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あなたのせいじゃない

「年取ったし、そういうもんなんだよね~」

いつも使うスターバックスは東口。でも今日は新鮮味を求めて

西口二階の店舗へ。
奇妙なご縁で、普段は一人で行くスタバに今日はとある女性とキャラメルマキアートを共にしている。

昨年20才になったばかりの私と彼女では親子ほどの年の差がある。
ある事件を機に彼女とは何度か顔を合わせる機会があり、その度に世間話に花を咲かせていたのだが一度も愚痴や弱音らしいものは聴いたことがなかった。(そこまで親しい仲でもないので当然と言えば当然かもだけど…)

今日は違った。窓際の席で円形のテーブルを囲み、階下の道路に大勢の人が忙しなく行き交う光景を目にしながら、曇天にも負けない笑顔から語られたのは 「母」「妻」「主婦」として生きてきた故の苦悩だった。

結婚をした途端、夫の性格が一変したことを語ってくれた。
それまでは「彼女」として「女性」として丁重に扱っていてくれたし、夫のKが「彼氏」だった頃は明るく、優しい朗らかな人柄で、会話が途切れる事もないコミュニケーション能力の高い人という印象だったという。

結婚後は自発的に会話をしてくる事もなく、付き合っていた頃はひたすら褒めちぎってくれた手料理に対しても何も言わなくなったという。
家事は全て「妻」となった彼女に任せきりだったし、Kは公務員として地元の市役所に勤める人なので彼女は当初 その事に対して不満はなかったが、日に日に彼女の負担は増えていき本を読んだり趣味の裁縫をする暇さえなくなった頃には流石に「少しは手伝って欲しい」と言わざるを得なかった。

Kは夕食時、自分で台所にはしを取りに行くこともしない。一度座ったら一切動かない。
何から何まで家の中での事は彼女に任せるその姿は客観的に見れば介護されている老人のようにも赤ちゃんの世話のようにも見えるレベルだ。

そんな生活じゃまるで「妻」というより「召し使い」という方が妥当だろう。彼女のそんな不満に対してKさんが放った言葉は「誰のおかげで生活出来ている」だった。

結婚時25才。(当時としては遅い方だったという)
29才の時、彼女は自分の趣味の裁縫道具が埃を被っていた事に気づいた。

ご子息が二人生まれてからは更に怒濤の日々。姑からの横やりにも懸命に耐えたがKの妹が自分の子供の育児をも任せてきた時はストレスのあまり自分の子供にきつく当たってしまう事もあったという。
断りたかったが姑には逆らえなかった。

32才。化粧をしなくなった事に気づいた。ファッションも以前とうって変わって、白や淡いピンクの大人しいものになった。
35才。洗面台に立つのが久々だった。鏡に写った自分の顔にはシワとシミが見えた。電車やバスの中で子供を抱いていると見知らぬ老人から育児のアドバイスを聞かされる事が多く、内心苛立っていたと話してくれた。

40を過ぎ、自分を「おばさん」と表す事が多くなった。

60才の今、夫Kの浮気に端を欲する事件を経てなおこんな事を言う自分に気がついたという。
「私は年を取って可愛げもないから、若くて可愛い子が良かったんだろうね」

最初は女性としてお姫様のように少女漫画のような恋愛体験をさせてくれたKが結婚を期に変貌したことについては
「狩りだったのかもしれない」と話してくれた。

べるもっと「狩り?」

彼女「そ、家庭にいれて、こきつかえるメイドさんが彼にとっての妻であり奥さんだったのよ。恋愛はそのメイドさんを捕まえるためのハンチングだったのかしらって思うのよ」

趣味も化粧も出来ない、身だしなみを整える時間もない、「主婦らしく妊婦らしく」という圧力のもとファッションも変わってしまった。

そんなストレスフルな生活の果てに、若さや美貌を保てというのは不可能すぎる話だ。

彼女「一番まずかったのは結婚した時に仕事やめちゃった事だと思うの。」

べるもっと「経済力をあけ渡しちゃうと、逃げたくも逃げられないから結局言いなりになるという…」

彼女「容姿もそう。彼女として扱ってくれていた時は褒めまくってくれるし、私も好きな人のために綺麗になろうって自分を磨くけど結婚したら誉めてくれないどころか化粧してる暇あるならあれやれこれやれって姑揃ってうるさいのよ」

べるもっと「それなのに昔に比べて衰えただの美しくないだの言われても腹立ちますよね」

彼女が耐えてきた理不尽を思うと、尋常では居られなくなる。

彼女の苦しみの根底にあったのは「世界からのレッテル張り」だったのではないかと思う。
一人の尊厳ある人間として、女性としてではなく
「妻」らしくとか、「嫁」らしくとか、「主婦」らしくとか
そういう他人、ひいては世界から要求される姿に合わせようと自分を殺し続けた果てに、老いた自分を卑下するようになったのだとしたら、彼女を一個人として尊重しなかった世界にナイフを突き立てたくなる。

彼女「べるもっとちゃんはこういう話わかってくれるから思いきって話しちゃった。」

べるもっと「私で良ければいつでも。ところでその…今日お会いした時から気になっていたのですが…」

彼女「あぁ…これね…」

べるもっと「……。」

彼女「若い時の気持ち思い出したくてねぇ!!!!金髪にしちゃったよ!!!!😆✨✨✨✨」
べるもっと「ちょーーーーーイカしてるぜぃ!あねさぁん!!!👏👏」
彼女「よしなよしな!アタシが美人なのはわかってるから!誉めてもなんも出ないよ!😅」

このあと昼食代と書籍代を出していただいている。

他人に尽くした間に失った自分を取り戻す戦いの狼煙は既に上がっていた。
結婚以前は東京のスポーツ用品店でばりばり働いており、ファッションセンスも友人たちの間で群を抜いていた彼女。
それだけに「主婦」として生きた彼女の姿を見た友人たちの驚きは凄まじいものだったし泣きじゃくる彼女たちの姿は私もよく覚えている。

だがそこは昔とった杵柄。最新の流行についていく感覚を取り戻すのにそう時間はかからなかったようだ。

性別や職業やら立場やら、様々な要因を見いだしては、世間はその人の生き方を型に当てはめようとしてくる。
それらしさというステレオタイプに流されて自分を見失う事はさほど珍しい話ではないように思う。

だが彼女のように、また自分を生きる事は出来るはずだ。
例えどんなに抑圧されても、そう簡単に魂は死なない。
尊厳を取り戻すため、彼女は髪を染めた。社会に対して、夫に対してのナイフにも等しい鋭い一撃に私は見えた。

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