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箸袋からのメッセージ -ちょっとした箸袋の文化史ー

はじめに

 ごちそうに手を付ける時、まず手に取るものは、和食なら箸でしょうが、箸が袋に入っていれば最初に箸袋を手に取り、ちらっと袋を見ながら、箸をとりだし、それを皮切りに美味しいものを口にする楽しみが一気に広がります。脇に置かれた箸袋は、食事を終え用済みとなった箸が納められるまで使われることはありませんし、大概はその存在を忘れられ、気づかれないままお引き取りというのが普通です。

たまに、箸袋にかかれている内容に目をとめ、話題にする方もありますが、全くのレアケース。そんな箸袋を私はそっとポケットに忍ばせて持ち帰ること、かれこれ50年以上。用済みの箸を袋に戻すことなく袋を持ち帰るのはいつも小さな罪悪感が伴うのですが、メモ用紙代わりに思い付きや(主観的に)大事なことを書き留めることもありますし、何よりこうした小さなものに対する自分の好奇心の方が勝り、出会った箸袋を取りためてきた結果、数え切れなくなるほど一杯になりました。

たかが、紙袋なのですが、一つひとつの箸袋を手に取り、それを目にしていくと、そこには多種多様なメッセージがあることに気がつきます。箸袋を製作した店側のPRの仕方は千差万別です。市販の箸袋を使う所もままありますが、独自の箸袋を製作しているところが本当に多いのです。箸袋という狭い紙面に記すことができるメッセージには、当然物理的に限度がありますし、そこには店のご主人の気持ちが凝縮されているといってもいいほどです。もちろん、世の中の箸袋のほとんどは、「店名」か「おてもと」と記されているだけの本当に実用的なものです。箸を包むということであれば、何も記されていない袋だけで十分です。しかし、日本人は、小さな箸袋にいろいろと考え、さまざまなメッセージを託すということをしました。捨ててしまうのが惜しいと思うような手の込んだものや立派な和紙で作られたものもあれば、一寸目を通したぐらいでは読み切れない程多くの情報が満載のものもあります。そんな様々なメッセージに好奇心を抱き、分類してみたら面白いのではないかと思ったのが、この連載の大きな動機です。

この箸袋について、何か参考になる書籍はないかと思い、あちこち探しましたが、箸や包みの本はあっても、箸袋に関する本は見つからず、わずかに箸袋に関する寄稿記事を見つけただけでした。本にする以上、箸袋の歴史もたどりたいと思い、文献や関連サイトを当たり、細かにまとめてみましたが、如何せん、古い箸袋で今に伝わるものは皆無といってよく、実証が難しくて推測の域を出ないものが多いというのが正直なところです。あまり覗かれないニッチな世界を好奇心を以て描いてみたのが、この連載です。

ただ、ごみくずにされやすい箸袋も一堂(一箱?)に会すると、そこにはコレクションらしき雰囲気が漂ってきます。やや変なたとえですが、大正時代の頃、自称日本一の変人としてありとあらゆるものを収集していた東京の鎮目桃泉という方は、常に「肥桶百荷(こえたごひゃっぱい)」と口にしていたそうです(『世の中2(11)』谷中村人1916年)。決して綺麗とはいえない肥桶でも、百荷も揃っている処をみれば、そこには何がなしに一顧の値を発見するというのです。

駅弁を包んでいる掛紙と比べても、箸袋はぐっと地味ですが、その情報量は馬鹿にならず、メディアとしても立派な役割を果たしていると思います。箸袋を集めていますなんて、正直、大きな声で言うことははばかられます。ましてや、箸袋について文化を語るなんてやや常識外れかとも思いますが、縁があって少しばかりの期間、私の手元で生きながらえている彼らを、時の推移とともに無にするのも忍びなく、こうした連載を通して少しばかりの延命策を図れればそれもいいかなと思っています。


注意

ここでは、私自身が1970年代から2020年頃までの50年間にわたり、数々のお店から頂いた箸袋の中の一部を中心に、それ以前のものについてはオークションなどで手に入れたものを写真で掲載をさせていただいております。お店の中には既に廃業となっているものも少なからずありますし、当然、店名・住所・電話番号・支店・営業内容等は、お店を利用させていただいた当時のもので、現在はその多くが変わっていることをあらかじめご承知おきください。

また、この本において使っている「箸袋」ということばの定義ですが、箸を入れるものとして箸包、箸筒、箸紙、箸袋、箸箱など様々なものが使われてきた中で、紙やプラスティックで製作されたものを中心に、包むために折ってあるもの(「折紙タイプ」)や袋状にしてあるもの(「袋タイプ」)をもっぱら「箸袋」と呼んでいます。もちろん、布製や木製のものもあり、それ自体素晴らしいものもたくさん有るのですが、絵や言葉を記してメッセージを伝えるにはやや向いていないことから、除外をしています。

写真、文章とも無断転載禁止です。


 

目次

第1回 箸袋はいつからあるのか(その1)


 1 箸のはじまりと箸袋
 2 「箸包の礼法」は中国から学んだ?
 3 中国における箸
 4 唐包(とうづつみ)と折形(おりかた)
 5 箸包(はしづつみ)の誕生



第2回 箸袋はいつからあるのか(その2)


 

6 長崎発の卓袱料理・普茶料理が広まる
 7 江戸の料亭における箸包の変化
 8 普茶料理・卓袱料理に箸包はどうして登場したのか
 9 会席料理の発達
 10 幕末、一般の料理店でも箸紙・箸袋
 11 明治期の志那料理


第3回 割箸の登場と箸を入れる物の様々な呼び方


 

1 割箸の利用とともに庶民が箸袋に接する機会が増える
 2 衛生箸と消毒箸
 3 割箸廃止運動
 4 完封箸?でさらに衛生的に
 5 完封技術は箸以外にも
 6  箸筒(はしづつ)・箸立て・儲ヒ(ちょひ)
 7  箸紙(はしがみ)
 8  箸包・筯包(はしつつみ)
 9  箸袋
 10  箸差(はしさし)
 11  箸箱・箸筥(はしばこ)
 12  箸入
 13 箸ケース
 14 振り出し箸
 15 筷子包・筷子袋・筷子套
 16  袋紙 


第4回 箸袋の様々な言い方と大きさ・形・材質


 

1 御箸・おはし
 2 御手茂登・おてもと
 3 御筴(おはさみ)・お手前
 4 はしの袴
 5 箸袋の大きさ(長さ・幅)
 6 箸袋の形
 7 折紙タイプの箸袋の口にもいろいろある
 8 材質
  (1) 布
  (2) 紙(奉書・パラフィン紙・ハトロン紙・電球包み紙・ク ラフト紙)    
  (3) 経木(きょうぎ)
  (4) 非木材紙
  (5) プラスティック(合成樹脂)
  9  祝箸と箸袋
 10 水引付き箸袋
 11 外国の箸袋 


第5回 箸は横に置くのに、縦書きの箸袋があるのは?

 /縁に沿ってるラインは何?


 1 箸は本来横置きだった
 2 箸袋は基本的に縦書き?
 3 折紙タイプの箸袋にあるライン
 4 袋タイプの箸袋にあるライン
  (1) 単線ライン
  (2) 差入口の登場
  (3) 複線ライン 


第6回 箸袋と楊枝

第7回 箸袋にはどんなメッセージが書かれているのか?
 

メッセージ1 店名(屋号)や会社名(商号)
 メッセージ2 店のあいさつ
 メッセージ3 家紋などのしるしやロゴマークを表記して、認識しやすく    
        している
  その1 家紋
  その2 文字紋
  その3 家紋以外の紋章
  その4 ロゴマーク
  その5 登録商標
  その6 店名や料理にちなんだ絵・模様 
  その7 店舗などの絵・写真
 メッセージ4 店の場所・住所等、電話番号、営業内容をアピール
  その1 本店・支店・チェーン店などの掲載
  その2 営業案内
 メッセージ5 料理名や料理分野をアピール
 メッセージ6 サービス内容(店の売り物)を絵やお品書きなどで表現  
 メッセージ7 店の「味」や「心」を強調
 メッセージ8 金言・心得
 メッセージ9 店自慢、郷土自慢(名所紹介)、唄(歌)自慢
  店自慢 その1 キャッチフレーズ 元祖・創業〇年
  店自慢 その2 美術品(書画)
  店自慢 その3 俳句・和歌
  ふるさと自慢 その1 名所紹介
  ふるさと自慢 その2 美しい山々
  ふるさと自慢 その3 民謡・歌謡曲紹介
  ふるさと自慢 その4 民芸調をアピール
 メッセージ10 店の経営理念をアピール
 メッセージ11 箸の使い方を教えます
 メッセージ12 箸置きの作り方を教えます
 メッセージ13 環境にやさしい箸をつかっています
 メッセージ14 朝と晩は箸袋も変わります

 

第8回 食堂と箸袋


 

 1 デパート食堂
 2 劇場食堂
 3 列車食堂・駅構内食堂


第9回 東京の料理屋の古き箸袋/ユニークな箸袋


 1 東京の料理屋の古き箸袋
 2 記念箸袋
 3 割引券・引換券・おみくじ付き
 4 便箋に使える箸袋
 5 情報満載!(メンバー募集・お客の要望・追加注文)
 6 QRコード付き
 7 コマ漫画で食べ方紹介
 8 アマビエ登場


あとがき









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