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考えない日記:9

考えない日記:9    5/29-6/9

6/9  買物を頼まれた。時刻は夕方で、どこかにヘッドフォンを置いている店が無いか探してくれという。イヤフォンが外れやすくて困っているそうだ。電気屋さんへ行く時間はなかったので、駅近くのコンビニと無印良品とLOFTを見た。無かった。最後に街で一番大きな百円ショップに寄ってみた。三種類もあった。二種類購入して届けた。ステーキを食べたい気分だった。

6/8 とあるお店のガラス越しに外を眺めていると、大きな声で電話しながら行きつ戻りつしている男性が見えた。スラックスにワイシャツ、襟元にはステーキ屋さんか鉄板焼きハンバーグ店の、白い肩紐付きペーパーナプキンが巻かれている。後頭部でそわそわ揺れるその紐を、通話中ずっといじっていた。

6/7 寝不足だけど気分の良い日曜の朝。CDをかけてヴェルヴェット・アンダーグラウンドを口ずさみながら朝食と用事を片付けた。

6/6 上町休憩室へ行き、掃除と整頓がてらに十二時から三時まで臨時開室。初めての方や、常連さん、近所の人などが寄ってくれた。あまり落ち着いて話すことも出来なかったけれど、気にしてくれている方々がいるのは心強い。

6/5 どうしても考えなければならないことがあり、夜中に気分悪く目が冴えてしまった。台所へ行き、暗がりに腰掛けてアルコール入りの水分を取った。徹底的に答えを探し、現実的な三つに絞れたので布団へ戻った。

6/4 近所の金物屋さんで買い物をした。ヤフーとかアマゾンより数百倍親切丁寧に使い方やサイズなどを教えてくれる。釘十本とかでも大丈夫だし。

6/3 古物屋さんでガラスのドームを買った。前に見た時より安くなっていた。時々覗くリサイクルショップはまだ休業継続中。
新しくできるラーメン屋さんのシャッターにアルバイト募集の張り紙がしてある。職種や待遇は何も記入されておらず「近日オープンの為 アルバイト募集」とあり、横に携帯番号が手書きされている。


6/2 夕方、近所からオペラの声が漏れ聞こえた。こんなに上手ならプロだろう。多分、CDだけど。

6/1 昨夜、一分ほど激しく突然の雨が降った。この小さな界隈以外では誰も気が付かなかったのではないかと思わせるほど、あっさり止んで消えた。楽団が間違えた音符みたいに。

一日じっとりと重い。

Netflixでシャーロックの最後のシーズンを観た。思わせぶりな作りに少し飽きた。夜は手作りコロッケを揚げてくれると言うので夕方はうまい棒を二本だけ食べた。久し振りだったのでお代わりして結局四本になった。チーズと明太子味だった。
そんなに思い入れの無い野球エッセイを読んだ。

5/31 連絡しておいた友人が早速梅を取りに来た。帰りに梅酒の瓶と砂糖を買って帰ると言っていたが、既に八時近かった。

5/30 梅の実を貰った。友人が欲しがっていたので渡すつもりで。家へ帰ると袋が蒸れ水滴がついていた。竹のザルへ広げ机に置いた。部屋に芳香が満ちた。

夕方、閉店間際の古書店へ行った。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの本と平出隆さんのエッセイ、八十年代のswitchを買った。会計時に「これ、汚損本で中の数ページが欠落してるんだけどいる?」と言って一冊の洋書を店主が差し出してくれた。中にはバロウズの短編やドアノーの写真が載っていた。『olympia』というパリで作られた英語の雑誌で、六十年代の初号だった。
「完品だったら結構したんだけどなぁ〜、日本の古本屋でねー」と店主は笑顔を広げた。隣の八百屋さんには寄らずに帰った。

5/29 「たまにぁ、上のうち行ってこぉーやぁ、たまにぁよぉー」
とある漁村の路地で人待ちをしていると、地域独特の話し方で声をかけられた。相手は知人ではないが、ぽかんと黙り顔を向ける。
「あぁ、ちがうかぁー、間違えたー」
彼はそう言うと、はにかんだ微笑のまま車庫から屋内へと消えていった。燕以外誰もいない午前中の小路で「上のうち」を空想した。

午後、郵便局の前で用事が済むのを待っていると、ひとりの局員さんが中から現れた。彼女はスプレーで出入口にある郵便ポストを消毒してから横の扉を開錠し、中から手紙の入っている袋を二つ取り出した。かわりに新しい空の袋を設置すると旧式の鍵で扉を閉め室内へ戻っていった。郵便物の詰まった袋はくたびれた青と前日に食べ終えたオレンジの外皮色だった。

ピンクのお揃いのTシャツを着て、長い髪を後ろで一つにまとめ、同じようなジーンズ生地の短パンを履いた二人組がいた。どこか異国の言葉で話しながら歩き、一人は電話を耳に当てているようだった。背の高さも同じに見えた。
東京では編隊飛行があり、この街ではヘリコプターが旋回していた。


考えない日記:9    5/29-6/9 

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