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ソニーを退職して医療分野で起業、未踏エンジニアになるまでの記録

まずは未踏PJの紹介

井上は、中学からの同級生である救急救命医の岡田直己と共に2020年度未踏アドバンスト事業に採択されました。

未踏とは経産省系の事業で、メディアアーティストの落合陽一先生やPFNの西川徹社長がOBである、今年で20年目を迎える由緒正しい人材発掘育成事業です。 

「未踏」は、経済産業省所管である独立行政法人情報処理推進機構が主催し実施している、”突出したIT人材の発掘と育成”を目的として、ITを活用して世の中を変えていくような、日本の天才的なクリエータを発掘し育てるための事業です。
https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/outline.html

基本的にスーパークリエータとかで知られている未踏は、若手人材育成を主としているのだけど、自分は年齢制限のない事業開発系の未踏アドバンスト事業というものに採択された形となります。

未踏で行うこと

我々が対象としている分野は、救急外傷医療という医療分野になります。一番想像しやすいところでいうと交通事故の患者を相手にする医療分野です。

簡単のため、交通事故のケースに絞って救急外傷医療の問題を説明します。
交通事故は全国で年間50万件弱、うち3500人程度が毎年命を落としています。
重度の交通事故に遭った場合、一般的に事故発生から60分以内に救急処置を完了しないと患者は命を落とすと言われています。さらに、その中で救急車による搬送にかかる時間が40分となっています。
つまり、救急救命医は、救急車で患者が到着してから20分の間に命に危険を及ぼす外傷部位を特定し、適切な処置を完了させないといけません。

病院に患者が到着してから残された20分の中で、一番最初に行う作業は「全身CTの撮影」です。外傷患者は目に見える骨折などよりも、目に見えない内蔵の出血等が命に危険を及ぼします。それはCTを撮影するしか確認する術はありません。そこで、まず最初にCTを撮影し、疾患部位を特定する作業を行います。

CTにより撮影された画像は全身を300枚のスライスに輪切りした形式になっており、医師はその300枚の画像を1枚1枚目視で確認して疾患を特定します。さらに、CT画像は一般的な画像と異なる形式で、windowingと呼ばれる輝度調節処理を複数回行い、骨折の確認や出血の確認等を分けて行う様になっています。
この輝度変換は簡易的な確認でも4種類あります。よって単純換算で医師は1200枚の画像を確認して、患者の疾患部位を特定することになります。
現在の医療ワークフローでは、この確認作業を現場の救急救命医が1名で担当します。確認に許された時間はおおよそ5分とされています。

想像してみてください。目の前に残り20分で死んでしまう患者がいる中で1200枚の画像を1枚ずつ確認する作業は、どれ程大変でしょうか。
1枚1秒で確認していっても20分かかる作業です。しかも出来るだけ早く処置を開始しなければ患者は死んでしまいます。
また、救急救命医という仕事は医師の中でも最も激務な職種として知られています。現場では30時間連勤、月間で190時間残業などが当たり前となっています。

30時間寝ずに働いている中で5分間で1200枚のCT画像の確認作業ー。
本当はあってはならないことですが、CT画像に現れている疾患を見落とす、という医療事故が近年多数発生しています。
(参照:https://www.medsafe.or.jp/uploads/uploads/files/teigen-08.pdf)

しかしこれは医師の怠慢ではないことも、上記の説明から想像できると思います。
一方で、救急医療は患者が医師や病院を選べません。自分が救急搬送された際にCT診断を行う医師がたまたま30時間連勤中の経験の浅い若手医師であってもそれは仕方が無いことです。

では、医師はなるべく細心の注意を払い、患者は見落とされないことを祈るしか無いのでしょうか?
我々はこの問題に焦点を当て、テクノロジーによりこれを解決します。

我々はこの外傷医療におけるCT診断をAI技術を使って、正確かつ迅速化することをミッションに掲げています。
具体的には今まで5分間かかっていたCT診断を10秒に短縮し、重大な見落としによる医療事故を完全に無くすことを目標とし、技術開発を進めています。

去年度、自分のパートナーの岡田直己が救急救命医として、未踏の別プロジェクトである第一回未踏AI Frontier事業に採択され、技術開発に必要なデータセットの獲得と要素技術の構築を行い「AI path finder (救命)」の認定資格を得ました。
去年度の岡田の成果は以下記事でも紹介されています。

そして今年度からは自分が会社を辞めてjoinし、本格的な社会導入に向けて、さらなる技術開発と事業化の検討を行うことになり、この活動を2020年度未踏アドバンスト事業として進められる運びとなりました。
以上が自分が今年度行う未踏事業の内容の説明となっています。

未踏に関わるきっかけと会社を辞めるまで

2017年、自分は上京してソニーでAI系の研究開発エンジニアをやっており、パートナーの岡田は静岡で研修医をしていました。
仲の良い同級生何人かで岡田がいる静岡に集まってBBQをする機会があり、そこで岡田がディープラーニングについて興味を持っている事を世間話として聞きました。その時に現在は海外の大学で研究している数学者も同様に興味を持ち、3人で温泉で2時間ほど長湯しながら医療分野がいかにもどかしいかとか、ディープラーニングが数学者目線でいかに不思議かなどの話で盛り上がりました。

その後、僕と岡田と数学者の3人で、静岡の病院のデータを使ってディープラーニングを遊びで体験してみようということになりました。
岡田が現場データを抱えて東京にやってきて、最初は品川のアトレのフードコートでビールとケバブをつまみながらペイントで画像にラベル付けを行ったりなどをし、その後自分が学習をしてみてモデルを構築してみて、結果を報告するなど、全員忙しい業務の合間を縫って業務外の遊びとして医療画像分野へのAI技術の適用のPoCを行いました。

それから1年ほどが過ぎ2019年初頭、急に岡田から「いまうんこしてるねんけど〜、」と言う謎の電話がかかってきました。
その時に研修医を終えて就職した大阪の病院で同様にAI技術を使った研究を本気で行わせてもらえそうなこと、そしてうんこしてたら未踏AI Frontierの応募がタイミングよく見つかったことを聞かされました。

2019年当時の自分は機械学習系のモデル学習等のコア技術開発からは少し離れ、モデルのクラウドへの適用や推論システムの構築等をメインの業務としており、学習系の最新の動向を勉強する機会を欲していたため、もう一度勉強しよう!と思って業務外の時間で岡田に協力することを決めました。
数学者の友人は関連論文を一緒に読んでもらったり、作成した資料や論文の添削を行ってもらうなどアドバイザーとしての協力をしてもらえることになりました。

その後、無事岡田は2019年度未踏AI Frontier事業に採択され、プロジェクトが開始しました。プロジェクトは人材育成系で岡田自身がAI技術の実装を行えるスキルをつけることが主たる目的であったため、自分はプロジェクト外で岡田にプログラミングを教えたり、機械学習の相談に乗るようなことを1年間一緒に行いました。

思えばこの1年が本当に大変で、連休があれば2人で集まってハッカソンをするようなことをやり続けました。
その時に見つけたのが岐阜の大正村にあるシェアオフィスで、ベッドのない旧おもちゃ博物館に泊まり込んで何日間も開発を行いました。
商工会の人や地域の人がものすごく優しくて、全然ゆかりのない土地ですがとても好きになり、何度もここに通いました。
この岐阜のシェアオフィスが言うなれば僕らの始まりの場所ということで後で伝説になるかもしれません。

そんなこんなで、岡田の未踏AI Frontier事業は無事良い成果が出て終了し、未踏スーパークリエータ相当のpath finderという資格を得て、今期の未踏アドバンスト事業につなげることが出来ました。

会社を辞めることに関してはとてつもなく悩みました。
そもそも未踏アドバンストは副業としての実施も認めているので、最初は副業として行う予定をしていました。
辞めるきっかけになったことは、正直言ってあんまりありません。
退職エントリーに書けるようなソニーへの不満等も全然ないです。

ポイントとなったのは、以下の2点かと思います。
1つ目は、本業に影響を与えない範囲で未踏を行うための時間的制限が厳しかったこと、そして副業として起業する事を認められなかったこと。
2つ目は、今後自分のキャリアを考えた時に、未踏アドバンストを成功させてそちらにシフトすることが濃厚で、副業で開始したとして近いうちにソニーを退社して本業をシフトする時期が近いうちに来ると思ったこと。

1つ目に関しては、単純にソニー内での副業規約的な問題と戦うことがとても大変でした。
岡田はぼくがソニーを辞めずに続けられるように、未踏事業の他に医療分野でソニーとして一緒に行える業務を見つけようと動いてくれたりして、それによって特別に起業や業務量の多い副業を認めてもらえるような流れもあったのだけど、大企業の検討プロセスは時間がかかりすぎて、色々なえらい人が出てきて本当に大変で、結局未踏開始や起業のタイムリミットまでに話がまとまらなくて結局ぼくが全てを打ち切る形で退社を決めることになりました。
別にソニーに限った話ではないけど、大企業で雇用規約やルールと戦うのは本当に大変なんだなと実感する出来事でした。

2つ目に関しては、難しい難しいキャリアの問題。リスクと安定のバランスやチャレンジ機会や親からの引き止め等々、考えることはたくさんあって、上のタイムリミットなければ結論はまとまらなかったかもしれないです。
でも、もともと仲の良い同級生と起業して成功する程楽しくてやりがいのあることは無いし、岡田との事業が上手く行くならソニーを辞めて本業として頑張ってもいいかなという気持ちがある程度ありました。
そしてそういう気持ちがあるなら、まだ若くて背負うものも少ない身だし、辞めても後悔はしないかなと思って、とりあえず辞めてみることにしたって感じです。

そんなこんなで、未踏を週20時間とかに縮めればなんとか副業で行うこともできたのだけど、ソニーを辞めて未踏に最大時間を注ぐ形で本気チャレンジする運びとなりました。

コロナ禍で退社してどうなることかと思ったけど、今のところは穏やかに自由を謳歌しながら開発ができています。
余談だけど、大好きなサカナクションのグッド・バイが背中を押してくれたような気がします。

グッドバイ 世界から見ることもできない 不確かな未来へ舵を切る
グッドバイ 世界から知ることもできない 不確かな果実の皮を剥く

ぼくもアレンジしてるので是非聞いてみてね !!!(突然の宣伝)

ソニーを辞めて医療に行くこと

ソニーからよく医療分野に行こうと思ったね、と沢山の人に言われます。
確かにそうです。今まで娯楽やエンタメ事業をやってて趣味で音楽作ってる人間が人の生死に関わる仕事に転換するのだから、どういうお笑い??って感じですよね。

これに関して、自分が岡田と話していて大きく考えが変わった話があるので、それを紹介します。
娯楽と医療で大きく違う点、それは意義にあると僕は思います。
娯楽ってどう表してみても結局は「なくてもいい」んですよね。ウォークマンの音が良くならなくても、テレビが4Kで薄型にならなくても別に生きていけるんですよ。
一方で医療は「ないといけない」が出来ていないことが山のようにあります。

ただ、娯楽は「なくてもいい」けど「あると感動する」んですよ。”人は感動するために生きている”とか言う人格者も多いし、そういう点では娯楽はなくてもいいけどないとだめなのかもしれない。娯楽はそういう深いものなんですよね。
対して医療は「ないといけない」けど「あっても感動しない」です。結局作っても誰も声高に喜んではくれないけど粛々と作るしかない。医療はそういう単純なものだと僕は思いました。  

これまで医療は人の命を預かる責任重大なもの、としか考えていなかったのですが、それ以上にビジネス意義の単純さとニーズの高さから、若手でも意義が強ければ扱いやすい領域であることに魅力を感じました。

そういう特性を鑑みた時に、個人のエンジニアとして自分に向いているものってどっちだろう?と考える訳です。
もともと僕はソニーに新卒入社したのは、イノベーションを起こしたい!とか新しい娯楽を作って人を感動させたい!とかそういうモチベーションからでした。そういう意味では意識は娯楽に向いているのは間違いないです。

ただ、そういった感動プロダクトを作るための経験を積む上で、ソニーでエンジニアとして育つことでそれが出来るようになるのか?という疑問を持ちました。
イノベーションを起こすということは、多くの人々の生活スタイルを変容させることを指します。
ソニーにいて製品のクラウドシステムの構築などを日々やっていけば、いつか自分はイノベーションを起こせるようになるのでしょうか。たぶん起こらないと思います。ぼくがこれまで作ったものは全部もともと「なくてもいい」ものだし、改善改築からはイノベーションは生まれにくいです。

一方で、ソニーはかつてプレイステーションやウォークマンなど、多くの人を感動させるイノベーションとなる機器を開発してきました。こういったイノベーションが社内から湧き上がってきたことも事実です。
ただ、最近はあまりそれが起こっておらず、大企業のジレンマなどと言われていたり、社内の新規事業創出プロジェクトも泣かず飛ばずです。

これに対する答えは出ないのだけれど、ぼくは基本的にあたまがおかしくてあまのじゃくなので、本当は人を感動させる新しい娯楽が作りたいのだけど、一回医療にのめり込んで社会意義たっぷりの正義のプロダクトをどんどん作っていくことで、それがある日一転して画期的な娯楽に転換するんじゃないかという突拍子もない考えが僕の頭を占領し、それが今医療を行う原動力になっています。

実際のところ、ソニーでは「そもそもこれいるか〜〜??」とか疑心暗鬼になりながら機能実装することが多かったのですが、医療はまじでやるしかないことばかりなので頭がクリアになって開発できています。

昨今では、教育とか金融とか、これまで「ないといけない」分野だったところから色んな娯楽的ビジネスが生まれています。
ぼくが思うに、医療もいずれそういう時が来て、国民が楽しみながら病院に通ったり自分の病気と向き合う未来が来ると思います。

ぼくはソニーに入社する時に漠然と思っていたイノベーションや人を感動させたい意欲を、医療の分野で実現させる。それを超長期的な目標に掲げて医療分野にチャレンジすることにしました。
その足がかりとして、まずは医療現場に「ないといけない」が実現されていないものをどんどん実装していき、現場医師の業務を改善し、医療問題を解決していきます。

まだ駆け出しなので思ってることは変わるかもしれないし、何言ってるかわからんと思うけど、会社を辞めてチャレンジするにあたって考えたことは以上です。

最後に(医療現場の皆さんへ)

これからAIを搭載したエキスパートシステムが医療現場に多く入ってくると思います。
結局AIが入ってきても責任は取れないから「AIは医者のアシストしかしない」んでしょと考える方がいると思います。ぼくはこれは違うと考えます。
また、画像診断専門医の方などで「AIに仕事を奪われる」と考える方も少なくないと思います。これも明確に違うと考えます。
最後にこれに関するぼくの考えを説明して終わりにしたいと思います。

ぼくは医師はこれから「患者を処置する」人から「患者を処置するAIを設計する」人にどんどん変わっていくと考えます。
AIを他人事にしているから責任をとれないとか、仕事を奪われるとか考えている訳ですが、そうでなく、現場医師が自分の判断をプログラマブルにして現場医師がAIを運用する人になるべきとぼくは考えています。

AIは知らない誰かでなく、自分の分身のような認識になれば、AIに関する倫理問題や責任問題は全て解決すると思います。そういったパラダイムシフトが近い未来必ず起こるはずです。

そして、その時にこれからの医師の方々は、機械学習に関する素養やプログラミングの知識が必要になってくると考えます。
ぼく達世代で現在働かれている医師の方々は全員等しく、皆さん学校で一番頭が良かった人たちですので、機械学習やプログラミングなどはちゃんと勉強すれば必ず身につけられます。

ぼくとパートナーの岡田は今年度、株式会社fcuroという会社を立ち上げました。
まだお金も何もない2人だけの会社ですが、我々は現場医師の方々が自身でAI研究開発に取り組めるような環境づくりに注力してまいります。

もしご興味のある方や協力いただける方がいらっしゃいましたら、twitterやfacebookを連携していますので、そこからDMいただくか、noteの機能を使って問い合わせいただければ幸いです。

(固く書いてしまいましたが、プログラミングしたいんじゃ〜〜!って医師や医学生など大歓迎です。岡田に繋ぎます。)

以上、長文になりましたが、おわり!

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