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多分良いとこ、ここ地獄

 地獄。あたりは暗く、上を見上げても暗闇が広がるだけである。周りからは亡者の呻き声や叫び声が聞こえてくる。
 舞台中央に釜茹で地獄の釜。グツグツと沸騰する音が離れた場所からも分かり、近くは立っているだけで汗が噴き出るくらい暑い。また針の山、血の池もここから見えるくらい近いようだ。
 上手より餓鬼が亡者を連れて現れる。亡者は白装束姿。餓鬼はガラケーに長い紐のストラップをつけて首からさげている。

餓鬼 はい!じゃあ、続いてはこちらになります。(釜を手で仰いで)どーん。

亡者 はああ。でっかいっすねー。

餓鬼 えー、じゃあこちらの釜茹で地獄で一年間! 茹でられますのでねー。

亡者 あー、結構長いっすね。

餓鬼 他の地獄の衆人の寿命が500年とか2000年とかざらにあるんでね。現実世界の時間で10兆年とかあるみたいなんですよ。

亡者 はああ。

餓鬼 じゃあ、これ登っていただいて。

 亡者、釜茹での釜に登る。
 アチ、アチチチ、と言いながらゆっくりと足先から浸かっていき、熱がりながらも全身浸かっていく。

亡者 あ゛ー。

餓鬼 湯加減どうですー?

亡者 良い感じですねー。

餓鬼 すごいっすねー。結構熱いってみなさんすぐ出ちゃうんですけど。

亡者 昔から熱い風呂大好きで。

餓鬼 へー。

亡者 え、大体温度どのくらいなんですか?

餓鬼 えーとですね…。

 餓鬼、釜茹での隣に備え付けられてある給湯器のモニターを見る。

餓鬼 65度ですね。

亡者 あ、じゃあ蒲田温泉の方が熱いや!

 亡者、餓鬼、だーはっはっはっとお互い笑う。

餓鬼 あ、そうそう! この釜なにか気付きませんか?

亡者 えー、なんすかなんすか。

餓鬼 このフォルム!

亡者 えー、なんだろう…

 亡者、釜の中を見てみる。

亡者 なんかジェットついてるとか足伸ばしやすいとか。

餓鬼 違うんですよー。

亡者 えー、なんだろなんだろマジで。

餓鬼 これですね、石川五右衛門が釜茹でされた時に使われた釜をモチーフにしたんですよ!

亡者 えー!

餓鬼 去年、地獄グッドデザイン賞受賞して。他にも釜があるんですけど、誰も使ってないのでこちらに案内しました!

亡者 うわー、ありがとうございます!

餓鬼 いやー、僕も一度も浸かったことないんですけどね。

亡者 入ります?

餓鬼 え、いいんですか!?

亡者 まだ入れそうなんで、どうぞどうぞ。

餓鬼 あー、なんかすみませんね…。

 餓鬼も釜に入る。しかし、熱すぎて少し足先が触れただけで「熱っ!」と叫びすぐ出てしまう。

亡者 いやなんで地獄の鬼が入れないんですか!

 亡者、餓鬼、だーはっはっはっとお互い笑う。

亡者 結構案内の仕事長いんですか?

餓鬼 あーもう結構やってますね。ここの時間で言うと1万年くらいですかね。

亡者 割と長いですね。

餓鬼 来る亡者来る亡者全部案内して説明して、刑期が終わるまでずっと見張ってなきゃいけないですからねー。暇すぎて逆に辛いって言うか(笑)

亡者 そういう時何してるんですか?

餓鬼 ひたすらこう…(無表情になって)ボーっと立ってますね。

亡者 何か考え事したりとか。

餓鬼 いやもうひたすら。(無表情で)何も考えない。

亡者 ここ何もないですもんねー。

餓鬼 あーでもこないだあの人アテンドしたんですよ。ニュースで話題になった放火の指名手配犯。あの死刑判決の。

亡者 はいはい! ありましたね!

餓鬼 あれ最初私アテンドして。

亡者 え、どうでした?

餓鬼 最初がいきなり灼熱地獄だったんですよ。で、もう火に入るなり熱いー! やめてくれー! って。

亡者 皮肉なもんだなあ。

餓鬼 その時はもう、心の中で、「これがお前が殺した人間の受けた苦しみだ! 思い知れぇー!」

亡者 (笑う)

餓鬼 助けてー! なんて言うもんですから、「お前が殺した人間もそう思っていたはずなのに、お前は助けたのかなぁ〜!?」

亡者 無表情で?

餓鬼 無表情で笑

 餓鬼、亡者、笑う

餓鬼 え、でもお兄さん全然地獄に来る感じじゃないですけどね。

亡者 あ、そうですか?

餓鬼 ええ、さっきの針の山も全然意に介さない感じだったし。

亡者 足ツボかな? って(笑)

餓鬼 いやいやいや(笑) まあでも針の山そんなに強くない針のルートでしたし、この釜茹でも熱くないところでしかも短いですからね。そんなに悪いことしてないんじゃないかなって。

亡者 あー、僕あれなんですよね。母親殺しちゃって。

餓鬼 えー、ヤバっ。

亡者 両親どっちも90超えてて。でも父親がギャンブルとか酒ばっかでめちゃくちゃ借金してたからすごく貧乏で。僕もホームとか入れようかなとか入れようかなと思ったんですけど、二人ともやだーとか言い出して。

餓鬼 はいはい。

亡者 しかも父親が認知症になっちゃったんですよ。一人じゃ何もできなくて。で、母親が介護に疲れたからって言って父親を…。

餓鬼 あらー…。

亡者 たまたま僕その場に居て。「お母さん、何やってんの!」って言ったら、「お願い、私も殺して…」って言うんですよ。

餓鬼 うわうわうわ…。

亡者 で、お母さん辛かったよね、ごめんね、って言って。俺も一緒にいくよーって。ちょっと俺も人生上手くいってなかったんで。まあ心中って感じですかね。

 餓鬼、溜息を吐き涙ぐむ。

亡者 なんで、殺人と、自ら命を捨てたってことでこっちに来ちゃいましたねー。

餓鬼 まあでも、閻魔様も同情はしてくれたんでしょうね。だから少し軽めにしてくれたんでしょうね。

亡者 なるほどー。

餓鬼 ちょっと温度下げます?

亡者 あ、すみません。

 餓鬼、給湯器のパネルをいじって温度を下げる。給湯器からは「お風呂が42度に変更されました」のアナウンス。

餓鬼 お辛かったでしょう。

亡者 いやあ、ほんと、なかなか上手くいかないっすよねえ。人生って。

餓鬼 鬼の世界も、なかなか上手くいかないもんですよ。

亡者 そういうもんですかねえ。

餓鬼 そうですねえ。

 餓鬼の携帯電話が鳴る。餓鬼、電話にもしもし、と言って出る。頷きながら電話を聞いている。

餓鬼 …ええ、ええ。あー、はい! わ、か、り、ま、したぁ〜。はい! お伝えしておきます〜。失礼します〜。

 餓鬼、電話を閉じる。

餓鬼 あの〜、すみません。

亡者 はい、なんでしょう。

餓鬼 この後の八寒地獄なんですけど。

亡者 八寒地獄?

餓鬼 はい。数字の8に寒いって書いて八寒地獄って言いまして、すごく寒い8種類の地獄で、例えば氷の中で苦しむって地獄なんですけど。

亡者 はいはい。

餓鬼 製氷機が壊れちゃったみたいで、一年後に案内ができなくなっちゃったんですよ。

亡者 あらー。

餓鬼 申し訳ないんですけど、今から代わりのコース探すか、氷抜きで八寒地獄受けていただくんですけども…。

亡者 あー全然全然! どっちでも良いですよ!

餓鬼 すいませんね〜…。じゃあまた、一年後になるまで浸かっててください。

亡者 はい。いやー、でも勿体ないですね。

餓鬼 何がですか?

亡者 水風呂でととのいたかったのに。

 亡者、餓鬼、だーはっはっはっとお互い笑う。
 亡者、そのままくつろぎ始める。餓鬼、客席の方を向いて、徐々に無表情になっていく。
 地獄では阿鼻叫喚が聞こえる。溶暗。

(了)


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