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考えない日記:いちめんクリア 04.02.2023

 横須賀の富士見町という古い町を歩いた。谷戸に入り組んだ小路が絡まり迷路の様相をみせる地域。Googleマップがあればそこまで迷うことはないまでも、高低差のある細道や狭い階段道の多さは毛細血管を思わせる。あるお店の主人は「横須賀ダンジョン」と表現していた。

 彼は城下町から移住してきたそうで、その目線で見ると横須賀の複雑に入り組んだ街並みは「何がどこにあるか分からず、ダンジョンのよう」に感じるという。ダンジョンというのは例えばRPGゲームの中で、先に何があるのかを知らされぬまま、宝や姫といった目的を、罠や危険を回避しつつ手中に収めていく場のことだ。

 富士見町へは昔、用事のために何度か歩いた経験があるので舐めていた。家でGoogleマップを軽く確認しただけでwi-fiを持たずに出かけた。迷った。大通りから曲がる最初の角を間違えたのだろう。左手にそびえる崖には家が張り付くように立ち、細い階段がいく筋もある。右手にはすり鉢のように低くなった集落が細長く続き、対岸に見える崖の上まで古民家を含む新旧の家並みと木々でごった返している。

 引き返すべきかこのまま先の見えぬ曲がった道をもう少し進んで見るべきか思案しながらさらに奥へ足が向かう。道端で初老の女性が猫に「抱っこさせてちょーだいヨォ」と話しかけている。壁に寄りかかった少女が市の設置した崖地の地図の下にしゃがみ、チップスか何かを食べながら無言でこちらに目線を投げている。カラスに荒らされたゴミ集積所を写真に納める近所の男がいる。敷地から覆いかぶさるような木が頭上にのぞいている。

 春の汗を感じながら引き返し別の筋を入って目的地へ辿り着いた。帰り道は暗渠になっているくねくねと曲がった裏道を歩いた。湿った細道に並ぶ古民家の一つに造花を生垣にあしらった家を見つける。小さな庭から続く生垣をこれでもかというほどの造花で彩り、這わせ、目を奪わせる。覗けるほどの低い生垣の向こうにも鉢植えらしき造花が並んでいる。別の家には一段高く様子のはっきり見えない場所で、空き地か家庭菜園か、あるいは庭の草を刈る二人組が昭和の歌謡曲を流し、その音色が暗渠の小路の上を響いている。

 地面から不意に飛び立つカラスに釣られて角を曲がり表通りへ出た。急に明るさが増して車が横を走り抜けていく。一つのステージをクリアしたような変化と共に午後の街の喧騒が始まる。カセットデッキから流したようなあのくぐもった歌謡曲はここでは嘘のように感じる。

fine  04.02.2023 『考えない日記』

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