4年前にコロナ禍を「予言」した自分が当てたことと外したこと
2020年、中国由来の新興感染症がパンデミックを引き起こした。20%の高い致死率を持ち、しかも感染者を人の多い場所に向かわせる性質があるこの感染症に対し、各国政府は人権侵害を伴う徹底的な対策を取るほかなかった(ただし日本政府は後手に回り、下からの突き上げによって制限に乗り出した)。ワクチンも特効薬も完成せず、根本的な対処法は人工被膜で体表と呼吸器系を覆うことで、物理的にウイルスの侵入を阻止する手術のみ。手術には味覚と嗅覚を失うなどの副作用があったものの、全成人に手術が義務化され、ようやく狂躁熱は終息した。
それから10年。成人となり、手術を受けた主人公に、生き別れになった父から突然連絡が入る。感染対策を絶対視する社会に抵抗する地下勢力の一員となっていた父は主人公を地下に勧誘するが、主人公には感染した父を殺しかけた過去があった――――。
というのが、4年前に自分が書いたアマチュアSFのあらすじです。
当時の自分は高校一年生。高校の文芸会の部誌に出す作品としてこの小説を書きました。
正直、自分で見返してみても小説としての完成度は低いのですが、意外にも周囲の評価は高く、親に至っては親戚に配るために10冊ほど製本し、配られた祖母はなぜかそれを仏壇に供える始末でした。
ただ、それからは受験の急がしさもあり、SFそのものへの興味を薄れて小説を書くこともやめたので、その小説のことはすっかり忘れていました。
しかし、小説を書いてから3年後、中国発の新興感染症たるCOVID-19は瞬く間に世界に広がり、想像の世界が現実になってしまいます。
当てたこと
1.中国発のウイルスが2020年にパンデミックを引き起こす
2.日本政府の対応は後手にまわり、下から突き上げられる
3.感染対策によって飲食業界が壊滅的な被害を受ける
4.特効薬が完成しない
5.感染症対策に抵抗する勢力が現れる
6.社会運動のバーチャル化が進む
自分の小説が当てたことはこの6つです。
まず、ウイルスの起源ですが、これは人と多様な動物との接触があり、人口密集地も多い中国が起源となる可能性はかなり高かったので、中国起源の設定にしました。そして、時期を2020年に設定したのはごく単純に「オリンピックと重なると大変だろうな―」と思ったからです(そして実際に大変なことになっています)
日本政府の対応が後手に回ると予測したのは、小学生の時に新型インフレンザや東日本大震災への対応のごたごたをニュースで見てきた経験からです。子供ながらにこの国の危機への対応がいかにずさんか見てきたつもりなので、次のパンデミック対応もひどいだろうと考えました。ただ、実際のコロナ対応は、それらへの対応よりひどい面も多々あるような気がします...
感染対策によって飲食業界が壊滅的な被害を受けると予測したのは、感染の温床になりうるからというよりも、小説の中の手術の副作用で味覚と嗅覚が失われるために食事の楽しさが失われるからです。これは半分外しているといってもいいかもしれません(ただ後遺症で味覚と嗅覚を奪われて、食事を楽しめなくなっている人もいるのでニアミスはしてるかなと)
特効薬が完成しないと予測したのは、単純にそれが本当に難しいことだからです。ウイルス感染症はたくさんありますが、そのうち特効薬があるのはごく一握り。パンデミックを起こしたからといって、そんな都合よく作れるわけないだろ、という予想です。これはほぼ完ぺきに現実を当てているでしょう。
感染症対策に抵抗する勢力が出てくると考えたのは、本格的な感染症対策が痛みを伴うものであることは分かっていたからです。全員が同じ方向に向かっていくことが防疫上は理想ですが、なかなかそうはなりません。そして、マスクなどの感染症対策に対して否定的な言動する人々は実際に現れました(一方で、そういう言動に引っかかる人は日本では自分の想定よりは少なく、これは様々な人の努力のたまものだと思います)。
また、集まることに対してネガティブな時代に社会運動は否応なく変質を迫られるというのもある程度当てていました。小説の中では「仮想デモ」という名前で、感染症対策に抵抗する勢力が主に勧誘のために行っていましたが、ハッシュタグを使った抗議が一気に普及するという形で現実になりました。
外したこと
一方外したことはたくさんあります。というか、本気で未来予測しようとしたつもりはなくて、素人がフィクションのためにリアルそうな設定を考えているのだから外すところが多くて当然なのですが…。その中で、重要な相違点を挙げるとこのようなことになります
1.致死率が2.2%(世界平均)と小説の十分の一でも医療崩壊の危機
2.WHOが権威を失う
3.有効なワクチンが複数完成している
致死率に関してですが、致死率が2%でもたくさんの人が感染してしまい、かつ一定の割合で重症者がいれば、医療崩壊は十分起こるものだとは正直想像が及んでいませんでした。これは自分が感染症の恐ろしさをなめていたというだけなので、言い訳はしません。言い訳はしないんですが、「逆にコロナ前に致死率2%のウイルスが流行するというSFを読んでても、そんなに危機感を持って読む人はいなかっただろ」とは思います。
WHOに関しては、防疫が重要視されると、WHOの重要性は上がり、権威も高まると思っていたのですが、パンデミック宣言が遅れて、逆に権威が失墜するという結果になってしまいました。これからの全世界的にワクチン接種を進めるには欠かせない機関の信頼性が失われたことは、とても残念なことです。
嬉しい誤算は、たった一年で、有効なワクチンが複数完成したことです。
新しいウイルスのワクチンを作るというのはとても難しいことなので、一年でできるわけがないだろう、って思っていたんです。4年前は。しかし、実際にはmRNAワクチンをはじめとした技術の進展はすさまじく、一年で有効なワクチンが複数完成し、多くの国で接種が進んでいるのが現実です。
もちろんワクチンの世界的格差はとても大きく、また万能というわけでもなく、ワクチンが著しく効きにくい変異株が生まれる前に人類の大半にワクチンを打つという厳しい戦いがありますが、それでもワクチンという武器がなければ、その戦いに挑むことさえできません。(そして、小説の中では人体改造手術に頼るしかありませんでした。体を人工被膜で覆って味覚と嗅覚を捨てるのですから、よくある陰謀論にある5G接続なんてかわいいものです笑)
やはり、ワクチンがあるというのは本当に大きいことだと改めて実感します......
未来は予測できるか
なぜ、自分がそこまで当てる気がなかったのにも関わらず、(ひいき目に見て)ある程度のことは予測できたのか。
それは単純に「パンデミックはほぼ確実に起こる」と言われてきて、それについて少し調べたからです。
2020年に中国発の感染症がパンデミックを起こすことを予言して当てるのはある程度運も絡んできますが、
「2020年代に何らかの新興感染症がパンデミックを起こすこと」
「起源として最もありがちな場所の一つは中国だということ」
これは4年前の時点でほぼ確定でした。
具体的な予測は難しいものの、大まかな予測は比較的に簡単なのです。
あとは感染症について調べるだけでそれなりに予測はできます。(そして、大まかな予測に想像力とオリジナリティを適当に入れると冒頭のあらすじのようなものが出来上がります笑)
そして、パンデミックと同じようにほぼ確実に起こる未来というのは意外と多くあって、例えば先進各国での少子高齢化していくこと(移民を考えなければ人口動態はほぼ確実な予測ができる)、それに伴って市場の中心がアジア・アフリカにシフトしていくこと、世界中で気候変動対策がどんどん強化されていくこと(ただしそれが気候変動の被害を抑えるのに十分なペースできるかは努力次第)、などがあげられます。
このような、ほぼ確定的な大きな流れ(メガトレンド)を考えるのには、夫馬賢治さんのこの本がおすすめです。
多くの人は未来のことを考えるときに、無意識的に今のような社会がずっと続くかのように考えてしまったり、そんなことは考えても仕方がないとあきらめってしまったりします。
でも、それはとてももったいないことではないでしょうか。未来のことについて調べ考える時間とささやかな想像力さえあれば、未来をざっくり予測することはできるのですから。
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