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:0117 #凪組アンソロジー を20名ずつすべて読む ②妻咲邦香 さん 〜 オリエンタル納言 さん 編

本気で100名の詩を読みます
「うたもも」として活動して2年ほどになります。そんな私からすると新鮮でない詩のほうが珍しいわけです。まだまだ詩世界を色鮮やかに捉えられる新人として、100名のすべての詩から楽しむ・学ぶことにしました。

読む計画

100名はこのように分割して紹介いたします。知識がないゆえに、ゲストとして寄稿してくださった渡辺めぐみさんと和田まさ子を除いて、どなたがどなたより詩人としての暦が長いなんて事情は詳細には把握しておりません。すべての方が人生の大先輩方(大雑把)です。失礼な表現がありましたら、申し訳ございません。

①渡辺めぐみ さん 〜 高平九 さん 編 (前回)

②妻咲邦香 さん 〜 オリエンタル納言 さん 編 (今回)

21.妻咲邦香 22.裏路地ドクソ 23.弓 リツ 24.沖田めぐみ 25.田中淳一 26.木葉 揺 27.放出 杉山 28.エキノコックス 29.永沢俳里 30.小林りおか 31.児島 成 32.でおひでお 33.神野美紀 34.日々野いずる 35.川咲道穂 36.よしおかさくら 37.光彦 38.川嶋ゆーじ 39.西川真周 40.オリエンタル納言

③池田竜男 さん 〜 瑠璃 さん 編

④ yellow さん 〜 リウノタマシイ さん 編

⑤うたもも 〜 石川敬大さん 編



※プロフィールは常体にし、各名称の書き方を他の方と統一するために変更している箇所があります。


21.妻咲邦香 『君が好き』『村人』 

『君が好き』
君との将来の展望が明確でも、「君が僕を好きかどうかがわからない」。適切な距離感ではないから、呆気なく断られそうだ。断られても「僕を好きかどうか、自分でもわからないだろ?」を繰り返してくるのではないか。「お洒落な宗教」という言葉選びが好きだ。最高品質のものに囲われて丁寧な暮らしを維持することとわたしは解釈した。SNSに映えるものを投稿しようと決めたら、ずっと塵一つない潔白の生活を一部でも維持しなければならない。そういえば、君が「お洒落な宗教」の信者になりたいいかどうかも聞けていないじゃないか。

『村人』 
蛙の鳴き声が「カラオケマイク」など激しい場面転換があってもずっとベース音で流れている。「げこげこしゅわしゅわ音がして」「げこげこしゅわしゅわ意地悪な」は正反対の状況だろうか。「両手に余るはサバンナ」「いつも両手に余るオアシス」で、それぞれ 刺激的な要望に添えない・安心はできない と言葉を揃えて婉曲的にしている。「健康第一〜増える」あたりは家庭での幸せな思い出やトラブルを防ぐためにやっちゃいけないことも増えることをリズミカルに表現している。

妻咲邦香 さんのプロフィール
1966年生まれ。信州安雲野『手作り菓子工房小さな気持ち』の店主。「第十七回文芸思潮現代詩賞優秀賞」を受賞。「第十八回」では佳作。日本現代詩人会投稿欄第二十六期と二十九期で入選。このアンソロジーの発行人でもある石川敬大さん主宰の「凪」に参加し、「Recipe」に参加。「ココア共和国」「琉球詩壇」掲載。


22.裏路地ドクソ 『I LOVE YOU』

『I LOVE YOU』
当たり前に使われる「♡」への疑問をそのまま受け入れてみると、長い時間をかけて馴染んでいく。LOVEだけでなく、言葉の由来はよく分からないまま伝播するおもしろさもある。言語学としても好き。繰り返し出てくる「手紙」「花火」「かき氷」「鼓動」「ショートケーキ」などの単語が文脈によって全く違う景色になる。「♡」の意味は揺らがないが、それ以外はすべて揺らいでいる。脚本としてとても計画的で驚いた。「嘘が独り立ちした夜」は、嘘=温かい手=子どもと繋がっており、クロスワードゲームのようだ。

裏路地ドクソ さんのプロフィール
2021年7月より「ココア共和国」へと投稿を開始し、傑作・佳作。詩誌とTwitterへの投稿詩をまとめた私家版の詩集を4冊刊行。

23.弓 リツ 『花瓶』『Belief』

『花瓶』
青い花が中心かと思いきや、花瓶の話だった。図にして整理する。冒頭では、花瓶→水→花→僕とまっすぐ片思いが成立している。後半では、花→水→花瓶←僕になっている。花瓶は何も求めなくなっている。花と水と花瓶と流れが反対になる。僕は片想いされていた花ではなく、花瓶を求めるようになった。確かに不思議だ。
転職活動をしていると思う。前職の良かったところを転職先にも同じように求めていたが、そんな職場はなくて。スキルは前職で十分上がったから「この職場で働いてみませんか」と提案はされる。でも、「これはわたしの求めていた職場か」と足を止めてしまうような違和感はずっとある。

『Belief』
わたしが寄稿した詩とは対極の詩だ。正義や向上心なんて大したことないとできる範囲で生きるだけ。この社会の、できるビジネスマンほど語らされる理想の社会構造論。そんな設計図は、身近な人の死去・経済の動向・災害などのアクシデントで変化する。できるビジネスマンも、事業の終了や企業の倒産を何度も繰り返していればこの詩のように「花に習ったあの真実だけ 心に留めてここにいるだけ」に帰ってくるのではないか。できる限りアクシデントをぼかした表現だからこうしてそれぞれ当てはめて考えやすい。

弓 リツ さんのプロフィール
2022年より詩作活動を開始。このアンソロジーの発行人でもある石川敬大さん主宰の「凪」に参加。「詩と思想」入選・佳作。「ココア共和国」傑作・佳作。好きな詩人は宮沢賢治・谷川俊太郎。

24.沖田めぐみ 『羊』

『羊』
冒頭の母と幼子の詩はあるあるになっていて、少しでも自己表現をしたことがあるひとなら分かる入り口になっている。「ついには小指の先ほどになってしまった」あたりから意表を突く展開になっている。『書くのがしんどい』に書かれていたが、ビジネス本の読者は 共感8割 発見2割 で面白いと感じるという。詩は発見10割でも成立するが、この詩のように 共感のための詩 が一部にでもあると広く読まれやすくなるのではないか。
「丘で見た羊は 私の冬のセーターとなり 私のからだとなった」が示唆的。母を通じて見た羊。母の意思を引き継ぐ私。

沖田めぐみ さんのプロフィール
1992年生まれ。宮崎県在住。『あり川めぐ美』として、「ユリイカ」入選。宮崎発の文芸誌「文学と汗」に寄稿。「Wonder」に参加。

25.田中淳一 『老いた父』『穴を掘る』

『老いた父』
老いて嫌々と生きる描写が続く。「喜々とデイサービスに出かけても 家で死にたいとのたまう」のように歳をとると情緒不安定になってしまうことが多くなる。服用している薬のせいで異常に精神が昂って太ももの骨を折っているはずなのに立ちあがろうとしたり。わたしの祖母も「死にたい」と会うたびに呟きながら「生をまっとうしようとしている」ひとだった。父とセミだけでなく、どんな生命も簡単に捨てるのは惜しい。みっともなくても生きる。

『穴を掘る』
知覧=鹿児島県薩摩半島の南部中央に存在した町で、現在は知覧特攻平和会館がある。「父のために穴を掘る」「駄々をこねるようなら 代わりに僕が入ってやる」と墓穴のようなものを掘っている。父は長く生き抜いてきた。必ず生きなければならないと戦争から学んだから「駄々をこねるようなら」という発想が僕にはあったのだと思う。最後まで詩を読んだときに、僕が、戦争以外のなんらかの理由で死ぬ可能性を考えていたのかもしれない。身代わりとして、まだ父ほどは 必ず生きなければならない とは思っていない僕が穴に入ってしまおうと。

田中淳一 さんのプロフィール
「火片」に参加。詩集『ぼくは健常者』『生と死のあわいに迷子』。


26.木葉 揺 『お行儀の悪いやつ』

『お行儀の悪いやつ』
白身は黄身と比べると生き物っぽくない。白身には失礼だが確かにそうだ。メレンゲは美味しいが、サクサクしすぎているし。黄身に「お行儀の悪いやつーーー!」と追いかけられる私。ぐでたまの声で再生される判決。ゴミ箱に捨てるな、下水に流すな、食べるしかないところまで追い詰められる。生命力の強すぎる黄身に問われる哲学。
こんなことをされたらもう生きていられないだろうと、アリの巣に水を注いだことがある。あれも「お行儀の悪いやつーーー!」なのだ。

木葉 揺 さんのプロフィール
「季刊びーぐる 詩の海へ」で第十二回びーぐる新人に入選。日本現代詩人会会員。「カフェオレ広場」主宰。「repure」「現代詩神戸」に参加。


27.放出 杉山 『尺と婚外』

『尺と婚外』
「夥しい新円が キッチンの玉簾を構成している」と、吊るされているおたまや計量スプーンか。「逆・円錐」とはどういった意味で逆なのだろう。尖った頂点が下になっているのか、円錐の形状が空間に 盛り上がっているのか・窪んでいるのかとも考える。「死んだ母親」とあるから時間が逆行しているから「逆・円錐」ではないかと。『尺と婚外』の「婚外」は「となりで 女は」の女だろう。「それは喩えば〜楡の紅葉」でわかる檻のような並木道。並木道を窮屈だと感じるのか。これは尺だ。かなりの自由人の詩だ。

放出 杉山 さんのプロフィール
X(旧 Twitter)では『Hanaten.Sugiyama』として活動。34歳、男性。賞や詩誌には応募しない。ただ、詩という文化を広めたい。


28.エキノコックス 『超個体』『アキラ』 

『超個体』
子を産むまでの隠喩。産むとは生まれることでもあると、様々な社会的な立場を経験してから亡くなる。そして夏。前半は童話のようで、後半を現実的にしている。DNAはまず赤ちゃんという形になるだけで、お爺さんお婆さんになるときも来る。「あなた」は女性で、労働者やら母やらどっちを選ぶか両立するかなんて考えることもあるだろう。男性も 労働者 兼 父 になることもある。労働の兼業もあり得る。「毎日、あなたとして生まれ」るのなら。「努力してても、なにもしてなくても」で「溜め息」。この人は少し怠そう。

『アキラ』 
先ほどの『超個体』と同じように多面的なアキラの詩。アキラはただの男の子だけれど、その意味は広がっていく。鈴木道雄さんが創業したSUZUKIや、鈴木一郎のSUZUKIが世界に広がったりするのと似ている。「アキラは絶対にそんな安っぽいやつじゃないんだけど」とあるように期待されることで意味が広がっていく。
例えば、ヤバイ も期待されてさまざまな意味を持つようになった。でも意味はその場によってなんとなく分かる。アキラに掛けられた3つの言葉はそのまま「友達」という意味になっていく。

エキノコックス さんのプロフィール
2021年の夏に詩作開始。「ココア共和国」傑作。第二回丸山薫「帆・ランプ・鷗」賞 佳作。天ぷらにはやっぱり藻塩。



29.永沢俳里 『アオにもぐる』 

『アオにもぐる』 
さすが、魔女。「臆病なアオ」で無知な少女。「横暴なアオ」で二面性のある街が見える。「艶かしいアオ」は裸で。「凜としたアオ」は恥ずかしがらずに覚悟を決めたアオ。「陰鬱なアオ」はおくすりでダウナーな気分か。「嘘で錆びれた衣装」も残像で青く見える。
今わたしは『課長島耕作』を最初から読んでいるが、そこに出てくる女性たちを思い出す。アブノーマルな女性とも逢瀬を重ねては、弱みを握られて引き下がることもできない島耕作。島耕作と関係した女性たちはみんなアオにもぐっている。

永沢俳里 さんのプロフィール
群馬の片隅で魔女をやっている。詩を書いたりエッセイ書いたり絵を描いたり。花火を見ずに夏が過ぎた。


30.小林りおか 『水紋』

『水紋』
わたしも記号を使った詩には挑戦したことはあるが、使いすぎてしまってどこに焦点がある詩かわからなくなってしまったことがある。「(」だけを使って表現する水紋。必要なところにだけ使われている。「やさしく正しいひとびと」はこの社会で言えば、投げ銭配信の視聴者ではないか。以前発言した通りにしよう。〇〇なときは楽しく振る舞えなければ一貫性がないと叩かれるとか、恐れて演じて重くなっていく。過去の「あの子」がどこにも行かせないように今の「あの子」を底へと沈める。石はデジタルタトゥーか。

小林りおか さんのプロフィール
1979年生まれ。新潟市在住。「やぎの会」所属。にいがた市民文学奨励賞、見附市文芸祭賞を受賞。「ココア共和国」傑作・佳作。



31.児島 成 『孔雀フロート』

『孔雀フロート』
孔雀のいかだ。「選ばれなかった孔雀を燃やし 自らの肉身も燃やし」とあるから、現代の競争社会でくたびれてしまった自らを、昔の中国のようなところと重ねて見ている。わたしは中国の文化には詳しくない。ただ、午睡先生さんの『推し漢詩』で平仄(ひょうそく)という概念は理解していた。イスラム・ヒンドゥー圏の国のヲタクは、ただただ「血」の鮮やかさが好きだ。「見る見るうちに小さくなっていった」で文字サイズまで小さくする指定までしてある。そうかこの手があったか。

児島 成 さんのプロフィール
「華焔」「蝉文学」主宰。「富士見坂から」「汽水域」に参加。


32.でおひでお 『海辺の町のキリスト』

『海辺の町のキリスト』
わたしにとって『マグダラのマリア』は好きな作品だ。キリストは元々娼婦だったマグダラのマリアを従わせたエピソードがある。性に興味のあるひとたちが集う「趣味の映像作品の店」にキリストがいれば、成人向け動画より主へ帰依してしまう。*で囲われた2行ごとのリズム。キリストの言動を絶え間なく観察し、警戒し、質問しあっている。2行ごとにある新しい発見。「私が三十代と知ると少しがっかりしたようだった。」というところは俗世間的で全くキリスト的ではないが、最後までキリストだと認知している面白さ。

でおひでお さんのプロフィール
1969年生まれ。「ココア共和国」傑作・佳作。「カフェオレ広場」参加。小松正二郎詩集『聲』装画担当。「第三回青木繁記念大賞西日本美術展優秀賞」を受賞。


33.神野美紀 『波打つ月の晩』『ゲシュタルトの行方』『影の心得』

『波打つ月の晩』
目の前にあるすべてに集中するが、そのすべてを観察していた自分の眼玉も風景として見えてくる。「私の眼玉も硝子の中で実態がない。人の心も魂すらも実態などない。」がすべてである。仏教の無我や瞑想のようだ。瞑想は通常目を閉じて 今ここに在ること だけに集中する。この詩では、目を開けながら瞑想している。自分の目を自分の目ではないと感じる無我。「死に往く人を看取りに向かっている」とあるように、うっすら家系の源流に流れている仏教を感じているのではないか。

『ゲシュタルトの行方』
似ている文字ばかり見ていると起こるゲシュタルト崩壊。ただ崩れるのではなく、大→中→小と分解して紙魚→砂塵になる。なんでこんな文字なんだろうと疑い尽くして納得して。紙の魚になって泳いで逃げていく流れも見える。その魚も死んで粉々になる。
わたしもなぜをずっと追求するほうで、そこまで調べなくていいと言われる。だから言葉の持つ意味を中途半端に捉えて、トラブルを繰り返す。学ぶ気や反省する気があるのなら、今『ゲシュタルトの行方』を『素粒子』まで徹底的に追えばいいと思う。

『影の心得』
ピシッと揃えられた文字数。常に飛び出ようとしない影のよう。二次元を三次元のわたしが操るように、三次元のわたしを四次元のわたしが操っている。Mr.都市伝説 関暁夫が好きなひとならみんな好きだと思う。地底人や宇宙人やフリーメイソンやイルミナティが好きなら読んでおいたほうがいい。「たった〜振舞う」では公園のグローブジャングルのように三次元らしい立体(幻燈)が現れる。これを四次元はどう超えているのだろうか。わからないからわたしたちは四次元に引きずられていく。

神野美紀 さんのプロフィール
文章を使ったビジュアル作品を制作し、主に大阪のギャラリーにて展示活動。2023年10月に大阪で個展を開催。その他グループ展に多数出展。2020年より日本野鳥の会滋賀支部会報誌「におのうみ」にエッセイ掲載。


34.日々野いずる 『雷鳴』『御蓮の国』

『雷鳴』
ほぼほぼ単語ごとの改行が雷鳴の街を連写するように並ぶ。広角の「街に 照らされている」から近接の「木の葉〜手ざわりよし」、そして「響き」がある。この「響き」だけで雷鳴を感じる。二段目に「手ざわりよし 響き」とキリが悪い置かれ方をしているから突然な印象が強くなる。雷鳴で何もかも静止する。ここまで来て、まだ雨が降っていなかったのかと驚いた。そういえば、水たまりはあったが、今降っているわけではない。雨が降っていないから、雷鳴に集中できる。「囁きの合間」にこんなに描写が書けるなんて。

『御蓮の国』
御蓮=お連れということで、この詩では子どものお連れの親の視点だろうか。「足から生えているキノコが 歩いて離れていきそうなので」しいたけのような髪型の子どもが何かに気を取られてモゾモゾしているのか。「あそべ」は『千と千尋の神隠し』の坊を思い出してしまった。あれも「脅迫」だった。「身に肉が詰まって重くて」とあるが、わたしは疲れていると身体中が膨張して部位と部位が圧迫し合う感覚がある。どう言葉にしていいか分からなかった感覚だが、この詩で見つけることができた。

日々野いずる さんのプロフィール
「現代詩手帖新人作品」入選。「文芸思潮現代詩賞」佳作・入選。私家版詩集を5冊刊行。



35.川咲道穂 『駆る月と口笛』『さかなのし』

『駆る月と口笛』
「太陽」↔️「夜」・「浅き」↔️「千尋」・「横穴」↔️「縦穴」と対にすることでグイッと世をこじ開ける。その先にある浜辺と海原。「童」と「私」が出逢う。容色を王楼朱閣で例えたことで、威厳があり仰ぎたくなる存在とわかる。「私」にはとんでもない才覚がありそうだが、「眼球は妬みと憎しみに取り替えて 彼らの災難は安らぎに映し替えた」と幸運の再分配をしている。「童」は恵まれていない方だろうが、「私」の「澄んだ歌声」が受け継がれたのか「童は口笛を奏でていた」は安らかだった。幻想的で圧倒される詩。

『さかなのし』
「さかな」が「ゆ」「や」「め」「る」で動く様が表現されている。列を成す「ゆ」。船を避ける「や」。わっと広がって泳ぐ「め」。混乱の「る」。なぜ、この ひらがな なのか考えるのが楽しい。SNS疲れが酷いときはこの詩を眺めると脳に良い。詩が簡易持ち運び式水あそびスポット。「爆弾」は不法投棄物かもしれないし文字通り兵器かもしれない。どちらにしても「さかな」は「るる る るる」と混乱する。「さかな」たちにどんな事情があろうと迷惑をかけたくないと思う。

川咲道穂 さんのプロフィール
1997年生まれ。小説・詩・絵画を楽しむ。著書に『オリフィスの虜因』『Human Lights』。企画・編集に『伍糸布集』『伍糸布集軽舟過ぐ』。


36.よしおかさくら 『夕間暮れ』『手帳』『ランナー』

『夕間暮れ』
「波紋の帰宅は一時間余計に掛かるという」の表現が好き。光速が、音速が帰ってくるまで待っているのか。この間が夕間暮れ。「今日も何処かの井戸で釣瓶が奪われた」で、夕方の日差しになると一時的に釣瓶が見えなくなったのかと考えた。井戸には暗い時間帯には立ち寄らないだろうから視界から外れて見えなくなる。「私はピアノが上手なはずなんです 頭の中にずっと雨垂れがある」で黒鍵や白鍵、音の高低、生き生きとしたリズムを弾きたい願いがある。「努力した人の記録を聴きます」は、音楽だろうか。当たり前だが、音楽家は努力した人だ。

『手帳』
「秋の 二で割り切れぬ数字が 二つあるものだからうっかり混同する」でどの月だろうと考える。九月と十一月かと考えたが、九月はもはや夏であり秋とは言い難い現状。「十一月」は後に明言されているので「十一月」は秋と確定している。しかし、「十一月」でも「夏に追いかけられて 逃げきれないままだ」とあり、読者と同じように戸惑っていたようだ。最初にぼかしていたから後半はやはりそうかと答え合わせできる。「三月」と「五月」は混同しないようだ。「三月」は卒業などはっきりとした区切りがあるからだろうか。

『ランナー』
ランニングをすると脳内麻薬が分泌されると言われているので「目を異様に光らせたまま笑っている」で笑ってしまった。やりすぎると怖いのもわかる。「あなたの安寧を願えば 空の色は宇宙を薄めたわけじゃないと 打ち明けられる」と「あなた」がランニングする道の青空も想像する。空の色は、宇宙の色が薄くなった色と考えると不安になる。そうではないと信じることで「あなた」も大丈夫だと信じる。

よしおかさくら さんのプロフィール
「Recipe」「カフェオレ広場」に参加。2023年8月に『プチフール一丁目に住みたい』を刊行。



37.光彦 『たったひとりの詩人のために』『君が僕を我慢する時まで』『滅亡園』

『たったひとりの詩人のために』
わたしに向けて書かれましたか。冒頭の「たった〜だろう。」は実際に凪組Anthology2024の感想を書いていると起こった現象だ。この詩では、詩の世界が広がることを望んでいる。「僕」の書いた詩を読んでもらうだけでなく、「あなた」の書いた詩も読みたいと望む。何万人にも読まれていい詩を書くが、そんなに読まれないこともわかっている。読まれない前提の詩が「たった一人」に読まれるだけで「報われる」。有名にならなければならないなんてマイルールもない。謙虚で素直に詩を愛している。

『君が僕を我慢する時まで』
「君」は「僕」がいなくても淋しくはないから、こんな願いが生まれる。「君」は仕事が「僕」より充実している。悪く言えば残業時間が長い。恋愛は、過酷な労働環境に置かれているとどうでも良くなりやすい。実際の居住地はそんなに離れていないはずなのに会えない。これはこれで遠距離恋愛だ。「淋しい」と思うタイミングがズレていると補完しあえずに一方だけより淋しくなる。「君」はいつも待ち合わせで待つ側になったことがないのだろう。軽く「ごめんね ♪」で済ませていそうだ。

『滅亡園』
「屋根の上に鳥のかたまり降ってくる」とある。鳥は死んだのだろうか。タイトルに『滅亡園』とあるから、不吉な大災害の予兆の詩かと思った。「空をうず巻くことにはならん」とあるから、屋根の上だけでない事態になっているのか。ドラえもん映画だったら、ドラえもんが なになに エェェェーー! たいへんだ! のび太くん! と驚いている。人為的ならダンスかもしれないが、人為的でない天災が起ころうとしている。呑気に「牡蠣」「ホタテ」のせいかと考えているところが、序章として完成度が高い。

光彦 さんのプロフィール
15歳より詩作活動を開始。20年以上詩を書いている。2008年にインターネットのmixiで詩を公開し始める。ここ3年ほどでX(旧Twitter)でも詩を書き始める。普段はブログサイト『ポエムと瞬きの日々』で記事を書いている。


38.川嶋ゆーじ 『レオとヴァルゴ(夏恋組詩起句)』『今宵、あの丘にのぼりて(夏恋組詩承句)』『G線上のふたり(夏恋組詩転句)』『永遠を感じる朝に(夏恋組詩結句)』

『レオとヴァルゴ(夏恋組詩起句)』
『今宵、あの丘にのぼりて(夏恋組詩承句)』
『G線上のふたり(夏恋組詩転句)』
『永遠を感じる朝に(夏恋組詩結句)』
起承転結でまとまっているようなので、一緒にした。起句では助詞のフル活用でお互い手を伸ばし尽くしている。起句での「ほうき星」が承句では「彗星の尾」。起句では「月」で承句では「ムーン」。同じものでも表現が変わっているのでパラレルワールドにも見える。起句では「恋人たちを見守るかのように」星座になった。承句では「ムーンが綺麗ですね」と告白。転句では「そして私たちも抱き合っていた」と進展。結句では「そんな永遠を感じられる時」と安定している。そして「死んでもいいとさえ思った」は起句の「レオとヴァルゴは粉々になり」にもまた繋がる。幸福の絶頂まで行くといつ死んでもいいと話すひとがいる。また淋しくなろうとしているのか。登場人物はみんな主語が違う群像劇だが、ロマンチックなひとつの物語にもなっている。

川嶋ゆーじ さんのプロフィール
1967年生まれ。和歌山県在住。田辺随筆クラブ会員。「ココア共和国」傑作・佳作。随筆集「土」に掲載。映画・NHK朝ドラなどにエキストラとしても活動。

39.西川真周 『灰皿とサボテン』『はっきりと語られた ぼんやりとしかわからない物語』

『灰皿とサボテン』
荒廃的なイメージがある『灰皿とサボテン』。そして荒廃的で艶かしくはない女の子。「絶対に終電を逃さない女」はかなり利便性の高い街に住んでいるのだろう。「終電を逃した男」は郊外に住んでいるから終電を逃すのだろうか。ならばいくらでも「終電を逃した男」を招き入れられる。「何かの工場の灯り」ということは工業地帯からも近いのだろう。なんでもある街に住んでいることをベランダで実感する。来るものを拒まない自分からは追わない刺激的な生活。

『はっきりと語られたぼんやりとしかわからない物語』
奇妙だ。「折り畳まれた紙を取り出す」細工も何のためにしているのかわからない。「古いラブホテル」は彼女に理解があって毎回同じ茶番に付き合ってくれているのかもしれない。これもプレイの一種なのか。彼氏の頭をぼんやりさせる。瞑想(?)のゾーンに連れていく。うまく理解できない彼女の物語に何度も付き合っているということは、この行為がセックスと同じくらいセラピーになっているのではないか。個人的にこういうラブホテルの使い方いいですね。正に別世界。

西川真周 さんのプロフィール
1993年生まれ。ホテルマン・金型の営業マンを経て現在は古書店員。詩人・小説家・架空昭和史作家・世界人面ダム研究家など多方面で活躍中。「ココア共和国」に掲載。妻は随筆家のオリエンタル納言。


40.オリエンタル納言 『園庭にユメをはせながら』『丸めたティッシュみたいに捨ててあげる』

『園庭にユメをはせながら』
元保育士だからこそ書ける詩。母としての詩なら庭や公園になるところで、限られた人間しか立ち入れない園庭での思い出。「一年経ったら」「君たち」はすごい成長をする。園庭を縦横無尽に活用する「君たち」の声と、「換気扇の音〜」の対比。より賑やかだった園庭に戻りたくなる。
わたしは単発の派遣で川崎の工業地帯に訪れたことがある。単発だからそれっきりだ。工場地帯のやけに真っ赤な染色をまた見てみたいとは思うが、観光地帯ではないし面白がっていけるところでもない。仕事場はそういうところだ。仕事でも娯楽性を少しでも感じてしまうと、「ユメ」になってしまう。

『丸めたティッシュみたいに捨ててあげる』
「あなた」に捨てられた「ワタシ」がティッシュに「あなた」や「涙」や「うずくまるワタシ」を投影して捨ててあげる。丸めたティッシュは「ワタシ」を受け止めたベッドにも見える。「どんどん前に進むあなた」で、敵視しているわけでない成長のための恋愛になる希望が見えた。「お前は一人で生きていけるんだ」は「ワタシ」が傷つかないように、「あなた」も傷つかない言葉だ。一般的な もう会えない ではなく「もう触れない」なのは、ティッシュに「うずくまるワタシ」も投影しているからだと思う。

オリエンタル納言 さんのプロフィール
1994年生まれの悲劇の物書き。元保育士が文章で世の中の不条理を訴えていく。いじめ・差別・LGBTQ+に悩み続けてきたからこそ、ワタシなりの表現を貫いて。「第十回いじめ・自殺防止作文コンクール優秀賞」を受賞。「働くってなんだろうエッセイ2023」佳作。

次回

先週末は祖母の四十九日がありました。今週末には家族旅行があります。当初は週1更新を予定していましたが、半月に1回ぐらいになりそうです。


お知らせ

わたしは個人で文学フリマ東京38に『この紫陽花が、うまい!』という出店名で参加させていただきます。この凪組Anthology2024に参加した詩人のどなたかにはお会いしたいです。それまではどなたの詩も拝読しておりますので何かしらお話はできると思います。

新刊 『詩集 作品は生命より重い! 美高美大の異常に平常な日常』の表紙です。
詩集の内容はこのようなイメージです。


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