桃源郷は福島にあるってみんな言ってた。
桃源郷は福島にあった。
思わずそんな言葉が頭に浮かんだ。
福島市の花見山である。
22年に転勤で東北に来るまで一度も聞いたことがなかった。写真を見たこともなかった。
この間、いつもの美容室に行ったら、担当の兄さんが「あそこ(花見山)は散歩しているだけで気持ちいいっすよ」と教えてくれた。
話を聞いた時は、地元のおっちゃんたちがランニングしているような場所かなと思った。ただ、兄さんは転勤後にできた数少ない地元の友達のような人で、色々と親切にしてもらっている。割とはっきりものを言うタイプで、「喜多方ラーメンってそんなうめぇんすかね?」と本気で言ってたりするところが好き。そんな兄さんが言うので心を動かされた。
ふらっと寄るつもりで車で行ったら、マイカー侵入禁止の看板。あっさり警備員に追い返された。
少し離れた臨時駐車場には、朝9時にも関わらずすでに100台近い車が停まっていた。「めちゃくちゃ人気じゃん、兄さん」。疑って申し訳ないと心の中で謝罪した。
駐車場からは代行バスが送迎するという。運賃は500円。環境保全代と書いてあった。
バスに揺られておよそ10分。花見山公園の駐車場についたが、そこから公園まではまた15分ほど歩いた。
すでに辺り一帯はピンクや黄色などの花々で埋め尽くされていた。点在する民家の屋根もカラフルで、花景色に一役買っている。
桃源郷ってここにあるんじゃん。
みんなに教えたろ。
帰りのバスでそんなことを思いながら花見山について調べていたら、すでにホームページに書いてあった。残念。
桜が綺麗だけでは終われない
念願だった富岡・夜の森地区の桜並木も、今年は見ることができた。東北にいる間に一度は行っておきたかった。
何もない街に、いっとき見せる幻のような世界。夢見心地とはこのことかと思わせるほど、立派に咲き乱れている。
ひとたび周囲を見渡せば、何年も人が住んでいない朽ち果てた建物が点在している。もしくは、すでに取り壊されてまっさらになった平坦な土地。
このやるせなさが、満開の桜と対照的だ。花見にきた隣町の高齢夫婦は、「夜の森の桜は、どこか淋しさがあるよね」と僕に言った。
花見客はたくさんいるのに、生活感は失われている。かつて人が住んでいたのだと、桜だけが教えてくれている。みんな、どこへ行ったのだろう。人気がない場所で気を抜いていると、ふと世界に取り残されたような感覚に陥る。
12年も住むことが許されず、ようやく立ち入りが許された場所。東北に来るまで、そんな土地があると知らなかった。情報としては目にしたことがあるはずなのに、別世界の出来事になっていた。今のウクライナのように。
福島の被災地に足を運べば現在進行形で理解できるけど、離れれば記憶も薄まってしまう。現場を見ている今だからこそ覚えておきたい。
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