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【ショートストーリー】黄金色ティアドロップ

午前四時。
てっちは灰色の繁華街をぶらぶら歩いていた。

夜という饗宴はもう過ぎ去った。
数時間前までは、明るいネオンに彩られていた世界。
今ではすっかり眠りについている。
パーカーだけだと、少し肌寒い。

シャッターの前では、男女が体育座りしてぼそぼそと話し込んでいた。
「だからさ、いっちゃんとは友達のままでいたいのよ、そんでね…」
泣きながらぽつぽつ話す女の声が耳に入る。
「うん…」男の方は、相槌をうっている。
真剣に聞いているのかいないのか。
漠然と、大変そうだなぁと思う。こっちとしては知ったこっちゃないが。

ふと道端に目をやると、潰れたサラリーマンが突っ伏していた。
さぞかし楽しい夜を過ごしたんだろう。風邪引いても知らねーぞ。

夜の終わりこそ、人は素顔を晒す。
夢から覚める直前の、まどろみのような時間。

そんな事をぼんやりと考えていたら、景色が変わった。
繁華街から住宅街へ。
たまに新聞配達の自転車とすれ違う。それ以外はしんと静まり返っていた。

もう何時間かしたら、この街も目覚め始める。
朝特有の、賑やかで慌ただしい空気に包まれるのだろう。
そこから多くの人にとっての一日が始まっていく。

だが、てっちには関係のないことだ。
みんなご苦労なこった。
空を見上げると、少しだけ白んできていた。夜明けは近い。
身体がふわっと軽くなる感覚。
地上で起きているあらゆる事が、バカバカしくなってくる。

視界がひらけた。
川に辿り着いたのだ。河川敷に降りる。
芝生を踏みしめた。土のにおいがする。

いつものベンチに座り、あたりを眺めた。
早朝ランニングする人たちが遠くの方に見える。
中には、ネギを片手に持って走る奇妙なおじさんもいた。
最初は驚いたが、いつも見かけるのですっかり慣れてしまった。
わけがわからないが、世の中いろんな人がいるもんだ。

再び空を見上げる。
視界をさえぎる建物が無いぶん、空が広い。
ちょっとした鼻歌を口ずさみながら、深呼吸する。
あぁ、なんて無駄でゼイタクな時間なんだろう。
お金も、高級とつくあらゆるものも、”この時間”には決して勝てないと、てっちは思っていた。

「やっほ」
気怠げな挨拶とともに、てっちの隣_といっても少し距離があったが_に座る人影。
牡丹だ。ショートボブの髪型をした女の子。毛先がくりんとカールしているが、癖っ毛らしい。オーバーサイズの白いパーカーに、グレーのホットパンツという出で立ちだった。黒いタイツを履いている。
小動物のような大きな目。一言で表現すると、かわいい。

「よっ」
てっちも軽く返事する。
牡丹とは1ヶ月前に出会った。この場所で。
名前しか知らない。お互い、身の上話の類はほとんどしなかった。

「ここ座っていい?」「いいけど」
これが牡丹と交わした初めての会話だった。
あの日もてっちが先に座っていて、後から牡丹がふらっとやって来た。
いつしかそれが当たり前になった。
何となく、この場所で一緒に日の出を眺めるだけの関係。
心が通じ合っているような、いないような。

今日もいつもどおり、二人並んで空を見る。
東の空には、太陽がちょっとずつ顔を出し始めていた。
お互い会話はない。
でも、それがなんだか心地良かった。

だんだんと太陽が昇る。橙色に照らされる世界。
いや、黄金色と言うべきか。
この神秘的な時間を知らない人も、たくさんいるのだろう。
みんな勿体ないなと思いつつ、世界の秘密を知っているような感覚。

横にいる牡丹をちらっと流し見る。
牡丹はきらきらした瞳を見開いて、太陽の方向を見つめていた。
黄金色に照らされたその目から、すっと一筋の涙が流れた。
驚き、戸惑い。そんな気持ちが生まれるより前に、てっちはただただ見入ってしまった。
涙の理由はわからない。

ただ、言えるのは。
”純粋”が形になったような静かな涙。この世で一番美しいものだと思った。
永遠にこの時間が続けばいいのに、とも。

放り出された右手と左手。
一言も交わすことなく、その手は自然と重なり合った。
体温がほんのりと伝わってくる。

そんな二人を、黄金色の光がそっと包み込む。
一日の始まりと終わりが、世界を包み込んでいく。

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