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不服の慧眼 BitterInsight

口の中が苦い。

「出血がひどいな…。このままでは助からないよ」
「あんた"白魔道士さん"だろ!?魔法で何とかたすけてやってくれよ!」

白魔道士と呼ばれた白いローブを被った青年は仲間の助けを叫ぶ兵士の男を四つの目でジトリと睨んだ。

「あんたに付いてるキレイな2つのお目目に僕が魔法使いに見えるのなら2つとも節穴だよ。助けたきゃ神に祈る前に自分の脚でさっさと処置用の道具を集めてくるんだな」

容姿と身なりから想像出来ない冷たい言葉で青年は言い放つ。

「アスプロ、泣きそうになってる。もっと優しく言ってあげなよ。
すみませんお兄さん。彼、ちょっと口が悪くて…でも言ってることは本当なんです。まずは他のテントに行って処置道具があるか確認してもらえませんか?」
「ど、どうぐって…なんの…」
「止血出来るベルトと応急処置用の道具、消毒剤や痛み止めだ。二つ目の医療班のテントにあるだろうが…。まったく!!少し考えれば分かるだろう!?さっさと行け!!!」

涙目で立ち尽くしていた兵士の男は自分より大きな身体の甲冑男の優しい言葉に少し冷静になりかけたが、突然晴れが土砂降りになったような言葉の嵐に、また泣きそうになりながら頷いてバタバタとテントを出て行った。

「さっさと探しに行けば良いものを。何が魔法だ。神の力を待って死ぬ気かよ」
「アスプロ!口が悪すぎる。」
「まあまあ、私たちが魔法使いだなんて未だに信じてる方も悪いのよ」

白いローブの"白魔道士"アスプロの冷たい言葉を擁護するように煌びやかな飾りを身に纏うフリーダは続けた。

「人間の傷付いた箇所が少し細かく見えてしまうだけ。それでも彼らには魔法のように感じるんでしょうね。ノックスだって戦う相手の弱点がよく見えるから特別な能力があって強いと思われてるじゃない?」

ノックスと呼ばれた体の大きな甲冑の男は大きなため息をついた。

「そうかもしれないけど…。こんな状態でみんな奇跡を信じてるんだと思う。神様に祈るより、身近な僕たちを信じて頼ってくれてるんだ。出来るだけ…希望を持たせてあげたい」

悲しげな表情のノックスをうんざりするような目でアスプロは見つめ、鼻をフンと鳴らすと目の前で苦しそうに唸るケガ人の止血を続けた。

「あいつ遅いな。早くしっかり止血しないと…。
くそ!ケガ人が多すぎだ…死人も…多すぎだ」

待つ間にどんどんケガ人の息がヒューヒューと小さくなっていく。

これで何が魔法だ。
何が希望だ。

「おい!!あのノロマ野郎まだかよ!!ノックスも…ゴタゴタ自論を話す元気があるんなら外で血を流して1人でも二つ目の人間にその希望とやらを与えてきやがったらどうですかね!?」

アスプロのイラつきに巻き込まれたノックスが反論のために口を開きかけフリーダがため息をつこうと天井を見上げたその時、テントの入り口が外の光で明るくなった。

「も、持ってきた!あった!ありました…!いりょ、医療道具…!止血のベルトも…。ち、近くのテントにあったのに、種類が…よく、分からなくて…!!」
光と共に飛び込んできた人影はアスプロがたった今ノロマ野郎と罵った兵士の男だった。

「しゃべってんな!すぐ全部よこせ!!」

かなり走り回ったのだろう。は、はい!と、息も絶え絶えに兵士の男は道具一式をアスプロに渡すと、アスプロは四つの目を大きく開いて処置を始めた。

テントに入った光のせいか、アスプロの四つ目は不思議な光を放つように見える。少ない道具を使い驚異的な集中力と正確さで治療を施していく彼の姿は側から見れば魔法使いのようだった。ケガ人の体の中身を全て見透かせてでもいるような異常に的確な処置。探り探りや予測ではない身体を見透かす技術。
やはり彼らの特別な目には常人には見えない何かが見えているのではないか?二つ目の兵士の男はそう思わずにはいられなかった。

あれほど文句を言っていたアスプロは静かで、ノックスとフリーダは兵士の男に小声で「これなら大丈夫だ」と声をかけた。

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「ありがとうございます」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で絞り出すように、だけどハッキリと兵士の男は言った。瀕死の重症だったケガ人はアスプロの処置によって一命を取り止め穏やかな息を繰り返している。

「あのさ、こんな戦争の中でたかだか仲間ひとりが助かったからってそんなに泣いてたら、干からびてあんたが死ぬよ?」
アスプロは血や薬品で汚れた手を拭きながら呆れたように横目で兵士を見て言った。

「こいつは…同郷で小さいから仲の良かったやつなんだ。17のときに俺が育った町を離れて、次にこいつに会ったのは戦場だった…。
そしたら…こいつ、奥さんと…子供が3人もいるって…しかも下の子は双子の女の子だって…戦争が終わったら会わせてやるって…すごく可愛いから…絶対に生きて会わせるって…だから、だから…」

それから嗚咽で男は話せなくなった。フリーダは腕を組んでテントの柱にもたれ掛かったまま温かい笑みで男を見ている。ノックスはその大きな手で優しく男の背中を撫でている。アスプロは無表情の下にいつも感じる複雑な思いを巡らせていた。

「残念ながら素直に感謝を受け取れるほど可愛い生き方はしてこなかったんだ。さあ、このケガ人を医療班のテントに運んでくれ。後はここより向こうで療養した方が環境も良いだろう。ノックス、ベットごと運ぶから手伝ってよ。」

僕はまだ片付けがあるから…
アスプロがそう言って背を向けると兵士の男はテントの外にいる手の空いている他の兵士に声をかけ、ノックスの手も借りてケガ人の乗ったベッドを移動し始めた。その頃には兵士の男の泣き顔は笑顔に変わっておりテントから出る際にベッドに手を添えながら落ち着いてアスプロに声をかける。

「本当にありがとうございます。やっぱりあなたは聖なる力を持つ魔道士様だ!」

魔法など使っていないことは側で見ていて分かっていた。それでも素晴らしい医療技術は特別な力に思えたから、だから感謝の言葉として彼は言ったまでだ。でもそれはアスプロにとって嬉しい言葉ではなかった。振り向きもしないアスプロに、それでも兵士の男は最後に頭をペコリと下げてテントを出ていく。

いつからか感謝を素直に受け入れられなくなった。『白魔道士』という『通り名』はどんな病気もケガも治す万能として人々に希望を与える。

「もうちょっと自信を持ったら?あなたが人の命を救ってることには変わりないのよ?だから…そんな泣きそうな顔をしないで?」

フリーダの言葉で無表情を決め込んでいるつもりだったアスプロは眉をさらに寄せた。

「助けたよ。1人ね。ひとりだ………次に来るヤツは助けられないかもしれない。この半端に”良い眼”が付いてるせいで、みんなに確実ではない希望を持たせてしまう」

「確実なものなんて世の中には無いわ。特に人の命を預かるならなおさらそうでしょう?確実なんて無い。あなたも確実では無いけど、より確実に近づけることができる。その”良い眼”のおかけでね。悲しむ必要なんてない。
いえ…悲しんでるヒマなんてない…かしら?」

そう言ってフリーダがテントの入り口に目をやるとノックスが走って入ってきた。

「アスプロ、次のケガ人だ。さっきの兵士ほどでは無いが足が折れてる。
すぐに連れてくるから準備しておいてくれ−っと、何か追加で必要なものはあるか?」

普段より早口に話す大きな男は、その甲冑のフリフリ揺れる頭飾り恨めしそうに睨むアスプロを見て「どうした?」とクビを傾げている。

「何もいらないならとりあえず連れてくるぞ?」
と言ってノックスはテントを出て行った。

「はぁぁぁぁ〜」
予想以上に大きなため息が出たアスプロを見てクスクスとフリーダは笑った。

「さっ!ホーリーな力を使う白魔道士様の出番ね!」
「次それ言ったら君の頸動脈を誤って切るから」

怖い怖いと笑いながら
「じゃあ私も自分の仕事をしてくるわ。何か手伝いが必要だったら呼んでね。」
と言ってフリーダはテントを後にした。


ほんと、なんだよ"白"魔道士って…。この白いローブのせいか?もう血と泥で白とは言い難いんだけどな…。誰が白魔道士なんて呼び始めたんだっけ…?

「見つけたら心臓を切除しよう。」物騒なひとり言だ。そう自分で思ってクスリと笑うと、アスプロはノックスが連れてくるであろう次のケガ人のための準備を始めた。

希望も神様も魔法もクソ喰らえ。
僕は目の前のケガ人を白いローブを着て、半端に”良い眼”で治すだけ。

ああ、口の中が苦い。










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