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夜の田舎を爆走する

バイトを終えて23時に家に帰ると母親が待っていた。夜行バスに乗るから車で送ってほしいという。免許をとってからは友人との旅行くらいでしか運転してこなかったとはいえ、早寝早起きを徹底する父が寝てしまった以上、頼れるものがない。しかたなく、免許証と飲み物を鞄に突っ込んで、夜の郊外を駆け抜ける。

駅には思ったより早く着いた。荷物を後部座席から出しながら、母は「気をつけて帰ってね」といつものように僕を気遣う。
悟られないように、軽く「うん」とだけ答えた。駅までの道で本当のことを言わなくてよかったと、そのとき初めて思った。


両親と3人で暮らしている僕には、そもそも運転する機会があまり与えられない。休日の昼間は父が病院に行ったり母が買い物に行ったりで基本車が出払っている。
しかも街中をうろうろすることだけに特化したうちの車にはカーナビがない。旅行の時には助手席に乗った人が、スマホの通信を大幅に食ってセルフナビをする。

夜にこっそり抜け出そうと思っても、それもまた難しい。父は寝るのが早いが、母は仕事の関係上、遅いときは深夜帯まで起きていたりする。寝ている場所も駐車場のほぼ真上だから、うっかり目覚めてしまったら予定な心配をされてしまうことになる。

母が家におらず父も寝ている、という今の状況は、1人で運転する上ではこれ以上ない好機。このまま家に帰っておやすみだなんて、つまらなさすぎる。
何がなんでもこれから、夜の田舎を爆走してやるんだ。そう決めていた。


とはいえこんな深夜に行ける場所も思いつかないので、一旦駅前のスーパーに車を停めていけそうな場所を調べることにする。ちょっとだけ罪悪感があったので一応店内にもお邪魔して物色すると、初めて見るさくらんぼジュースがあった。思わぬ出会い。迷わず購入する。

24時間営業の店も浮かんだが、とりたてて行きたい店があるでもないのでひとまず展望台で夜景を見ることにした。
南の方を攻めたいと探してみると、竜王山という夜景スポットが見つかった。なんでも徒歩0分で滋賀南部の夜景が一望できるらしい。栗東のJRAのトレーニングセンターも見えて綺麗だという。
ここから約20km。聴きかけのオードリーANNとナビをつけて、とりあえず行くだけ行ってみる。


途中までは二、三度通った道を行く。が、市を跨いで大きな交差点を曲がったところで知らない道になった。ほどなくして側道に入るように言われたので従うと、そこからは明らかに雰囲気というものが違う。まわり一面に木々しかない、きつい勾配の坂を進む。

しかも道幅も車1.5台分ほどしかない。「もし万が一向こうから車が来たら…」「もし踏み外したら…」そんな不安が襲いかかる。たった数キロの山道なのに、それまでよりずっと長く感じられた。

しばらく車を走らせるとナビが「斜め左方向へ」と言ってきた。ところが左に目をやると、進行方向に向かって真逆に山を登っていく道で、到底切り返しきれそうにない。

途方に暮れて諦めようかと思ったそのとき

上へは右へ10mをUターン

と書かれた看板を見つけた。
ほっと一安心。


まだまだ山道は続く。それどころかさっきの道を曲がってから、輪をかけて幅員が狭くなってきた。左右両方が溝になっている場所もある。
落ちた木の枝を踏みつけないようにしながら慎重に、かつ迅速に進む。


そこからしばらく経ってから思わぬハプニングに見舞われた。不注意でナビの指示に従えず、道を間違えてしまったのだ。初めての経路ミスに、わかりやすく動揺してしまう。
「Uターンして」との指示通り行き止まりへ進むと、数台分の駐車場が。よく見るとベンチと柵と望遠鏡まであって、小さな展望台のようになっている。

1人、夜、山道と、とことん慣れない運転に疲弊していたからかもしれない。
「よしもうここでいいわ」
自然とそう思った。

車を出て柵に手をかけると抜群の夜景が広がっていた。中央に見えるのがトレセンだろうか。地元のあたりは盆地なので夜景を見る機会がほとんどないから新鮮で、自分1人で来たのも合わさってすごく気分がいい。

現物はもっと綺麗なんだけどな…

続いて空を見上げると、満点の星空が広がっていた。おそらく三等星くらいまでは見えている。おおぐま座がきちんと熊の形に見えた。
悲しいことにiPhoneのカメラではそれを映すことができなかった。技術の進歩を願い、ひととおり光の粒を見たので車に乗り込む。
すでに12時。さすがにそろそろ帰りたい。


帰りは早かった。
単純に下り坂というのと、一回来た道だからというのと、夜景を見られた安心感があったからというのと、おそらくどれもあると思う。あれだけかかったUターンまでの道までものの数分で辿り着き、難なく方向転換を済ませる。

下り坂は思った以上にきつく、勝手にスピードが上がっていく。それだけ急勾配の坂を登っていたことを実感するとともに、教習所で習った「べーパーロック現象」の文字が頭をよぎる。
生まれて初めてのBレンジに切り替えた。

山道を降りてほどなくしてオードリーANNが終わりをむかえたので、今度はかねてからやりたかった「車内大カラオケ大会」を挙行する。

はじめはOmoinotakeの「幾億光年」。続いてOfficial髭男dismの「宿命」。喉の調子が割とよく、高音がしっかり出て楽しい。
やってみて気づいたが、音量を気にしないでよいとなるととことん爆音が出せてしまうらしい。カラオケでもマイクを使う分、若干遠慮して声を出していたのだと気付かされた。
ミュージカルとか劇団とか、そういう類のことをやってみるのもありなのかもしれない。

爆音で歌いながら夜の田舎を爆走していると、あまりよくないが注意は散漫になってくる。対向車にハイビームを浴びせられ、その後すぐにロービームに戻されて、初めてハイビームつけっぱなしだったことに気づいた。こういう経験値はやはり乗っていかないと身につかない。

据え置きゲームでもそうだが、やはりやらないと上達しないというのは運転においても同じらしい。(運転はゲームと言いたいわけではない)
これからも経験を積んで、上手くなっていかないとな。


12:40、無事帰宅。
事故しなくてよかった。マジで。

これからもたまには走ります。
次もまた深夜で。

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