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よもやま語らいゼミ開催後記⑩「探し物を探しているときに見つからないのはなぜ?」

 よもやま語らいゼミ(通称「よゼミ」)とは東大生を対象に、あるテーマについて自由に話し合いをするイベントです。7月14日開催の今回は「探し物を探しているときに見つからないのはなぜ?」をテーマとし、言語を介したまったりお散歩をしました。参加者は、運営も含めて6名の少数精鋭でしたね。今回は「探し物」に馴染みのある方が多く、ただ、中には探し物をしないために工夫したり、そもそも探し物をあまりしなかったりする方もいて、様々な観点からの話が出たので少しだけ紹介してみたいと思います。

 よゼミでは、みなさんと話し始める前に、ピアサポーターのひとりから話題提供をします。
 最近は、話題提供者の書いたエッセイ調の文章や、新聞記事・webでの検索結果などから始まることが多かったです。しかし今回は、探し物にまつわる「おまじない」の話から始まるも、すぐに、やはり井上陽水さんの『夢の中へ』という曲にたどり着きました。

 発表してくださったその方は、事前に「歌いません!」と前置きしたにも関わらず、読み上げるだけで思わず、♪探し物はなんですか? ♪見つけにくいものですか? ♪かばんの中も机の中も探したけれど見つからないのに、と音に乗ってしまいかねない様子で、それを聞いた参加者も、頭で曲が流れた人が多かったようです。

 チャット欄もにぎやかで、陽気な雰囲気でスタートした今回、よもやま語らいタイム(話し合いの時間)は、「探し物は探すことをやめたときの方が、探し物をなくしたときの日常の行動と同じ目線になるので、見つかりやすくなるのではないか」との考察から始まりました。
 たしかに、私もつい最近、なくした充電器を1週間探して、諦めて、新しいものを買った2時間後に、なくしたはずの充電器が出てきました…皆さんもそういう覚えありますよね!きっと。

 ある方の「わたしはよくモノをなくします」の吐露のあとには、派生/脱線して、自分がものをなくすシチュエーションや「なにを探したかったのかをなくす」などの共感、「なくしものをしないため」の解決策の話が出てきました。ちなみに、解決策としては
①なくしたことを気にしない・その事実を受け容れる派、
②必要なものは常に全て持っておき、探さなくて済むようにする派、
③固定された場所やひとつの場所に置き、置いた場所を忘れないようにする派、
④モノの場所がわかるように物を減らす派

など、様々な手法や対策が出てきて、モノをなくしがちだった私にとっては大変参考になりました。

 リズ・ダベンポート著・平石律子訳『気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ』(SBクリエイティブ・2010年)という本の中では、平均的なビジネスパーソンは、「年間に150時間」も探し物に時間を割いていると指摘されているそうです。
 ただ、その文脈が、生産性や仕事の効率をあげることに繋がるものであったことから、参加者から「探し物をしているときに、思いもよらぬ発見があることもあるので、探し物をする時間が全て無駄なのではない」「普段と違うところに目を向けて行動することで、新たな発見があるのかもしれない」「探し物をしなければ見つけなかったであろう経験をすることもある」などの反論もなされました。

 探し物を探している時間は必ずしも無駄ではない、興味深い見解ですね!皆さんはどう考えますか?

 また、探し物をあまりしなくなった立場から「探し物を探す時間を楽しみたい」との趣旨で出た「探し物をする時間は、あえて作れるものなのか」という問いに対しては、アトラクションとしての「宝探し」「タイムカプセル」や、知的探求をするアカデミズム・基礎研究の話が出てきて、ものをなくしていなくても探し物をする余地を見つけました。

 よもやま語らっている間に、「探し物」に近い概念として「なくしもの」「忘れもの」があることに気付きました。ときに、探し物の対象物は、携帯電話や定期券などの物理的・実体的なモノから、友情ってなに・働くとは・自分には何が必要なのかなどの問い、人生の目的・人生そのものなどの概念にまで及ぶことがあります。これも踏まえて、ヒトと探し物の対象物との関係性も話し合っていましたね。

 ほかにも「”必要なもの”という概念がなくなれば、探し物や忘れものもなくなるのか」という問いについては、昨今の学校事情(忘れものをしないようにする教育ではなく、忘れものをしても大丈夫な環境を作る)や、幼少期から社会人・老人になるまでの人生における探し物の話も出てきて、思わぬ脱線ができました。

 最後に、これを読んでくださっている皆さんに質問です。
皆さんは、井上陽水さんの『夢の中へ』の2番を聴いたことがありますか?

 私たちも、よゼミの中でこの曲の歌詞について語らってみたので、ぜひ皆さんも「探し物を探しているときに見つからないのはなぜ?」をテーマに、ふらふら思考を漂う経験をしてみてください。どんな話が出たかは、冒頭のマインドマップにちょこっと記載がありますよ。
 ヒント:この曲は1973年の曲なんですよね。なのに、なぜ未だに聴き馴染みがあるのか…。

 私は、実は、様々な所属・性別・背景をもつ東大生と共に、月に1回 脳内お散歩のできる、この「よもやま語らいゼミ」の時間こそが、答えや正解のない目的地に向かう探し物の過程なのかもしれない…否!心躍る宝探しなのだ!と、よゼミを終えた今、余韻を堪能しています。🐁

 次回からは、よゼミチームの担当者が代わり、もしかしたら月2回、このような幸せな時間を皆さんと共有する機会を作れるかもしれません!
SNS等のフォローをして、東大ピアサポートルームからのお知らせをお楽しみに。

 8月のよゼミは8月下旬に、「『適当に』とは何か?」というテーマで開催します!チャットのみ参加・聞き専でも、ご飯を食べながらでも大丈夫です。ぜひお気軽にご参加ください。


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