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#3『アーモンド』感想

今回ご紹介するのは、ソン・ウォンピョン(そん・うぉんぴょん)先生の『アーモンド』という作品です。

*以下ネタバレを含みますのでご注意ください*----------------------

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○あらすじ

扁桃体(アーモンド)が人より小さく、怒りや恐怖を"感じる"ことができない十六歳の高校生、ユンジェ。彼の母は、感情がわからない息子に「喜」「怒」「哀」「楽」「愛」「悪」「欲」などの感情を丸暗記させることで、なんとか"普通の子"に見えるように訓練してきた。
そんなある日、ユンジェはある事件で母を失い、遂にひとりぼっちになってしまう。
そこにもう一人の"怪物"が現れ、その少年との出会いは、ユンジェの人生を大きく変えていく。

○装丁について

実はこの作品、珍しく私がジャケ買いしたものではありません。最近読書にはまっていることを話したら、後輩がお薦めしてくれて貸してくれました。

でもこの装丁、インパクトありますよね。

本作で装丁を担当されたのは田中久子さん。他にも数々の装丁を担当し、担当した装丁には芸術的で美しいものが多いことで有名です。

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↑田中久子さんが装丁した作品の例

あれ、ここまで読むと、「アーモンドは芸術的というより、シンプルじゃない?」と思った方も多いでしょう。

そうなんです。プロなら当たり前なのかもしれませんが、こんな芸術的な装丁を作ることができる方が、本作にはあえてシンプルな装丁を選んでいるのです。

確かに、"感情が無い"ことがテーマの本作にはシンプルなこれが洗練されていて最適だと思います。

流石プロ。


○感想

アーモンドは、一言でいえば、

主人公であるユンジェの人生と成長を描いた物語

だと思います。


物語前半では、まず"感情が無い"という状態に対しての自分の認識不足に驚きました。

作中では、ユンジェが子どもの頃に道路を横切って車に轢かれそうになったことがあると書かれています。

人は普通、"危ない"と思うので道路を横切ってはいけないと感じます。しかし、その"危ない"がわからないユンジェは、車が猛スピードで走っていようが、道路を横切ろうとしてしまうわけです。

私は、読みはじめた頃、感情がないことは"喜怒哀楽"が無いから、他者とのコミュニケーションが難しい くらいだと思っていました。しかし、実際にはこういった危険察知能力も感情に支配されているものなので、感情が無いということで命の危険に晒されるわけです。

自分の認識が未熟だったことを痛感しました。


物語が進むと、読者はユンジェの成長を追っていきます。

特にゴニが現れてからは、ユンジェの世界が大きく変わっていきます。

感じることは無くても、親から愛情を受けて育ったユンジェと、愛情を受けずに育った不良少年のゴニ。

対称的な2人ですが、ユンジェは幸か不幸か、周囲が持っているようなゴニに対しての偏見が無いので、ゴニに嫌なことをされてもゴニという人間を簡単に否定したりはしません。ゴニはゴニで初めは奇妙に見えるユンジェを揶揄っていましたが、それはユンジェを試していたのでしょうか?

ゴニは誰かに愛されることが少なく、親しくなって理解してくれる人も周りにいないわけですから、もしかしたら自分に対して他とは違う見方をするユンジェに近づきたかったのかもしれません。

ユンジェにとっても人生で会ったことのない、自分に興味を持っている不良少年。

ゴニにとっても自分に偏見を持たず、正面から向かい合おうとしてくる不思議な少年。

互いの人生に無かったピースが埋められた

そんな感覚でした。


ユンジェはゴニと時間を共にするようになり、物語が良い方向に進んできた というところで最後のシーンに向かいます。

まさかあんなことになるとは…。

最後はめちゃめちゃ泣きました。

やはりゴニという自分以外の"怪物"に出会って、ユンジェの中で大きな変化があったんですね。


○共感とは

作中でこのような記述があります。

遠ければ遠いでできることはないと言って背を向け、近ければ近いで恐怖と不安があまりにも大きいと言って誰も立ち上がらなかった。ほとんどの人が、感じても行動せず、共感すると言いながら簡単に忘れた

胸が締め付けられるような思いでした。

本当にその通りだと思います。自分含めて、ほとんどの人がそうではないでしょうか。

"感じることができる"我々は、「共感した」「可哀想だと思った」「何かしたいと思う」と言いながらもそれを行動に移すことは多くありません。

それは本当に"共感した"と言えるのでしょうか。

"感じることの出来ない"ユンジェの方が、我々よりも共感の本質を知っているのかもしれません。

感情を持つ者とそうでない者、どちらが勝ちというわけではありませんが、私はこれを読んだときに、

我々は感情を持たないユンジェよりも乏しい感情しか持ち合わせていない

そう感じました。


○最後に

混沌極める社会に溢れた情報に踊らされ、自分で見聞きしてもいない他者の偏見によって更なる愚行を重ねる。そんなリテラシーの無いフィルターがかった眼で何が見えるでしょうか。

私自身偏見を持っているものはあると思いますし、それは皆さん同じだと思います。しかしその偏見を自認したときこそ、あなたの世界を変えるチャンスなのだと思います。

その機会で、あなたは行動出来るでしょうか。



Twitterに本のリンクもあるので是非見てみてくださいね。

○著者について

・ソン・ウォンピョン(ソン・ウォンピョン)

1979年、ソウル生まれ。大学校で社会学と哲学を学び、韓国映画アカデミー映画科で映画演出を専攻。2001年、第6回『シネ21』映画評論賞を受賞し、2006年、「瞬間を信じます」で第3回科学技術創作文芸のシナリオシノプシス部門を受賞。「人間的に情の通じない人間」、「あなたの意味」など多数の短編映画の脚本、演出を手掛ける。2016年、初の長編小説『アーモンド』で第10回チャンビ青少年文学賞を受賞。2017年、長編小説『三十の反撃』で第5回済州4・3平和文学賞を受賞した。現在、映画監督、シナリオ作家、小説家として、幅広く活躍している。


・矢島暁子(ヤジマ アキコ)
翻訳者。学習院大学文学部卒。高麗大学校大学院国語国文学科修士課程で国語学を専攻。訳書に『世界の中のハングル』(洪宗善ほか著)、『目の眩んだ者たちの国家』(キム・エランほか著)、『韓国人のこころとくらし――「チンダルレの花」と「アリラン」』(イ・ギュテ著)がある。

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