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必死に死んでいくしかないのだ [R6.3.17]

昨日暖かくなったと思ったら今日は寒い。

気温の乱高下

思考の三丁目

言わんと分からんけ

アイ


今日はアドビのillustratorで遊んでいた。シャニマスの存在しないガシャロゴを作っては投げ作っては投げを繰り返していた。責任の発生しないデザインは本当に楽しい。

当然全体的なコンセプトを考えてある程度見やすさを調整したりボリュームを絞ったりしなければならない。それでも上の人間に没を食らったり曖昧な指示を受けたりしないので自由に作れる。他人の目が無い分クオリティが落ちる可能性があるのでそこは自分で何度も見返さなければいけない、そうすると技術の低さを突き付けられがっくりする。これを何度も繰り替えす。時々ネット検索しデザイン技術をうろうろと貪る、しかし作り方が分からずタバコを買いに外出し寄り道しつつ気を紛らわして再びパソコンの前に座るのだった。

クリエイトの苦悩を語る人は多くいるが漏れなく全員歯ぎしりしながらこの苦悩を体験していると思うとゾッとする所があるな。一部の天才を除きたい所だが天才とはこの苦悩をノンストップで駆け抜けていく人間なのだろうと思う。決してわき目も振らず、気分転換中も思考してしまう人間ではないだろうか。

自分は集中力が本当に無い。かと言って集中出来る環境を整えているかと言えば全くそうでは無くダブルモニターの内右側ことサブモニター君は常にYOUTUBEと放置しているマインクラフトを映し出している。つまりモニターを2倍にしたことで効率が0.5倍になったのだ。その理論で言えば3枚にすれば0.33倍、4枚にすれば0.25倍の効率を叩き出せる。家電量販店のテレビ販売ゾーンではゆっくり動く私が見られるだろう。

YOUTUBEでは基本音楽を流しつつ作業するんだけど最近長谷川白紙を鬼リピしている。

『口の花火』のMVでは昔を感じさせるゆるい女児好みのキャラクターが踊ったり手招いたりしている。その裏側で地獄とも天国とも解釈出来る異様なCG世界がグルグルと回っているのだ。明らかに回転や円を意識した動きをしており輪廻転生や曼荼羅を意識した作りとなっている。

恐ろしいのは過去をフラッシュバックさせるようなキャラクターと地獄世界と言う対比だ。どのキャラクターも天使や仏教の要素が含まれており嫌でも未来に位置する死の気配と自分の中の記憶が結びついてしまう、この時間感覚を無意識に意識する演出は最高最悪で本当に美しい。私は味わった事が無いが生きて見る走馬灯と言っても良いのかもしれない。そして後半になってくるとレイヤー一枚隔てていたキャラ達が最後に地獄へと登場し統合される。花火として打ちあがっているそれは人生の終わりの走馬灯を意味していると解釈したい。

自分で書いて思ったが口の花火とは口蓋垂を線香花火に例えた事なのかもしれない。線香花火は夏の終わりのメタファーであり人生の終わりに準えて表現するなんて天才に他ならない。他にも喉仏と言う仏教に関連した存在が私達の中にある、着眼点どうのこうの言いたくないが嫉妬してしまうね。

度々出てくるダンサーの方はYoon Ji氏でキャスティングの妙だなと思った。ここで美女を踊らせる事は簡単だが彼女の魅力は親しみやすい顔立ちだ。それ即ち仏と同じなのだ。古来から仏の顔は民衆に愛されようと作られていた。そんな顔がこちらを見つめながらも我関せず踊り狂っている、役割を全うみたく動き続けるので人では無い存在に思えてしまう。まるで死後私達を迎える天女のようだ。

その他ブラウン管に映し出された画質の荒い家族や火が中心の映像が映し出される。まだ語りたいけど今日はこのくらいにしとくか。

長谷川白紙は性別を公開してないので彼か彼女か分からないが本当にすごい作品を生み出している。真似しようとしても絶対に出来ない、構造が違うんだろうな。言い訳ばかりして苦しい、碌な走馬灯にならないぞ。

それでは私が今日作った作品をのせて締めとします。






苦しい。

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