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『貝の火』(宮沢賢治)

南の空を、赤い星がしきりにななめに走りました。ホモイはうっとりそれを見とれました。すると不意に、空でブルルッとはねの音がして、二疋の小鳥が降りて参りました。
 大きい方は、まるい赤い光るものを大事そうに草におろして、うやうやしく手をついて申しました。
 「ホモイさま。あなたさまは私ども親子の大恩人でございます」
 ホモイは、その赤いものの光で、よくその顔を見て言いました。
 「あなた方は先頃のひばりさんですか」
 母親のひばりは、
 「さようでございます。先日はまことにありがとうございました。せがれの命をお助けくださいましてまことにありがとう存じます。あなた様はそのために、ご病気にさえおなりになったとの事でございましたが、もうおよろしゅうございますか」
 親子のひばりは、たくさんおじぎをしてまた申しました。
 「私どもは毎日この辺を飛びめぐりまして、あなたさまの外へお出なさいますのをお待ちいたしておりました。これは私どもの王からの贈物でございます」と言ながら、ひばりはさっきの赤い光るものをホモイの前に出して、薄いうすいけむりのようなはんけちを解きました。それはとちの実ぐらいあるまんまるの玉で、中では赤い火がちらちら燃えているのです。
(本文より)

季節は春、樺の木がはなを咲かせたり鈴蘭がパリパリと新鮮な音を立てる、まさに4月の頃。主人公は「ホモイ」という名のうさぎです。上述の引用箇所のとおり、ひばりの親子を助けたことにより不思議な火の玉を得ることになり、それがホモイの日常と心情を大きく揺らがしていくというお話しです。

宮沢賢治の作品には、「主人公がいつも二人で、日常生活を送っていた場からあるとき異世界に迷い込み、ほんの少し冒険のようなことをし、また日常に帰ってくる」というストーリーが多い、ということを朗読教室でもたびたびお話しています。3月のレッスンでこの作品について話していましたときに、生徒さんから「この『貝の火』も行って帰ってくるお話しでしょうか?」と聞かれ、「いえ、これは異世界があちらから自分の元にやってくるお話しです。」と何気なく答えました。答えてから、あぁほんとうにそんな感じだ、と思いました。結果、やっぱり「ここではないどこか」と繋がるお話の枠組みにはいっているとも言えます。

教室でこれらのお話を読むこと自体が、実はわたしたちも異世界へ行っている、とも言えますし、またそれらの物語を読み重ねていくことで、わたしたちはこの先になにかを見ることになるのかもしれません。賢治コースもこの春から4年目に突入します。レッスンが進み作品数が増えれば増えるほど、何か強固な宮沢賢治の視点のようなものも浮かび上がってくるように思います。

2024年4月の賢治コース(Online)は『貝の火』です。
個人レッスン(豊洲教室)でもご受講いただけます。

ご予約をおまちしています。
Onlineスケジュール http://utukusiki.com/202404-online/

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