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【#7】ぶっちゃけた話、本屋大賞に便乗した本紹介です【神さまのビオトープ】

 たまには愛とか恋とかそういう話をしてもいい~~~~~~~~~~??????
 いいよ~~~~~~????? ありがと~~~~~~~~~!!!!!!!!!
 僕は恋ってやつが嫌いです!!!!!!
 世界は愛に包まれています。愛は地球を救います。愛のために地球を滅ぼせ!!
 うつぶせくんだよ~~~~

 つまり今回紹介する本は世界と女の子を天秤にかけるようなセカイ系な小説……かと思われるだろうが、特に関係ない。全然関係ない。世界と愛する人は繋がってないし、世界は滅ばないし、世界は僕らのことを見ていない。

 そんなわけで今回紹介する本はこちら

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 神さまのビオトープ。
 凪良ゆう
 

 森博嗣がエッセイ集の「つぼみ茸ムース」において、Wシリーズは講談社タイガで表紙が人物ではない唯一の例外である。なんてことを言っていたが、その一年後ぐらいにこれがでたので例外ではなくなった。

 あれえ、この作者の名前。どこかで見たことがあるなあ。という人はきっと大賞関連のニュースをしっかりチェックする人か、あるいはBLが大好きな人だろう。今作の作者、凪良ゆうさんは『本屋大賞』において『流浪の月』がノミネートされている。つまり今回のnoteは便乗で別作品を紹介しちゃおうぜ。ってやつだ。便乗商法だ。

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 けれど、お葬式をしないわけにはいかなかった。
 それが結婚して二年目の夫のお葬式だとしたら、なおさらに。
 鹿野くんが交通事故で死んでから、まだ一日も経っていない。
(P.9)

 想い人が死んでるパターンだ!!
 やったぜ!!

 またぱたぱたと素足を鳴らして今に戻ると、縁側に見慣れた背中があった。
「あ、うる波ちゃん」
 鹿野くんが振り返り、わたしはその場に立ち尽くしてしまった。(P13)

 死んじゃって悲しいなぁ。みたいな重い気持ちを引きずりながら、主人公うる波が居間に向かうと死んだはずの鹿野くんがいた。
 死んだはずの想い人が幽霊になっていたパターンだ!
 やったぜ!!
 二人の相手を呼ぶときに「○○ちゃん」とか「○○くん」と呼んでるところがとても好き。
 やったぜ!!
 へえ、うつぶせくんもそういう本を読むのか。風船で飛んで逃げようとするデブと追うサメでゲラゲラ笑っているだけではないんだなあ。という印象操作のための選書かと思われなねないだろうが。

 しかし、僕はこういう物語も好きなんだよな。己の感情と向き合っている小説が好きだし、己の感情を信じ切っている小説も好きなんだ。は~~~~~~~~好き~~~~~~~尊い~~~~~~~~~~~(これは冗談です)(なにを勘違いしたか僕に尊い系を送り込んでくる蛮族に対する防御壁)。
 さて、紹介するこの小説は前者であり、同時に後者でもある非常にありがたいやつではあるのだが、主人公であるうる波が向き合うのは『果たして彼の幽霊は実在するのか』という議題だ。幽霊なんて非科学的だ! という話ではもちろんなくて。

 切り落とされた卵焼きの端っこをつまみ、食べ、鹿野くんは目を細める。けれどまな板の上には、鹿野くんが食べてしまったはずの切れ端が残っている。(P.18)

 鹿野くんの姿はうる波以外には見えることなく、食べたはずの卵焼きはそこに残ったまま。
 果たして、鹿野くんは実在するのだろうか。
 果たして、鹿野くんはうる波が見た幻覚なのだろうか。
 彼女は答えを出すのが早かった。なんならプロローグで答えをだしちまう。

 食べられてしまったのは幻の卵焼き。
 ここにいるのは幻の夫。
 けれどそれでいい。(P18)
鹿野くんは死んだ。けれど戻ってきた。鹿野くんがわたしの前に在り続ける限り、こちらがわたしの現実だ。(P18)

完!

プロローグで、完!


「……あの、うる波さん、余計なお世話かもしれないですけど」
「わたしでよかったら、いつでも病院とか付き添います」
(P42)
「うる波さん、お気の毒だね」
「わたしなら耐えられない」
(P44)

 ひどい言われようである(対面で「(頭の)病院行くなら付き添いますよ?」って言われる女、一体なに?)。
 しかし、目の前にいるのは『死んだ幻の夫(彼女にとっては「夫の幻」ではない)が見えると主張する女』であり、しかも本当に見えているので「マジで言ってんじゃんこいつ……」みたいな雰囲気は確実にある女なので、この反応も妥当と言えば妥当である。普通に恐いよ。話してたら「あなた達に向けて手を振ってるわ」って言ってくるんだよ。こっちには見えないのに。
 読者補正によって、少なくとも彼女が見えていること(それが夫の幽霊なのか、彼女の見る幻影なのかはともかくとして)は僕らは分かっているけれども、知らん人からしたらそりゃ恐いよな。病院行こうな。
 さて、この小説で扱われるものは『愛情』であることはおおよそ間違いではない。
 『うる波のように死んだ彼が見えると言いだす女』『ロボットだけが友達の引きこもり少年』『ロリコンと大人と付き合いたいチビ』『兄妹』
 凪良ゆうの小説は大体おおよそ「普通ってなんだろう」みたいな風に語られることが多いような気がするが、普通は普通だ。アベレージで大多数でテンプレートで王道だ。
 実際問題、普通ではない。ことの方が世界では多いのかもしれないが、それでもやはり、普通は普通であり、それが屹立していることで、この世は成り立っている。世界の人が本当は人を銃で撃ってみたいと思っていたとしても、普通は、人を銃で撃ってはいけない。そういう感じ。

 神さまのビオトープをその流れで紹介してしまうとうる波ちゃんの「こちらがわたしの現実だ。」が濁ってしまう気がする。
 あえて言うならば、彼らはきっと普通ではないのだろう。
 それでいいの? ときっと尋ねられるし、小説内でも尋ねられている。
 しかし彼らはそれでも、「それでいい」と答えるのである。
 それゆえにこの小説は面白く、それゆえにこの小説は『愛情』と向き合って、信じているのだと、僕は思う。
 僕が個人的に好きなのは、西島さん夫妻だな。なにせ、この二人は主張すらしていないからさ。自分たちは幸せなので、自分たちの実態を主張することすらしない。普通ではない。ということを主張すらしない。逆に隠そうともしていないから、うる波ちゃんはふとしたきっかけで知ってしまうのだけれども、そういうところがまた良いよなぁ。

 まあ、そんな感じで。
 神さまのビオトープ。
 心は自由で、共に生きていくことを阻むものはない。
 いや、普通にあるけど。そんなの気にしなければ愛の大勝利だ! 邪魔するなら世界も一緒に滅ぼしてしまえ! そんな話だったっけ? おススメだよ!













ロリコンと大人と付き合いたいチビ。一周回って相互両得のビジネスライク的関係みたいだけどちゃんとそこに愛があるのめちゃくちゃ面白いんだよな……



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