出す。
「E子さんを虐めてたって本当?」
僕は彼女の質問と全然関係の無い質問を質問で返す。
「うん、ホント」
ケロっとした声で事も無げも無く返してきた。
クソオンナじゃん。
「彼女休みがちだよね」
なにを言っていいかわからなくなった僕はただ彼女が時折学校を休むという事実で会話をつないだ。
「だね、今度お休みしたら一緒にお見舞いに彼女のお家いってみよっか」
すげーな、マジで。
「で、カレシんなってくれる?」
僕は一つ返事で返した。
「いいよ、あとお見舞いはパスで」
「やった」
それはお見舞いに行かなくて良くてやったなのか、僕がカレシになることに対してやったなのか、まあいいか。
彼女は嬉しそうに僕の腕に絡みついてくる。
このこは確かにクソオンナなのだけれど、僕も大概にクソオトコなんだ。
むしろ正しくお似合いの二人かもしれない。
そういう感じで、僕は浮気をした。


浮気がバレた。
E子は泣いた。
クリスマスまであと一週間だ。

僕はリカに一度だけ聴いたことがある。
「どうして僕と付き合おうと思ったの」
大した答えは期待してない。
「君が壊れちゃいそうだったから」
はぁ?どういうこと。
僕が壊れるの?
「そう」
気付いてないんだ、とリカは言った。

ホテルに来ている。
もうすぐイブからクリスマスに変わる時間帯。
ベッドの上で僕はふと思った。
こんなに頭(顔と知性)と身体のいいオンナを、
僕なんかが食っても本当にいいのかなと疑問に思った、
何に対する遠慮だ。
「ねぇ、リカ」
でも
やめときゃいいのに、そんな僕は
「リカは」
無駄な質問がやめられない。

「処女なの?」
破滅の香りがした。

「そうだよ」
彼女笑ってる、マジで。

「可愛いのに彼氏とかいなかったの?」
「そういうの興味なかった」
「マジかよ」
口に出してしまった。
「まじまじ」
ケラケラと笑いよる。
「別れようっていったらどうするかな」
あーあ、言っちゃった。
「泣く」

クリスマス、僕はまた女の子を泣かした。
なんだろう、僕はどこか彼女を見下していたのかな。
思いの外いい女だった彼女に
僕はなんだか心が萎えてしまったみたいで。
あと彼女はE子を虐めていないらしい。
僕の気を引くために嘘を吐いたようだ、はぁ、何処かズレている。

そして冬休み明けの教室で彼女の友人に顔面をぶたれた。
グーである。
オンナノコの力じゃなければ僕の頬はエライことになっていただろう。
良い友達を持っているなと思った。
また僕には無いものだ。

12月30日、僕はE子に復縁を申し込んだ、メールで。
すぐに返事が返ってくる。「いいよ」
の三文字に笑った絵文字が付いてる。
複雑な気持ちになった。
年越しまでのあいだに二、三のメールのやり取りをし、元旦には初詣にいった。
一度顔を合わせるとまた彼女との生活に実感が湧き、残りの冬休みは毎日会いお互いの部屋やショッピングモールなどでデートをして過ごした。
その内の一日に僕の部屋で彼女と性行為をした。
彼女は処女だった。
僕は彼女にたくさんキスをした。

こちらから別れを告げたのに、こちらからまた関係を持ちたいと迫るのは、なんだか復縁という表現は相応(ふさわ)しくない気がして。
それでもだとしたらなんと呼べばいいのかもわからなくてこの時の状況を客観的に表すなら、懇願だと思った。
これは元旦の初詣のお話。
懇願の末に二人はまた恋人になり、その最初のデートの日だった。
別れたいと言った時も彼女はなんの文句も言わなかったし、懇願と表しはしたがそれを受け止めた彼女はといえば、わずかな怒りも怨嗟もみせることもなく、いいよおかえりありがとうと笑って僕の胸の中で無くばかりだった。泣き笑い。修復されるべきはお互いの関係ではなくまさしく僕の人間性に違いなかった。
神社にはたくさんの参拝客の人たちがいて、けれど彼女と談笑しているうちに思いの外はやくに自分たちの番が回ってくる。
お賽銭箱の前に立ち、一万円札……とまではいかないがその次に高額な紙幣を奉納し、僕は礼をして手を合わせながら目をつむる、静かな世界で一つだけ祈った。
彼女が幸せになれますように。
その後、
彼女とお互いに顔を見合わせた後どちらからともなく後ろの参拝客の人に順番を渡す。
神社の出口(つまりは入ってきた入り口だ)に向け歩きながら彼女と話す。
「なにをお願いしたの?」
さっき一瞬だけみえた祈る彼女の顔はすごく綺麗だった。あの天使は何を祈ったのだろう。
「秘密だよ」
微笑みながら彼女は言った。
願いは人に教えてしまうとその願いは叶わなくなってしまうと口に指を添える。
「ユウくんはなにをお願いしたの」
なのにそんなことを悪びれもせずにこにこと聞いてくるのだからこのこはもう。
「秘密だよ、秘密」
もし心の中を見透かされてしまっても願いは叶わなくなってしまうのだろうか、もしそうだとしたら僕はそれが怖くて今の表情ももうこれ以上彼女にはみられたくはなくなってしまった。
すると、大丈夫だよと言って彼女は僕の右腕に抱きついてくる。
腕に彼女の頬の感触と肩口に甘い香り。
なにが大丈夫なのか気になったが、そのうち腕に伝わってくる心音がすこしずつ早くなるのを感じて僕の不安も自然と消えていった。

僕はこの日彼女にアクセサリーを贈った。
新春セールをやっている店舗であれやこれやとみているうちに彼女が指輪をみているのに気づき、最初は、さすがに復縁した直後のデートで彼女にリングを贈るのは束縛的な感じがして怖いよなとか思っていたのだけれど、一応
「ほしいの?」
と聴くと
「うん」
とあっさりうなずいた。
その後、彼女もすこしぼっとしていたのか、今のはまちがい、ちがう、わるいよ、ねだったんじゃないよと可愛くあせっていた。
そんなにほしいのならと僕も前向きに検討をはじめると、店員さんもなにか勘違いしたのか「リングを通してネックレスのアクセサリーにもできますよ」
などと学生風情の僕らなんかにもニッコリ顔で営業をかけてくれる。真意は知れたものじゃないけどさ。
でもこれが運命の察知、そうか、ネックレスなら重すぎないか、と僕も一人で納得。今思うと流されただけなんだけど。
金銭面に関してもさっき福沢さんをお財布に残したのですこし足せば額面的にも大丈夫。
「これがいいの?」
彼女がみていたのはたぶんハート型にカットの入ったデザインの、ピンク系の石のついた宝飾系リング。
「……」
返答はないが、さっきよりすこしうつむきがちで頬に赤みがさしている。
「サイズ測ろうか」
すこしはにかみながら僕は彼女の腕をとると、同意は無かったけれど、拒絶感も無かったので、店員のお姉さんにそのまま号数を測ってもらい、サイズの合ったリングとネックレスを購入し、そのお店を後にした。
さっきから彼女の首の後ろで止めているネックレスには、今彼女の襟元で輝いているリングが通っている。
「似合ってるよ」
僕は珍しく笑っていたかもしれない。
だって先ほどから僕と手を繋いでいる彼女の手がなんだかすごく可愛らしく握りしめてくるんだもの。
彼女の細く長い指が僕の指の股と股をくすぐる、これが恋か。
「ずっと、大事にする」
なにか思いを込めるように静かに口にした。
学生の身分からすると確かに大きな贈り物だが、それでもそこまで思ってもらうほど重い物では無いのだけれど。
「必要な間だけ、そこにいさせてあげて」
うっへー、セリフがクサすぎる。最早格好悪い。それでもいまさら取り繕うこともできずにいる僕を気にすることもなく、そのまま彼女の右手が首元のリングを指先でそっと撫ぜた。
ハート型に加工されたイミテーションのピンクサファイアが指の間で光る。

二月、リカが遊びに行かないかと話しかけてきた、マジか。
さすがにどうかと思って、僕はこうこうこういう酷いことを君にしてこういう酷い人間なのだよと彼女を諭した。
すると「迷惑?」と心配されてしまう、
oh……。
どうしようもねーなと困りながらも彼女は話し続ける。
「小日向もいるよ」
説得材料として彼女の口から出てきたのは年明け早々に僕の頬をグーでぶん殴った女の名前だった、ヤバい。
「小日向さんが反対するでしょ」
さすがに。
「良いっていってる」
……わけわからんな。
「あっ、女の子ばっかりで不味いなら、彼女も一緒でいいよ、だったら浮気じゃないもんね」
浮気してて別れた女が何をいってるのかもうサッパリだったが、この場の収集をつけるためもうすこし話をしていくと。
「別れはしたけれど、それで終わるばかりの関係でもないでしょ」
「友達でいいよ」「君はあんまり考えすぎない方がいいよ」
なんか諭されてしまった。
やっぱり、このこと別れて良かったと思った、僕の手に負える女じゃ無い。
「何処に行くの?」
「割引券があるんだ、水族館の」
「魚みて楽しい?」
「たのしい」
だったらいくしかないのだろうか。
「週末空いてたら、いこうよ」
「明日じゃん」
「うん」
まあいっか、もういろいろ考えすぎて頭の中がぐるぐるしてきた。
「じゃあ待ち合わせは」
駅でと伝え、またメールすると言われその場はお開きとなる。
ああ、なんかちゃんと行くよって上手く言えなかったのに、なんだか彼女は終始うれしそうに去っていってしまい、僕は最終的に安っすい罪悪感に苛まれてしまった、僕の身勝手が過ぎる。

駅での待ち合わせにリカは小日向と二人で現れた。
僕は彼女と並んでその場へ出向いたのだが、こちらに気づいたリカが小走りで寄ってきて彼女の手を取る。
「今日はいっぱい遊ぼうね」
無邪気にリカは言う。
そんなリカを横目にとなりの彼女をみると
「……」
ほんの、ほんの一瞬だけ。
すごい表情をしていた。
この世界でそれに気づいたのは僕一人だけなのか、それとも彼女自身もまたその一人なのか。しかしその後は柔和な態度、物腰で彼女はリカと談笑し、みんなは水族館へ向けて電車に乗ることとなる。車中では穏やかな時間が過ぎる、もうこうなってくると彼女のあの一瞬の表情は実は僕の見間違えだったのではと思ってしまう。
「ユウジくん」
「あ、はい」
不意に小日向に話しかけられる、彼女と話をするのはほとんどはじめてかもしれない。
「その、……この前はいきなり手出しちゃってごめんやさい」
いやいや、ていうか噛んだよこの人。
「当然のことだと思うよ、客観的にみて殴っていいと思う」
「とはいえリカもかなしそうだったし、今日も遊びたいっていうし、それに……」
彼女は口ごもる、リカと僕の関係は浮気だったし、エッチなことする前だったからとか考えているのだろうか。いや、なんだかこれは僕の都合のいい妄想的思考な気がする、嫌な感じだ、うん。

「反省できたから、小日向さんのおかげだよ、ありがとう」
ああ、僕はきっと大嘘吐きだ、今も。
「ホントに反省してる?」
うわっ、鋭い。
「……この件についてはまた別のところで話さない、かな」
苦し紛れに僕は言うと。
「わかりました」
と彼女はむすっと外の景色をみるのに戻った。一見失礼に感じるかもしれないけれど、いやぁ、友達のためにああいう行動に出られる人ってやっぱすごいんだなって、その態度にもなんだか畏敬を感じてしまう。
水族館につくと、僕を挟んで両側に彼女とリカさん、そしてリカさんの横に小日向さんの4人並びになって歩く。
……それにしても、みっともない応対をしちゃったなと内心で僕は大きくへこんでいた。

水族館を出て駅での帰り際、小日向さんが僕だけに話しかける。
「なに」
「あのさ」
ことも無気にいう。
「ウジくんって呼んでい?」
ん?

「ウジくん、蛆虫みたいな人間性だからさ、
  ユウジの略とウジムシの略で、ウジくん」

僕のこと、だよね。

「お似合いだよ」
そういって彼女は笑うと、
僕らとは反対方向のホームへと小走りで駆けて行った。
なんというか、すっかりと見透かされてしまった。
すごいや。


付き合いはじめてどれぐらい経っただろう。
「僕のどんなところが好き?」
馬鹿な質問を口にする。
もし自分が同じことを聴かれてもきっといい気なんてしやしないのに、
人はみな自分の気持ちよさのために他人を犠牲にするんだなって。
世界中の人々を巻き添えにして勝手に自虐に浸る。
「優しいところ」
一時(いっとき)の間も置かず彼女はうれしそうに答えた。
「身に覚えがないな」
「みてる人はみてるもの」
それは私だと言うの。思い込みじゃないかな、二重の意味で。
「優しくなんてしてあげられないよ?」
「しなくていい」
変なこと言う子だなと思う。
優しいところが好きなのに優しくはしてくれなくていい。
そんなの欲しいのに手に入らない苦痛でしかないんじゃないのか、だったらなぜ一緒にいるのかまるでわからない。
「十分に優しいよ」
「そう」
そんなわけないだろ。
僕が本当に優しかったら、
君ととっくに別れてる。
解放してる。

「ウジくん馬鹿だよね、底抜けの」
事実だから否定しない。
「でもリカにそれ言うと眉顰めるんだよね」
そう。
「他人を食い物にするのも限度があるんじゃないかな」
「うん……」
「……なんてね、蛆虫は食べるのが仕事か」
そんなこと嘯いて、またねと去って行った小日向さんは、
それからも時折僕にちょっかいをかけにきたけれど、
反応の悪い僕に気が良くなかったのか、
僕の教室に訪れる頻度も少なくなっていった。


「ウジくんさ」
彼女は彼女の中でその呼び名ををすっかり僕に定着させてしまった。
「お昼はどこで食べるん?」
「コンビニでパンかな」
「お弁当いる?」
「え、なんで」
「余ったん」
「食べる」
「300円」
「え」
「材料費」
「……はい」
「まいど」
「最初で最後な気もするけれどね」
「サービスで一緒に食べてあげるよ」
「いや分けないよ?」
小日向さんが前の人の席に逆向きに座る。
その向きだと足の開き方が、その、……みてはいけない。
「アタシの分も有るから」
マイペースに彼女が言う。ああ、このお弁当は大方リカに渡すつもりが渡し損ねたのが余ったんだろうな。
「いただきます」
「あい、おあがり」
全体的に茶色いお弁当、あっ美味しい。
「男子が喜びそうなオカズのラインナップだね」
「ウジくんのために用意したからね」
んなわけない。
「……」
話題選びに窮して無言になる僕。
リカに触れずに小日向さんと接点を持つことに慣れていないのでこういうとき変な地雷を踏まないか不安になる。
「おいし?」
沈黙を破るように彼女がたずねてくる。
というか口に合わなくて黙り込んでると勘違いされたかな。
閉じた口は咀嚼してずっとモグモグしてるんだけど。
「すっごい美味しいけど」
けどなんだ、お喋り下手(へた)か。マジに美味いよ。
「よかった」
小日向さんは珍しくうれしそうに笑ってる。
「これも食べる?」
彼女は自分用のお弁当箱から卵焼きを一切れ箸で掴んでこちらに寄越す。
「いいの?」
彼女はコクリとうなずく。
僕は控えめに首を伸ばし卵焼きをサラっていく。
……甘くて美味しい。
「甘くておいしい」
こちらから先に感想を言う。
「アタシも出汁巻きよりはこっちのが好みなんだ。というかどちらかというと甘党人間」
「……っすか」
「……っす」
取り留めのない時間が流れる。
さっき不意にみえた小日向さんのお弁当はなんだか色鮮やかで暖かな色合いをしていた気がするのだが……お弁当、詰め直したりしたのかな。
茶色と暖色に。
「ご馳走様までした」
「お粗末様でした」
「いえいえとんでもない」
事実美味しかった。食べ損ねたリカが可哀想になるくらいには有意義なお昼休みを過ごせた。
「それじゃね、ウジくん」
前の人の席を直し彼女が立ち去る。
「あっ」
不意に彼女が振り返り言う。
「また作ってきてあげようか、おべんと」
一瞬なにを言っているのかわからず僕の顔はぽかーんと間の抜けた表情を作るが。
「まあそれに関してはまたメールするね」
じゃあね、とすこしたのしそうに声を弾ませながら小日向さんは僕のクラスの教室を出て行った。

「これ、いつものお弁当のお礼に」
僕は包装され袋包みに入ったプレゼントを手に言う。
「そんな、いいのに」
たのしそうに笑う小日向さん。
「簡単なのしかいれてないんよ」
謙遜だ。だとしても僕にはとても真似できない芸当で。
だから僕は素直に自分の思いを口にする。
「たまに自分で作るとさ、すんごい手間かかる割に全然おいしくもなんなくてさ」
「当たり前に思ってることほど本当は誰かのやさしさと頑張りに救われてるんだって実感したりさ」
あ、不味い、言いたいことはシンプルなのに、焦って余裕がない。
「だから、その、大変さはわかってるつもり、だから……だから、お礼」
いつのまにやらなんだかもう妙に気恥ずかしくて声がちいさくなっていってしまう。
「……」
ああまじ恥ずかしい、小日向さん黙っちゃうし、この沈黙はツラい、らしくないことしちゃったかな、クール振ってさっさと渡してしまえばよかったかな。
後悔真っ只中やっと彼女が口を開く。
「……だったらもらうよ、ありがと」
おずおずと口にすると、僕の手からそれを受け取る。
「開けていい?」
僕の羞恥が伝播してしまったのか彼女も緊張気味だ。
場違いな空気を元の陽気なありふれた日常に戻すため砕けた口調を努(つと)めて彼女に言う。
「うん、大したもんじゃないんだよ、料理する人に料理しない人間が何を選んでも恰好なんてつかないからさ、だから僕が大切だと思ったの選んだだけだから、いらなかったら捨てちゃってね」
彼女が袋包みを開ける。
二人向かい合う乾燥気味の部屋に紙袋が破れる音だけがビリビリと響く。
中からはキッチンタイマーと金属製の軽量スプーンセットが出てきた。
「……」
「……ふふっ」
彼女はこの後、袋包みを胸に抱きながらケラケラと一頻(ひとしき)り笑った。
普段とのギャップをすこし感じたけれど、怒っているわけでも泣いているわけでもなかったので。
「やっぱ変だった?」
と控えめにたずねると。
「ヘン」
と彼女がいつもの笑顔で笑った。
金属製のスプーンセットがカチャカチャと鳴った。


「ウジくん同性の友達いるの?」
唐突な物言いだった。
「なんで」
そんなことを聞くんだいお嬢さん。
「ウジくんなんかいっつも女の子としかいないじゃん」
「別に」
友達いないし。
「なんで女は寄ってくるんだろうね?」
「小日向さんとリカぐらいでしょ、そんなの」
「あー……あれ?マジか?」
なにを納得してるんだよ小日向さん、そこはそーじゃないでしょ。
「まあいいや、たぶん女受けいいんだろね、顔とか」
こいつすっげー適当に喋ってそうだなと思った僕は適当に流すことにした。
しかしその気配を察せられたのか彼女はとんでもないことを言い出した。
「顔が良いだけの男はいつか刺されるんだよ」
おいおいおい、嫌なこと言うなあ!このこ!縁起でもないよ、やめてほしい。
首の後ろを汗が一滴、そんな僕が黙りこくっていると。
「……うそうそ、冗談だって。ウジくん言うほどイケメンなんかじゃないよ」
格好悪いし、と付け加え彼女は笑いながら言った。笑ってる割につまんなそーな顔、やっぱこれは復讐なのかもしれない、しゃあないなあ。
そのあとといえば
「なんでイケメンの犯罪者って多いんだろうね?いやよくみると特にイケメンってわけじゃないけど、んーというか瘦せ型?って感じ?」
ますますウジくんみたいだね、とまでは言ってこなかったけど最後にぼそっと口にする。
「あたしはそーゆーのわかんないけど、普通に嫌い」
……今日、僕ひたすらに気まずいんだけど。


なんでこんなに温かな気持ちを与えてくれるこのこが
僕の恋人なんだろうか、ああ。
壊したい、この温もり。

ちがう。
間違っている。
僕はもう考えるまでもなく壊している。

小日向さんと買い物に来ている。
「お昼なに食べたい?」
「んーファミレスがいい」
学生らしい選択かな、反対する理由もない。
「いいね、じゃあ行こう」
昼過ぎのファミレスは少し空き始めていて、ちらほらとテーブル席が空いている。
店員さんに案内されたテーブルに僕と小日向さんは向かい合って席に座ると、小日向さんが早速メニューを見始める。
「ウジくんは何にする?」
何の気なしに小日向さんはたずねてくる。
「ハンバーグ系かな、あとポテトとからあげ?」
後半はまあ頼んでおけば小日向さんも状況に応じて摘まむことも出来るだろうと思ってだ。からあげにはケチャップとマヨネーズが僕は好きなんだ。

「小日向さんは?」
「んー」
一泊置いて彼女が答えた。

「ビーフカレー」
「はあ!?」
僕は思わず叫んでいた。

「あっ、からあげ乗せてからあげカレーにしたいからウジくんの1個ちょうだい」
いやいやいやいやいや、なに言ってるんだこの女?
なんでファミレス来てカレーなんだ?
いや譲歩して、ファミレスでカレーは別にいいけれど、
なんでさっきカレー屋に行きたいって言わなかったんだ?
カレー屋でいいじゃん、カレーは。
「……なに、からあげヤだったの?わけるのとか嫌なタイプ?ウジくん」
彼女が怪訝そうな目でこちらをみる。
いや、まあ、別にファミレスのカレー食べたかったのかもしれないし、からあげははなっから摘まんでもらうつもりだったからいいんだけれど。

「ファミレスでカレー食べるなんてすこし変わってるなと、思って」
僕はかろうじて繕った顔で感想を口にする。

「…………別にアタシが食べたいもん食べてもいっしょ」

あっ、すこし不貞腐れた表情で彼女は店員さんを呼び出すボタンを押した。

「ビーフカレーとからあげ」
彼女の注文に続いて僕も注文する。

「ハンバーグのミックスフライ一つとポテト一皿と、あとドリンクバー2つ」

「アタシドリンクバーいらないんだけれど」

「ん、奢るよ」

「はあ?理由なくない」

「あー、まあもういいじゃん、とにかくドリンクバーは2つで」
店員さんがすこし困った顔をしていて申し訳ないなと思いつつも人の思いはどうしようもないものだと諦める、それは他人も自分自身も。

「からあげ忘れてない、一皿しか来ないと思うんだけれど」
僕のわけるつもりだったのだけれど、彼女自分の分は自分で注文したつもりだったのか、だったら。

「じゃあからあげ何個かわけてよ、その分ドリンクバー注文したと思えばいいからさ」
なにを考えてるか全然伝わってないんだろうけれど、さっきよりは釈然とした表情に彼女はなってくれた気がするから、まあこれでいいかと思いながら、僕はお冷を口に含んだ。

思い出なんて思いの外早く過ぎ去るもので。
僕はすこしだけ歳をとって、すこしだけ真人間になったのかもしれない。
けれど見せかけの強さが、自然な弱さにほだされるたびに僕は不安という漬けをどんどんと払わされていくことになりました。
彼女のいない人生なんてもう考えられません、彼女とと離れるぐらいなら、あの時の笑顔の彼女に憎まれながら終わらせてほしい。あの頃の僕なら軽く言ってのけたのかもしれませんが。でもこんな残酷なこともう今の僕には口にできません、口にできません。


最近よく口にされる言葉。
しあわせすぎるとこわくなる。
そのたびに大丈夫だといつもの調子でなだめます。
いつだってしあわせだったから、なにもこわくなんかないのに。

そうして彼は傷つけられました。
突然の出来事で、その事態にきっと大きな理由なんてなくて。
苦しそうにうめいています。
彼は私を庇ったのかは終ぞわかりません。
でもわたしはその時の彼の笑顔をみてやっぱり思ったんです。
「あなたになら傷つけられてもいい」
もう途中からは、すべてわたしの独白です。
そしてこの独白も、もう終わり。
最期に思い出の中の彼が今の笑顔で私の中で言葉を反芻します。
「人は生まれた時からみんな悪人なんだよ、でもお前は、その、違う、お前はもういい人間になったんだよ、俺と違ってな、誰が何と言おうとだ」
彼とわたしの疵は1つになり、それは堅く結ばれました。
おしまい。

改題前タイトル『刺されたいこの笑顔』『ケイハクの僕』

辛さの向こう側であっても、幸福を求めますか

夢を見た、昔の夢。
教室で女の子が泣いていた。泣かした女の子はそれをみてニタニタと笑っている、ああこれは夢だ。
だって現実にはあそこまで酷い笑い方してなかった、なんせ〇学生だったもんねあの頃は。

「××者の子供は××者なんだよ、お前は同×」
無茶なこと言うなあこのガキは、ガキはやっぱりガキだわ。

「お父さんが言ってたもん」
……訂正、子は親を見て育つ。

「ゴミは消えろってさ」
だから足元にほうきとチリトリが転がってるのか?陰湿だなあ、そんなことに使う頭があるならもっと建設的なことに使えばいいのに。

「だからさ掃除してやるよ、オマエのこと」
そのこが拾い上げたほうきはそのまま振り上げられ女の子に振り下ろされそうになる。

「やめろよ」
ああ当時の僕はこんなことできたのだろうか。

「なによ、お前には関係ないでしょ!」

「うっせーよ、やめろつってんだよ」

「うぜーな、お前だって似たようなもんだろ、金持ち喧嘩せずっていうじゃない、突っかかってくんなよ」
ああやっぱりこれは夢、〇学生がこんなこと言うかよ、ていうか金持ち喧嘩せずってそういう意味の言葉じゃないよな。

「俺の親も言ってたよ、お前とおんなじこと」
だから思ったよ、僕の親はクソだし、その息子の俺もきっとどうしようもないクソなんだろうって。
「ねえ知ってる?」
急にそのこの口調が変わる。

「子供が口にする悪い言葉って自分が親にかけられた言葉なんだって、だったら貴方は私のお父さんなのかもね」
ああもうなんだか支離滅裂なこといいだした。
僕がクラスメイトの女の子の親なわけ無いだろうに。

「まあいいわ、私の役割はもうおしまい、あとは貴方が役割を果たす番よ」
僕は僕の夢の中で僕の役目を演じる。

「なにもしていない人間を攻撃してるやつこそ悪人に決まってるだろ、だったらお前も俺もどうしようもないクソだ」

「そうね」
女の子はは年に似合わぬ笑顔で笑ってみせると僕の中にきえてしまった。
泣いてる女の子と僕だけが教室に残る。
世界に彼女と僕しかいないみたいだ、これは比喩表現、いや今ここではただしく現実かもしれないけれど。
「その、さ」
身体は自由にならない、夢だから。
「嫌な時は休んでいいし」
言葉だけ吐き出す。
「逃げられるだけ逃げたほうが良い」
無責任な言葉だ。慰めにもならないかもしれない。
「友達なんていなくていいんだぜ?そんなの数年したらみんなどうでもよくなる、忘れるし、大人になるって独りになっていくことだって」
誰が言ったのだったけ、口から出まかせだよこんなの。
「だから、君は、その」
僕が言えることは。
「本当に困ったら俺が助けるよ。世界で俺だけは君の見方」
小さな身体で責任を負おうと、それでも無責任に言ってのける。
「理屈抜きで俺は君を守るから」

目が覚めた。
うん、やっぱ夢ってめちゃくちゃだよ、配役も言った言葉も、みんなごちゃ混ぜだ。
……現実にあの女の子は次の日からもう学校でみかけることもなかったし、中学では別の学校にいってしまった。僕はというと、家に金だけはあったから、それで暇だけを潰してきた。それでよかったし、これからもそうだと思っていた。
ふと自分が泣いていることに気が付いた。
寝ているときの自分は案外に素直なのだなと感心しながら、涙をぬぐおうとすると。

「ん」

右手が重い。
横をみると

「スースー」
天使が寝息を立てていた。
僕の右腕を抱きしめて。
「…………」
忘れたことも忘れる、それは寂しいことなのかもしれない。
「まあ」
思い出すこともあるかもしれない、
それはきっと大抵は悲しい。
人ってそんなもの。
そうだったとしても
「今が幸せならそれでいいさ」
そうして彼女の寝顔を僕は見守った。

「まさか本当に刺されるなんて」
フルーツを持ったなっさん(小日向さん)がいう。
「これ、お見舞い品です」
「ありがとう」
痛っ。
「ちょっ、動かないでください、傷口開いたらどうするんですか」
なっさんが慌てて近づいてくる、こちらに来ても出来ることなんてないだろうに、焦ってるんだなあ。
「優二君、顔だけは良くなってしまいましたからね、罰ですよ」
なんていいながらもやっぱりなっさんはバツがあるそう。
「あっ、そういえばわたし」
今リカと二人で暮らしてるんですけどと続ける。
「高校の時の優二君刺されたって!大変!マジあたしのせいかな!?コトダマってやつ!?どうしよう、ヤバい!ってまくし立てたら」
「そう、そんな人もいたかしらね、でも小日向は悪くないわ、……顔だけ良いオトコ遂に刺されただけの話よ」
「なんて言って二千円、ポイッて渡してきてそれで終わりですよ、あの子変わりましたね」

僕が刺されてからE子は変わった。
前よりもワガママになって、いつも僕を引っ張りまわしている。
僕が女性とかかわると嫉妬心むき出しで怨嗟をぶつけている。

やはり僕が彼女を壊してしまったようだ。
修復の必要は……今はわからないや。