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まぼろしのそば屋

 この屋号、恥ずかしながら使い続けています。初見で「まぼろしの」で続く「そば屋」とくれば、道をかき分け山奥に辿り着き、そこでしか食べられない蕎麦が出てくるのだろう期待に舌が奮えます。うちは俵山の珍味、ゴールデンウィークのウド、タラの芽、ユキノシタ、ゼンマイ、コゴミなどを揚げて、天ざるそばを提供してきました。添え物に俵山しゃくなげ園で朝摘みしたお花、わらびの煮物、タケノコ和え物、そして俵山木綿豆腐。

 数年前、加工センターの閉鎖によって木綿豆腐の製造が終わりました。継続できなくなった大きな問題は売上の減少です。原材料の山口県産大豆の高騰が廃業に追い込みをかけました。拙者も大好きだった俵山の木綿豆腐、天然にがりがもはやありません。時を同じく、熱波が春を告げるようになると山菜の旬が前倒し。ゴールデンウィークにタラの芽は立派な葉を広げ、ゼンマイ、コゴミは鹿が食べ始めたのかなと思うほど見かけなくなりました。わらびは今でも食べませんけど、蕗は食べるし、スイセンをはじめ、春の花はクリスマスローズを除いてみな食べます。そこら中にあったウドは昨年から消えました。鹿なのでしょう。

まぼろしの意味がかわる

 山菜が天ざるの素材に使えなくなりました。ほんとに数年前まで普通に食べていた天然の山菜が、まぼろしとなったのです。本来、まぼろしとは、毎年ゴールデンウィーク、しかも、どの日に営業するか分からないそば屋だぞ、という意味を含みこれまで毎年続けてきました。そこへ滅多に出回らない天然の山菜がテーブルに置かれていたのです。その時代、山菜は幻の食材と呼びませんでした。今年も天ざるの名脇役は、山菜ではなく野菜ですが、かろうじてタケノコとわらびで面目を頂戴したいと存じます。

 ハンター中野さんは話します。
 俵山の鹿は肉というより草。良いものを食べている証。

 もっとも山の野草は獣のもの。ありがたがって山菜と呼び、世間で流通しておりますが、もし、お食べ残しがございましたら、ちょっと分けてくださいなと、腰を低くして頭を垂れて山に入らないと、鹿に申し訳ないのでございます。




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