元徳と大罪の魔女たち 第3話
エミリアの方を振り向けば、彼女は小さい声で「いや、あれは不可抗力で……」などと歯切れ悪く呟いていた。
俯いて指をいじったりしているし、明らかに挙動が怪しい……
「二人でハイランド帝国まで旅をするのかい? あんたたち、まだ成人したかしてないかくらいの年齢だろう? 大丈夫なのかい?」
なんて、僕たちを心配してくれるマーチおばさんを尻目に、僕はじっとエミルダの方を見つめる。エミルダは僕から出ている威圧の魔力を察したのか、こちらを頑なに見ようとしない。
……これは何か隠してるな。
「おばさん、心配してくれてありがとうね。ちょっとエミリアから聞いていない話があるようだ。エミリア……こっち見ようか? あっちで少し、僕とお話ししようか」
心のこもっていない笑顔を向けてそう言うと、エミルダはヒッ! と小さく叫んだ。
「ねえ、エミルダ。僕に何か言い忘れてることない?」
マーチおばさんから離れたところで、エミルダにそう問いかけた。
エミルダはツンと口をとがらせて僕から目を逸らしている。突き出た口周りに、お菓子の粉が付いているのが見えた。子どもか!
「そうか。君はそういう魔女なんだね。とても残念だよ。では、僕は君を手助けする義理もない。ルシファーとは君一人で戦ってくれ」
「……ッ! それは困るわ!」
僕の言葉にエミルダは慌てて顔を上げ、ようやく目が合った。
そして彼女は、渋々といった様子でようやく語り始めたのだ。
今回のルシファー襲来の理由と、その全貌を。
「私は傲慢の魔女よ。あんたたち強欲の魔女が新しい魔術の開発を得意とするように、私にも得意なことがあるわ。それは、魔術を使った戦い。でも、世界はここ数百年もの間平和そのもので、私はとてもストレスが溜まっていた。だから、つい……ハイランド帝国の後継者争いに、首を突っ込んでしまったの」
「はあ?」
想像の斜め上を行く内容に、思わず声が出た。
魔女同士は不干渉がルールだが、魔女は人間の争いに干渉しないというのもまた、魔女のルールだった。
この傲慢の魔女は、あろうことか後継者争いなんてものに干渉したの?
「ほんのストレス発散のつもりだったの。後継者争いと言ってもほぼ大勢が決まっていたような状態で、私が介入したところで大したことないと思っていた。でも、私が干渉したことで、その後継者争いは泥沼化し国中に広がってしまった……そして、多くの人間の闇を集めてしまったの」
「ルシファーが人間界に干渉する隙を作ってしまったのか」
「ええ……」
魔女が人間の争いに干渉しないというルールには、もちろん理由がある。
僕たち魔女は悪魔の世界を塞ぐ蓋だ。ゆえに、僕たちはあちらの世界に一番近い。そんな僕たちが人間に干渉すると、人間たちがそもそも持っている悪が増長されてしまうんだ。特に争いは。
そして人間の闇が積もり、悪魔の世界とこちらの世界の差が縮めば、どんなに強固な蓋でも僅かに緩んでしまう……と言われている。
「基礎知識として知ってはいたけども……魔女が人間の闇を集めやすく、闇が溜まると悪魔が干渉しやすくなるという話は本当だったのか」
「私もただの言い伝えだと思っていたのよ……」
ハイランド帝国、そんな大変なことになっていたのか。
日々を生きることに必死で全然知らなかった。
「しかも、ルシファーたちが襲ってきた時は、国中に広がってしまった争いを何とか鎮めようと戦いに身を投じていたために弱っていて……」
「ああ、それで、あんな呪いを受けたのか」
すべてが腑に落ちた。
あり得ないと思っていた悪魔がこの世界に干渉できた理由も、魔女であるエミルダが悪魔に追い詰められ呪いを受けた理由も。
まあ、確かに魔女であれば、そうやすやすと悪魔に呪いを受けることなんて普通はあり得ない。
魔女たちはそれぞれに特化した知識を極めつつ後世へとつなげている一方、悪魔たちは基本的に戦術もなく、魔術の知識も乏しく、純粋の力のみでごり押ししてくるとされている。魔術という搦め手を遣えば、比較的容易にいなせる存在のはずなのだ。
だからこそ、今回のルシファーの行動は腑に落ちないことばかりだった。
顎に手を当てて、僕は深く思考に潜りはじめる。
「しかし、あの高度な魔法陣をルシファーは一体どうやって構築したんだ? あと、去り際に言ったという『これは、ほんの挨拶だ』という言葉。悪魔たちはたまたまこの世界に干渉できたのではなく、着々と準備をして干渉できる機会を狙っていたということになる」
「そうね……」
「そうであるならば、挨拶だと言った先日の干渉は何かの確認作業で、向こうの準備はほぼ最終段階だということだ。次の干渉は下手すれば、エミルダのテリトリーを超えて世界に影響を与える可能性がある」
「……」
というか、自分のことなのに先ほどから何でエミルダは反応が悪いんだ? ふと、エミルダの声がだんだんと聞こえなくなったことに気付き、耽っていた思考を一旦止めて顔を上げる。
すると、エミルダは眉間にしわを寄せながら、難しい顔をして小さく唸っていた。プスプスプスという音が聞こえてきそうだ。彼女は多分脳筋の部類なのだろうと、その様子を見て察する。
「エミルダ……大丈夫?」
「……難しくて、よく分からなくなってきた……」
「そうだろうね。もう君は考えなくていいよ、続きは僕が考えておくから……しかし、よく悪魔どもがまた必ず大軍を率いてやってくるだなんて考えることができたね」
「私の信者の一人が色々と考えてくれて、そう言っていたの。これは絶対に他の魔女に助けを求めたほうがいいって」
どうやらエミルダには優秀なブレーンが付いていたようだ。
てか信者ということは、自発的にエミルダに助言を与え支えてくれているということなのだろうか。しかもいいぶり的にそんな存在が複数いる模様。なにそれ羨ましい……
「そういえば、その信者たちは一緒に連れて来なかったの? ルシファーの呪いで弱体化しているから、魔術を使ってここまで来たわけではないよね?」
「私自身の魔術は封じられて確かに使えないけれど、強欲の魔女との古の盟約に組み込まれていた魔術を使ったのよ。一度だけ強欲の魔女のテリトリーに飛べるってやつね。一人用だったから、信者たちは全員城に残して私だけこっちに来たの」
エミルダはそう言うと、信者たちを思ってか悲しげな表情を見せた。
なんだ。魔女は人間よりはるか高みにいる存在何て言いながら、人並みに信者のことは思っているんじゃないか。
僕の中のエミルダの評価が少し上がる。
しかし、面倒なことになったな。事態は思っている以上に重大そうだ。
最前線は間違いなくエミルダのテリトリーで、城に残してきた信者たちにできるだけ早く合流する必要がある。未だ治まっていないというハイランド帝国の後継者争いも、早急に鎮めなければいけないだろう。
さらには、悪魔どもの行動に鑑みると、エミルダのテリトリーだけでなく世界中で備える必要がある。
再び思考に耽った僕の様子を、心配そうにエミルダが見つめている。
うん。よし。僕は今後の行動について結論を下した。
「エミルダ。マーチおばさんとのお茶会が終わったら、この村からすぐそこにある大都市・リーンバルトへ行くよ。そこで領主と、国王に会おう」
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