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[呼吸]急性脳損傷や呼吸不全の患者にはどの呼吸管理を推奨すべきか?

欧州集中治療医学会誌に投稿された、急性脳損傷(ABI)を伴う呼吸不全の患者にはどの呼吸管理を推奨すべきか?(What respiratory taegets shoud be recommended in patients with brain injuary and respiratory failure?)についての「日本語まとめ」を紹介します。

陽圧人工呼吸が脳の血行動態に与える影響について

陽圧人工呼吸は、下記のようにさまざまなメカニズムを介して脳の血行動態に影響をあたえると言われています。

高炭酸ガス血症は、主に血管拡張を引き起こし、ICP(脳脊髄圧)を増加させるが、低炭酸ガス血症は血管収縮を引き起こす。
・PEEPは、胸腔内圧の上昇、静脈還流の抑制により、平均動脈圧の低下やICPの上昇を引き起こす。
・したがって、ABIの患者には高一回換気量と低PEEPの組み合わせがスタンダード

しかしながら、ABIに対する呼吸管理は、ARDSに対する人工呼吸器戦略(低一回換気量+高PEEPのいわゆる肺保護換気)とは相反していることがわかります。

では、ABIの患者がARDSを併発した場合、どちらの戦略が望ましいのでしょうか?

PaO2とPaCO2のターゲット

ABIとARDSの患者では、酸素分圧・二酸化炭素分圧の管理目標値がそもそも異なっています。

まず後者のARDSの患者では、肺保護戦略に基づき、適度な酸素化(PaO2:55〜80mmHg)と高二酸化炭素血症(pH:7.25までは高PaCO2を許容)を目標に換気設定を行います。

一方、ABIの患者では、低酸素血症は二次的な脳損傷を引き起こす可能性があるため、回避する(PaO2>75mmHg)か、迅速に治療する必要があります(ただし、高酸素血症が役割を果たすかどうかに関してはまだ確立されていない)。

また、ABIの患者によく用いられる軽度の低炭酸ガス血症(PaCO2:30〜35mmHg)は、ICPが高くなるリスクがある場合にのみ検討する必要がありますが、生命を脅かす脳ヘルニアの状況を除き、積極的な低炭酸ガス血症は推奨されません(緊急的に短時間だけの使用にとどめる)

次いで、高炭酸ガス血症(PaCO2>45mmHg)も、血管拡張に伴うICP増加のリスクがあるため避けなければならず、結果として、ABI患者の二酸化炭素分圧は、正常範囲(PaCO2:35〜45mmHg)をターゲットにする必要があります。

一回換気量とPEEPのターゲット

ABIの患者を肺保護換気で治療すると、正常酸素と正常二酸化炭素分圧に維持することは困難です。とくに、ARDSの換気戦略を比較したほとんどのランダム化比較試験では、併存するABIの患者が除外されています。

ARDSで苦しむ患者には、6ml/kg(予測体重:PBW)の一回換気量を目標とし、プラトー圧を<30cmH2Oに保つことが推奨されています。

一方で、非ARDSの患者では、4〜6ml/kgと8〜10ml/kg(いずれもPBW)を比較した大規模な臨床試験では、一回換気量を低く制限する意義はないとされました。

ある研究では、ABIの患者ではVt>9ml/kgPBWと、高い駆動圧力がARDSの発症に関連していることがわかりました。

さらに最近の研究では、Vt7ml/kgPBW、PEEP6〜8cmH2O、および早期抜管を目指した換気戦略(一回換気量が少なく、中程度のPEEPと早期抜管の推奨事項を遵守)により、ABI患者の人工呼吸器の日数と死亡率が低下することがわかっています。

しかし、これまでに、高一回換気量がICPを増加させることを明確にした研究はないため、ABIの最適な一回換気量はまだ確立されていません。したがって、現在のところ、ABIにARDSを併発した患者には、駆動圧力とプラトー圧をモニタリングし、残存する肺容量に応じて一回換気量を設定することを勧めます。

PEEPは、肺保護戦略のうちのひとつであり、中等度から重度のARDSの場合にのみ、高いPEEPのレベル(≧15cmH2O)が推奨されています。PEEPレベルを徐々に上げていったARDSのABI患者では、動脈および脳組織の酸素化が改善したことが報告されています(頭蓋内圧の上昇や脳還流圧の低下なしに、脳組織の酸素分圧と酸素飽和度を上昇させた)。したがって、ABIにARDSを併発した患者には、肺のコンプライアンスに応じ、PEEPを個別に設定することを勧めます。

レスキュー療法

腹臥位療法は、重症ARDS患者の転帰を改善することが示されていますが、ICPが上昇した患者には、エビデンスがありません(昏睡状態の患者を対象とした単施設の対照試験では、短時間の腹臥位を行うことで、ICPの上昇を認めるが、呼吸不全の悪化を防ぐことができたとしている)。

ただし、ICPに対する腹臥位療法の悪影響はまだ解明されていないため、難治性の低酸素血症がある場合は、腹臥位療法を考慮してもいいでしょう。

結論

ABI患者における肺保護戦略の使用に関する強力なエビデンスは存在していません。ABIの患者で肺が健康な場合には、従来の方法、すなわち中程度の一回換気量と低いPEEPを組み合わせることは禁忌ではありませんが、呼吸不全またはARDSを併発しているABI患者では、肺保護戦略から有益な効果が得られる可能性があるため、このような患者では考慮する必要があります。

まとめ:脳損傷と呼吸不全の両方を呈する患者に推奨する呼吸管理

・PaO2>75mmHg
・Protective ventilation;肺保護換気(ARDSを有する場合は6ml/kg,肺が正常なら9ml/kgまで許容)、低い駆動圧(ΔP<15cmH2O)
・ただし、ICP(脳圧)上昇を避けるため、PaCO2は35〜45mmHgの間で管理する(ARDSの戦略に用いる高二酸化炭素許容換気にはしない)

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