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【300日目】初症例

ご隠居からのメール:【初症例】

入院に際しては、ノートパソコンと本を持ち込んでいたが、パソコン操作や読書はエネルギーを奪い、酸素飽和濃度の低下につながるというので、これまで、パソコン使用と読書はひかえていた。しかし、いつまでも連絡しないわけにもいかず、出身大学の同窓生グループメール宛に、コロナ陽性で入院中という内容の一斉メールを発信した。

メンバーは全員八十代だが、このグループでコロナ陽性になったのは私が初症例だ。

人口約十六万人の浦安市内の感染者では、最近は毎日およそ85人ずつ増えている。

▼1月13日3264例目 91759例目 1月12日 80代男性
▼1月16日3355例目 94225例目 1月14日 70代女性

感染者の市内最高齢は1月13日以来、私の82歳だったが、1月18日に90代以上の女性が感染して、私は首位の座から滑り落ちた。しかし、考えようによっては、市内最高齢の地位を五日間も維持したのは、すごいことかもしれない。

一月十六日に感染が確認された70代女性は私と同居している妻で、発熱は37度まで上昇したが、その後、平熱に戻り、一月二十一日、保健所によって陽性解除された。


返信:【Re_初症例】

感染者の浦安市内最高齢の座を五日間維持したのは、父さんの人生の歴史に刻まれたね(笑)

まあ、これだけ、高齢者のコロナ感染が危険だと騒がれているのに、後期高齢者の両親ふたりとも、順調に回復しているということは、ありがたいことだ。まだまだ、天命を全うできないようだね。


昨晩、Amazonプライムで年末年始にNHKで放映された「倫敦山本五十六」をみた。1921年(大正十年)ワシントン軍縮会議後を下に、1930年(昭和五年)米英と補助艦制限を目的にしたロンドンでの軍縮会議に、山本五十六が臨む話だ。1931年(昭和六年)に柳条湖事件、1932年(昭和七年)に満州国建国、1933年(昭和八年)に国際連盟脱退とつながるので、時期的にみても国際社会というより、米英との最後の交渉だ。

とはいえ、1930年(昭和五年)の日本は、すでにまともでない。まずは、昭和恐慌による国民の熱狂。これは、ちゃんと、もっと調べたいと思っている。そして、陸軍と海軍の強硬主張。なぜ、日本はここまで妄信的に、皇国の意地と誇りを貫こうとしたのだろう。これも、国民の熱狂と同じく研究課題だな。

第一次熱河作戦では、冀東防共自治政府きとうぼうきょうじちせいふを樹立させて、緩衝地帯とするが「通州事件」で自治政府の人間が中国側に寝返ってしまうので、再び、熱河省を攻撃し、今度は更に北に位置する蒙古連合自治政府もうこれんごうじちせいふを樹立したというのが、流れだとおもう。

日本は、和平交渉のために冀東防共自治政府きとうぼうきょうじちせいふのあった場所、華北と上海を非武装地帯にすると蒋介石しょうかいせきへ交渉提案している。

日中戦争の大義は、「大東亜共栄圏」「新東亜秩序建設」が日本の言い分。「抗日民族統一戦線」が中国の大儀だね。日本のロジックが崩壊しているが、ただただ、ソ連と中国の挑発にのってしまった愚かな戦争にみえる。

その、挑発にのってしまう要素が多くあった。「欧米列強の植民地化」「大アジア主義」「満州事変」「国連脱退」「二・二六事件」「中国人蔑視」「抗日運動」「国民の熱狂」「ソビエト」「共産主義」「通州事件」「暴支膺懲ぼうしちょうよう」などなど。大局観に立って状況を冷静にみていたスターリンと毛沢東の勝利だね。


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