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『アナリストの矜持 天職の実感』

私事、10年ほどの銀行勤務を経て、ビジネスの大学院で2年勉強してから、株式の運用の世界に入った。最初の肩書は「アナリスト」で、のちに「ファンド・マネージャー」として。

自らの天職という話題からすぐに大きく脱線するが、昨年、動画配信で米国のCIAスパイのTVドラマシリーズの『HOMELAND』を一気観していて、はたと膝を打ってしまった場面があったという話から始めたい。

CIAの「アナリスト」、日本だと逆に日本語で「分析官」と訳したほうがしっくりくるが、女性の国際情勢や軍事の分析官キャリー・マティソンが、ワシントンDCや中東を舞台にテロの動きや国家の陰謀をあばきだし、大活躍するというドラマ。2011年から10年間、10シーズンも続いた人気シリーズ。

シーズン1の話の出だしで、主人公キャリーが、ある情報の分析から、8年間の長きに渡るテログループによる捕虜生活から解放されたアメリカ人軍人が実は洗脳されたテロ側の逆スパイであることを疑う。彼女は、関連情報を執拗に命がけでかき集め、その仮説というか疑惑に確信を持っていく、そんな筋書き。

ドラマにありがちな展開で、主人公は、自分の分析のため必要とあらば組織のルールを無視して型破りの行動を繰り返し、鋭い分析を展開していくが、周りに疎まれる。

軍人の件も、連邦政府とCIAはその軍人を戦争の英雄として見てキャリーの疑惑の説明に聞く耳を持たず、結局、CIAはキャリーを停職させ、彼女を持病の躁鬱の電気ショックでの治療へと送り込んでしまう。

シーズン2の第3話だったかで、唯一信頼するCIAの上司の初老の男ソウルが、病気療養中のキャリーのもとへ、あるビデオ・ファイルの入ったUSBメモリーを持って訪れる。

ソウルはCIA内でそれをシェアする前にキャリーに見せに来る。そこには、軍人がやはりテロ側に洗脳された工作員で米副大統領殺害のテロを企てるという自白が記録されていた。


それを見た、躁鬱治療でぼろぼろになっているキャリーが言う。


Carrie: “I was right.”

彼女をじっと見て、上司のソウルも言う。

Saul: “You were right.”

キャリーは目に涙して再びつぶやく。

Carrie: “I was right.”


はたと膝を打ってしまったのはこの場面。

真実が、自分の仮説どおりだとわかって、キャリーが口にしたのは、「あのテロリストめ!」でもなく、「これで謀略を未然に防げる!」でもなく、たった一言、「私の分析が正しかった」だったこと。

たしか、ドラマの出演者たちも別の撮影裏話的なクリップで、あれぞ、このドラマの最大の見せ場、the Homeland moment, the "I-was-right" moment だったとか回想していた。

正義がどうこうでもなく、その分析が素晴らしい功績として組織で評価されたかでもなく、それ以前に、なによりも、アナリストとして全身全霊で情報収集して分析した内容が、「やっぱりそうだった、自分の見立てに間違いはなかった」とわかる瞬間だった。

自分も、分析官、アナリスト、より正確には証券アナリストとしての職歴でも、そんな瞬間が何度かあったなあと思い出していた。

2000年代に小売でユニクロが躍進しているとき、他の業種で同じようなSPA型のビジネス・モデルの上場銘柄はないか同僚と調べまくった。いくつかおもしろい銘柄が浮上してきて、経営陣の話や競合の話を地方まで聞きに行ったりして、数銘柄に絞り込む。

メガネをかけてない人にもメガネをかけてもらえるようなビジネスを展開したいと不思議なことを言っていた会社。ビジネスモデルとしては、アジアの製造拠点でローコストの商品を極力短納期で店に並べ、顧客にも以前の常識を破る短納期で商品を提供する。当時の株価も利益水準に対して割安だったし、なによりも成長期待があった。

靴のメーカー小売の会社もあった。若い女性用の靴で、靴の製造にはデザインごとに型を用意しないといけないことから製造のリードタイムがそれなりに必要だが、流行を靴の形でなく、色や靴につけるアクセサリーなどで対応すれば、トレンドを見出してから製造して店に並べるまでの期間を短縮できるという話がきけた。それはおもしろいと思った。などなど。

いろいろ調べて、議論して、ファンドに組み込んでいく。

株価はなかなか上がらない。

会社は、一歩一歩、言っていることを着実に進めていたが。そうこうするうちに、ライブドアショックとかで中小型株の市場が暴落してしまう。

詳細省くが、投資は時間軸とのかねあいや、市場がいかにその事実を織り込んでいくか否かで、株価が想定したような結果とならないことは多々ある。そんな例だった。

その数年後、いくつかのアイデアは分析どおり、見通しが事実となり、市場全体の需給も好転して、株価は上昇したというお話。

その前職で90年代後半に籍を置いた投資顧問でも、仮説の実現までに長年を要したケースがあった。

あるロードサイドの飲食業だったが、キャッシュリッチな上に、毎日毎日、商品を売るごとに現金が積み上がっていく。株価は純資産を割れていて、株価がだんだんと現金保有額に近づいていく。会社は無策で、積み上がった現金でとくに大きな動きをしない。

そんな日々が何年か続いたある時、画面をみていた同僚が叫んだ。
「xxxがyyyを現金で買収するよ!」

株価は何日かストップ高した。

証券アナリストの役割は、会社の将来の業績見通しをできる限り客観的にロジカルにして、その数字も使ってその証券のフェア・バリュー(妥当な価値)の分析をして、株価に対して割安・割高の判断を提供すること。

アナリストの矜持としては、それを全身全霊をもってして、将来だったり、開示がなくてわからない実態をも、best guess で想定を置いて分析して結論の判断を出す。そのプロセス、そしてその結論にこだわり抜く。

そして、もし結果がそのとおりとなったら、それがいくら時間を要したものであったとしても、その瞬間は、とてつもない喜びと、感慨を持って、”I was right" とつぶやく。そんなことなんじゃないかと思っている。

アナリストを奉職して、そんな瞬間はたしかにあった。なので、そんなふうな心構えでやってきていると自負できる。

アナリストが自分の「天職」だったかどうかについては、こんな格言と、その冗談もじり版を載せて最後にお茶を濁しておこう。

「成功とか名声のことは別にして、自分の携わっている仕事の内容が好きならば、それは天職なのである」(R.L.Stevenson)

「成功とか名声のことは別にして、自分の携わっている仕事の内容が嫌いならば、それは内職なのである」(筆者創作) ■

(タイトル画は、Noteギャラリーで「株価」で検索してでてきたいい感じのを拝借)


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