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喜怒哀楽は使うべし

 私、いい大人になるまで、喜怒哀楽の中で「怒」をあまり使わなかったなと思ってます。
「怒」ってよっぽどなことじゃないかぎり、まいっか、大丈夫だよ、って自分で自分に納得させたりすることもできるし、ことなかれ主義で流すほうが楽だし。
そもそも怒の感情が薄いというか、気づかないというかそういうタイプだったから、若い頃の私の知り合いの方なんかは、私って全然怒らないいい人ってイメージがあると思います。

結婚して、子供ができて、この「怒」の感情が少し出てくるようになりました。子供って、本能に訴えかけてくる不思議な生き物。私の本能的な感情を揺り動かすすごい存在。
なぜ通じないんだろうとか、どうしてこうなんだろうとか、想いが通じないことが本当に多くて、伝えたくて、「怒」が出てきたんだと思う。

子育てして、この「怒」の感情がはっきりわかるようになって、私なんだか自分のことを、「あぁ、人間になったなぁ」、なんて思いました。(実は私って人間じゃなかったのかな?笑)。そして子供たちに感謝です。

感情って相手に伝える為にあるんだってこと。喜怒哀楽全てが同等に必要で、伝えるべき感情なんだと思う。そこに善悪とかない。使うためのものなんだって。

まっいっか、大丈夫~って、自分の本当の心に向きあってなかったんだなと思う。本当はこんな風に言わないで欲しいし、自分が傷ついたことを分かって欲しいはずなのに、ごまかしてたんだって。

だから、私はそういうのをやめたんです。
今は、会社の上司にだって怒ります。もちろん、切れるって感じじゃなくて、「そんな風に思われるのは心外です」とか「ここまで一生懸命やってきてるんです。残念です」とか言います。
私が怒ってることが伝わればいい。私の大切な感情を、私自身が大切に扱わなくてどうする。
私は私を大切にする。あなたはあなたを大切にしてね。
そうしたら、みんな一人一人が大切な存在になるんだよ。

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