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【#15】実話怪談も格闘技も目撃者の語りが大好き【掃除屋 プロレス始末伝】

「ほら、あるじゃあないですか。実話怪談って界隈」
 Uくんは本棚から数冊本を取り出しながら言う。
「僕ね、そういう本が好きで見つけるとついつい買っちゃうんだよね」
 最後まで読むことは少なくて、だからどんどん積んじゃうんだけど。とUさんは恥ずかしそうに取りだした本を私の前に置く。
 見ると、どれもこれも黒く塗りつぶされたハゲ頭の人間が、おどろおどろしい表情でじつとこちらを見ている表紙ばかりであった。
「見ても分からないよね、実話怪談の作者ってここでしか見ないような人も多いから」
 確かに並んでいる作者名を読んでも他の媒体で見かけるような名前は少しばかりだ。
 私はUくんにどうして実話怪談を読むんですか? と尋ねた。Uくんは少し考え込むように六本の腕を器用に組む。忘れがちだが、彼は腹から六本の腕が生えている。
「実話怪談って、実話。と冠しているんだから当然ノンフィクションなんだと思うんですよ。そりゃ脚色してるところはあると思うけど。語る側が大袈裟に語ったり、聞く側が物語として整理したりするわけだから」
 そもそも本当にあったことなのかすら怪しいこともあるわけで。とUくんは続ける。実際、私が昔読んだ実話怪談には「部屋に勝手に入ってきたプロレスラーが語り手の骨という骨を砕き立ち去り、語り手はベッドから降りるのも激痛がはしるような状況で救急車を呼んだ」というものがある。本当にあってたまるか。と思う。
「ああ、『セメント』。僕も好きだよあれ。プロレス、そうだね。だから実話怪談はプロレスみたいなものなんじゃあないかな」
 Uくんは六本ある腕のうちひとつの指をゆっくりと折りながら言う。
「あれも本当じゃない、本気で闘ってない。あくまでも興行だって言われてる。でも、人は見に来る」
 本当じゃあないのに。本物じゃあないのに。
「だから見に来る人はそれが本物で、実話であることを信じてるんじゃあないかな。実話怪談も読者が本当にあったと信じている。だから実話怪談なんて名前でいられる。みたいな……ああ、そうだ」
 思いだしたようにUくんは本棚へと戻り、奥の方に入っている本を引っ張り出して戻ってきた。
「この小説なんだけどさ、実話怪談の雄である作者が書いたプロレス小説なんだよ。『本当』を書いているからこそ、書けたのかもしれねえな」

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 ということで、今回紹介する小説はこれ。『掃除屋 プロレス始末伝』だ。新刊コーナーをふらふらと歩きながら散策していたら、ふと見かけた見覚えのある名前。黒木あるじ。知っている作家がいつもと違うジャンルを書いているととにかくまずは買ってみよう。と思うのが僕なので、この本は見かけてすぐに買ったことを覚えている。
 上のお遊びで実話怪談とプロレスの相似点について話したけれども、そもそも怪談というかホラー界隈、なんだか妙にプロレスと特撮が好きな人が多いような気がするので、相似点があるから書いた。というより、好きなやつを書いた。の方が近いかもしれない。

 先に断っておくと、僕は実話怪談をちまちまと読みはしども、格闘技といいうものは詳しくない。小説ならば夢枕獏を読んで、漫画ならば『刃牙』と『喧嘩家業』と『餓狼伝』を読んでいるぐらいである。『TOUGH』は読んでない。
 なのでプロレスラーというのは、避けなくて、覚悟があるから耐えることができて、だいたいジャブで脳を揺さぶられて倒れるやつだと思っている。
 きみの好きなプロレスキャラは誰? 僕は柔道に何度投げられても立ち上がってくる長田弘! プロレスラーは立ち上がるッ立ち上がるのがプロレスラー

 本作に登場するプロレスラーは五十手前のロートル。言うまでもなく、歳を取れば人は弱くなる。老いというのはそのまま、筋肉量の減少を指すからだ。そんなロートルがリングの上に立っている。他の格闘技だとどうもイメージしづらいけど、プロレスはなんかイメージできちゃうね、不思議だけど(合気はお爺ちゃん)。
 そんなロートル主人公——ピューマ藤戸は、法外なギャラを求めてきたり移籍をちらつかせる生意気な若造をリング上で制裁する「掃除屋」を営んでいた。

 とはいえ俺が勝利するわけにはいかなかった。こんな老いぼれに星を取られたのでは、安くない銭で海の向こうから連れてきた商品の価値が壊れてしまう。
 負けて、壊す——それが俺の仕事だ。(文庫P.17)

 勝ってしまったら、商品価値が下がる。だから、勝たない。そんな思想のもと、ピューマ藤戸は負けながらターゲットを掃除していく。彼と闘う相手は悉く体を壊している。という噂を聞きつけたフリーライターが真実を突き止めるために、あたりをうろつき始める。
 そんな中でもピューマ藤戸は掃除屋家業を続ける。相手取るのはなにも面倒なレスラーだけではない。レスラー以外でリングの上に立ち、試合を盛り上げる立役者であるレフリー、一人前のレスラーになりたい、プロレスに憧れを抱いている田舎レスラー。その誰もがプロレスの中に「本当」を感じ取っている。興行かもしれない。帳尻合わせかもしれない。でもそこには「本当」があるはずだ。
 そういう物語運びだからだろうか。実はこの小説、わりとミステリ的な読み方もできる。ミステリも虚実の中にある「本当」を探るものだからな。
 そんなわけで『掃除屋 プロレス始末伝』。
 表紙にあるような、決して筋肉質ではない、脂肪の方が多いかもしれない中年レスラーの哀愁と熱さが混在する格闘小説。ぜひとも一度読んでみてほしい。




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