『魚の話』(立原道造)
*2021年8月朗読教室テキスト③ ビギナーコース番外編
*著者 立原道造
或る魚はよいことをしたのでその天使がひとつの願をかなへさせて貰ふやうに神様と約束してゐたのである。
かはいさうに!その天使はずゐぶんのんきだつた。
魚が死ぬまでそのことを忘れてゐたのである。魚は最後の望みに光を食べたいと思つた、ずつと海の底にばかり生まれてから住んでゐたし光という言葉だけ沈んだ帆前船や錨⚓️からきいてそれをひどく欲しがつてゐたから。が、それは果たされなかつたのである。
天使は見た、魚が倒れて水の面の方へゆるゆると、のぼりはじめるのを。彼はあはてた。早速神様に自分の過ちをお詫びした。すると神様はその魚を星に変へて下さつたのである。魚は海のなかに一すぢの光をひいた、そのおかげでしなやかな海藻やいつも眠つてゐる岩が見えた。他の大勢の魚たちはその光について後を追はうとしたのである。
やがてその魚の星は空に入り遥かへ沈んで行つた。
立原道造の詩を初めて朗読したのは2008年です。前年2007年が朗読会を初めてした年なので、デビューして2年目。まだ右も左もわからぬ頃によく詩などを人前で朗読したものだと恐ろしくなります。
2008年1月に、茅場町にあった森岡書店さんで『時間の園』という展示をされた高田竹弥さんから依頼され、「立原道造の詩をいくつか読んでほしい」というリクエストがあったものです。
当時は文京区弥生に「立原道造記念館」があったので、朗読会を行うことが決まってすぐ足を運びました。隣には弥生美術館があり、高校生の夏休みに東京へ来て向かった思い出があります。立原道造記念館では、立原道造が建築家としても優れていたことを知り、彼が設計図のみを残した「ヒヤシンスハウス」というものが、後の人の手で浦和市に実際に建てられているのを見に行きました。そんな風に「本を読むために、体を動かしていく」ことがなんだか楽しいなとわくわくしたことを覚えています。
朗読会ではいくつかの詩と、小さな本にまとめられた『盛岡ノート』を読みました。詩の行間にある「間」を、今ならどれほど空いても待っていられるものが、当時はとにかく焦ってしまい、せっかちな朗読になってしまったんじゃないかと思います。
朗読家になるために学校に通ったり、事前に何か技術を得たりしたのではなかったので、朗読家の看板をあげてしまった後にやり方を作っていくという形になりました。依頼をいただく度に「どうやって取り組もうかな?」と自分でひとつひとつ考え、未熟さや自信のなさを抱えながら、振り返るとその頃に試行錯誤した術は今でもしっかり活きていて、14年経った今も不思議なことにこの面白い職業を続けられています。
8月のビギナーコース番外編は、立原道造『魚の話』と他詩を数編(あるいは盛岡ノートから選んでもよいかもしれませんね)朗読します。
宮沢賢治に負けない透き通った本当の物語を、夏の終わりにご一緒できたらと思います。
朗読教室ウツクシキ 8月のスケジュールはこちら
*底本 『現代詩文庫1025 立原道造』株式会社思潮社
1982年4月1日 初版第1刷発行/2003年6月1日 第5刷発行
*文中の太字は本文より抜粋
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?