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スクール長ダイアログ <神話から自由になるために③>

12月1日 神戸大学V.School長 國部克彦

 V.Schoolでの中心的な話題の一つのイノベーションも,すでに神話化しているということができるでしょう。国や企業の政策を見ていると,「イノベーションの促進!」という言葉で満ち溢れています。大学でもイノベーションの創出が大きな目的として設定されています。また,日本では,最近はイノベーションが起こらずに,社会全体が沈滞しているという悲観論が支配的です。
 確かに,私たちの生活を飛躍的に向上させてくれたイノベーションは数知れません。古くは,産業革命をもたらした蒸気機関の発明から,最近のGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)のイノベーションまで,私たちの生活は過去のイノベーションの成果を享受して成立しています。もちろん,有史以前に発明された文字や数字も画期的なイノベーションをもたらしました。
 しかし,私たちは本当にイノベーションを欲しているのでしょうか。たしかに,現在は,GAFAがなければ,すぐに生活に支障をきたす状態にありますが,GAFAがない時代を覚えている私たちは,それがなくても問題なく過ごせることを知っています。これはあらゆるイノベーションの産物に対しても言えることです。逆に,イノベーションがあるために困ることもたくさんあります。IT業界の息つく暇もないほどのバージョンアップに,もうこれ以上バージョンアップしないでほしいと思ったことのある人は少なくないのではないでしょうか。もしも家庭で,毎日,家族の誰かが何かのイノベーションを実施していたら,ゆっくり休むこともできないでしょう。
 そもそもイノベーションとは,その用語の生みの親であるシュンペーターが言っているように,ある要素とある要素の新たな結合,つまり新結合なのですから,経済とか社会とか大きな枠組みを考えなければ,私たちが生きているという事実は常に何かと何かの結合ですから,生そのものがイノベーションなのではないでしょうか。私たちがこの世に人間として生きているなんて,それ以前には想像もできないことで,これ以上のイノベーションは世界に存在しないと言ってもよいでしょう。
 また,日本がGAFAのような画期的なイノベーションを起こせないから社会が停滞しているというのも「神話」に過ぎないと思った方が良いです。たしかに,GAFAは日本人のイノベーションではありませんが,それで困っている日本人はどのくらいいるでしょうか?多くの日本人は,サービスの利用者として,大きな便益を享受しています。GAFAがアメリカの会社だから困ったと思う人はほとんどいないでしょう。別に,日本人がイノベーションを起こさなくても,日本人は全然困らないのです。
 では,なぜ「日本はイノベーション不足で停滞している」という主張が流布しているかというと,そのことによって「このままでは日本がダメになるかも」という「恐れ」を作り出して,国民を一定の方向で向かわそうとしている力があるからです。これがイノベーションの神話の源です。しかし,イノベーションは,そもそも,このような「神話」から解放された地点でしか起こらないものではないでしょうか?

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