転生少女のヴァルキュリア ー始祖の乙女と七つの国ー 第3話

 ニコラがハッと目が覚めると、もうすぐ夜明けという頃だった。机の上の窓からは、白んだ空の明かりが差し込み始めていた。ここは……? あ、そうか、私は船に乗っていて、ここは私の部屋だったんだ。と、昨日の記憶が甦ってくる。

 記憶がだんだんハッキリしてきて、ニコラが部屋を見渡すと机の上にパンとスープが置かれているのが目に入った。おそらくニコラが寝てしまっていたから、アニーが置いて行ってくれたのだろう。

 ニコラはベッドから立ち上がって椅子に座り、パンをスープに浸して口に入れながら、だんだん明けていく空を眺めていた。水平線上から少しずつ太陽が見えきて、周囲の景色を露わにしていく。新しい生活がはじまる予感にニコラは少しの高揚を覚えながら、徐々に変わりゆく景色を眺めていた。



 ニコラが起きて少しした頃、外から足音が聞こえてきた。ニコラの部屋の前で足音が止まり、同時にドアをノックする音が響く。

「起きているか?」

 昨日初めて会った時のような、落ち着いた様子のロイドの姿がそこにあった。ロイドは雑巾の入ったバケツとモップを両手に持っている。

「お、ちゃんと起きてたな。それじゃあ、行くぞ」

 そう言って廊下を歩き出したロイドを追って、ニコラは自身の部屋を出た。朝、まだみんなが起き出していない船内は少しひんやりとしていて、足元を薄暗いライトが照らしていた。静まり返った船内に、ロイドとニコラの足音が重なって響く。

 少しした後、二人がたどり着いたのは、昨日、ニコラがはじめて船に乗った後にアニーと出会い、お菓子をもらった場所だった。

 そこにはすでに人がいた。

「おはよう、エリック」

「ああ、おはよう、ロイド。と、君はニコラっていったかな? 初めまして、エリックです。これからよろしくねー」

「あ、初めまして、ニコラです。よろしくお願いします」

 ニコラはエリックと呼ばれる男に挨拶を返した。エリックは今までニコラが見たこの船の屈強な男達とは違って少し細身で、肩より下までありそうな金髪の髪の毛を後ろで一つ結びにし、何だか飄々とした感じだった。
「はい、どうもー」と、エリックはニコラににこりと微笑みながら軽く手を振って、体勢を前の方向に戻していった。

「エリックがいるのは操縦席だ。必ず一人は誰かが操縦室にいて警戒することになっていて、エリックは今日の見張り番だよ」

「まぁ、今日はっていうかだいたい俺が夜の見張り番だよ。俺は星が好きだから、夜はずっと空や星を見ていて、日中はほとんど寝ているんだよね」

 ロイドの説明の横から、というか前からエリックが会話に入ってきた。他にも会っていない人がいるんだろうか。と、ニコラはロイドやエリックの様子を窺いながら考えていた。

「じゃあ、雑用係の仕事を始めるぞ。俺たちの仕事は主に掃除と洗濯だ。まずは、みんなが起きる前に操縦室や食堂、トイレといった共用部分の掃除を行う」

 ロイドはそう言うと、ニコラに雑巾を差し出してきた。「エリックのいる前方の操縦席の方は俺がやるから、お前は後ろの方の床や長椅子を拭いて」とロイドに言われ、ニコラは掃除を始めた。ニコラに役割が与えられ、この船の歯車の一つとして組み込まれていく。

 ニコラのノアラークでの生活が、今、始まった。






「最後は食堂だ。サリーはもう起きて朝食の準備を始めてるはずだから、食堂の掃除が終わったらそのまま朝食にするぞ。サリーには……もしかしたらちょっと驚くかもしれないが、まあ、悪いやつじゃないから……」

 あらかたの掃除を終えて食堂に向かう道中で、歯切れ悪くロイドはニコラにそう言った。

 船内を掃除していて、ニコラは驚くことばかりだった。

 この船には、シャワーやバスタブ、トイレといったニコラの知らない設備が存在していた。家では川で汲んできた水を火で温めて身体を拭き、家の外で用を足して土で埋めてから家に戻るような生活を当たり前にしていたニコラにとっては、使い方すら分からない代物ばかりだった。

 後でアニーに色々聞こう……と考えながらロイドの後に続いていたニコラは、食堂に向かう途中のロイドの言葉に疑問を持ちながらも、辿り着いた食堂で先ほどのロイドの言葉の意味をすぐに理解することになる。



「あらー! あなたがニコラちゃん!? 私はサリーよ、よろしくね。やだ、ニコラちゃん可愛いわぁ! これから一緒に暮らせると思うと、私とっても嬉しいわ!!」

 サリーは食堂に入ってきたニコラを見るなり朝食を準備する手を止め、まあまあまあ! と言いながらニコラに近づいてきて熱烈な挨拶をしてきた。勢いに固まるニコラにウインクも飛ばす。

 ニコラがチラッとロイドの方を見ると、ロイドはいつの間にかニコラ達から少し離れたところにいて二人の様子を何とも言えない表情で見ていた。
 ロイドはどうやらサリーが少し苦手なようだ。ニコラはロイドに説明を求めようとするが、ロイドと目が合わない。

「それにしても、せっかく可愛いのに格好が地味ね。この前の商人の荷物の中に確かいい服がなかったかしら。髪の毛ももうちょっと艶が……あと、もう少し肉付き良い方が……」

 サリーはニコラの全身をチェックしながらブツブツと呟いている。その様子を見てロイドは、ため息をつきながらニコラに助け舟を出した。

「……サリー、自己紹介と全身チェックはそこまでにしてよ。俺たちは食堂の掃除に来たんだ。掃除が終わったら休憩だから、その時にまたゆっくりニコラと話せば良いさ。サリーの美味しい朝食もニコラに食べさせたいしね」

「あら! ロイドちゃんもおはよう。相変わらずイケメンね、推せるわ! ……そうね、昨日はニコラちゃんが寝ちゃってたみたいだから、パンとスープくらいしか出せなくて悔しかったのよ。今日の朝食は腕によりをかけているから楽しみにしていてね」

 サリーはそう言ってニコラに何度目かのウインクをし、朝食の準備に戻っていった。サリーはニコラが見たこの船の屈強な男達と比べても、さらに筋骨隆々だった。自分より二回りも三回りも大きいサリーから解放されて、ニコラはほっと胸を撫で下ろす。

「……ロイド、ありがとう」

「いや……まあ、今は助けられたけど、悪いやつじゃないから、休憩の時はサリーの気が済むまで付き合ってやってくれ……」

 ロイドの言葉に、どっと疲れが増した気がしたニコラだった。






「あ、すごく美味しい……!」

「ホント!? ニコラちゃんのお口に合ってよかったわ!」

 食堂の掃除が終わって朝食をとっていたニコラは、サリーの手の込んだ料理に素直にそう言った。
 朝食は野菜とベーコンとキノコのリゾットという料理と、サラダと、ポタージュスープだった。夢中で食べるニコラの真向かいにサリーが座り、ニコラの食べる様子を満足げな顔で眺めている。ロイドはニコラの一席空いて隣に座っていた。

「やっぱり女の子がいると違うわねー! ここは男ばかりだからホントむさ苦しくて……食べ方もガサツで汚いし、見ていて気が滅入ることもあったけど、これからは癒しができてホント幸せ!」

 サリーは、リスのように頬張りながら幸せそうに食べるニコラを見て、終始ご満悦である。
 サリーの言葉に、「一番むさ苦しいのはサリーだろ……」と呟いていたロイドの言葉については、ニコラは聞こえなかったことにした。


「あ、ここにいたのね。ヘインズやエリックとも話し合って、次の目的地を決めたの。ニコラの紹介もちゃんとしたいし、みんな操縦室に集まってくれるかしら?」

 アニーにそう言われて、食堂での後片付けを手伝っていたニコラとロイドは、まだ残っていた片づけを早々に終わらせて操縦室に向かった。

 操縦室には、ニコラとロイドと、二人が食堂を出た後に続いたサリー以外の全員が既にそろっているようだった。最後に操縦室に入ってきたサリーが「お待たせ♥」とみんなに声をかける。
 わぁ……みんな大きいな。と、居並ぶ集団の後ろの方で様子を見ていたニコラだったが、一番前に立つアニーに手招きされて集団の前に躍り出ることになった。みんなの視線が自分に向かって少し緊張する。

「さて、みんな揃ったわね。みんな知っての通り、昨日私たちは物資をいただいた馬車でここにいるニコラを見つけて保護したわ。ニコラにはすでに、ロイドとともにノアラークの雑用係をしてもらっているから話したことがある人もいるかと思うけど、これから私たちの仲間として共に生活をしていくわ。仲良くしてあげてね」

「ニコラです。よろしくお願いします」

 ニコラが全員の前でそう挨拶をすると、まばらに拍手が起こった。皆一様に優しい目でニコラを見つめ、横にいたアニーもニコラに笑顔を向けてくれていて、ニコラは少し気恥ずかしく感じた。

 ニコラへの拍手が落ち着いた後、今度は少し真剣な面持ちでアニーが話を続けた。

「これで、私たちはロイドとニコラという、二人もの強い魔法の適性を持つ仲間を得ることになったわ。いよいよ私たちの旅の目的を果たす時が来たのだと思うの。
 私たちが次に向かうのは炎の国・ヴォルカポネ。そこで今後の旅に必要な物資の調達と、情報の整理と……ペナルティの清算を行うわ。炎の国に到着するのはおよそ六日後よ。それまで各々、自分の役割を確認しつつ英気を養ってちょうだい。あと、もし時間があるならニコラにそれぞれの得意分野から、必要な知識を教えてあげてね」

 アニーがそう告げると「おう!」と野太い声が操縦室に響いた。ニコラの周囲は「久々の街だな!」「炎の国は酒もうまいんだよなぁ、楽しみだ!」「ペナルティか……前回から一年以上経っているし、今度はどんな地獄になるやら……」などという会話が起こり、浮足立ち始める。
 その雰囲気に当てられて、ニコラも新しい旅への期待に胸が高鳴ってくるようだった。

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