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歴研部員「橘の君」事件簿【第9話】妖刀の行方 Ⅱ

なつきとは週明けに合う約束をして電話を切った。

夕食は冷蔵庫にあるものでチャーハンを作った。

ご飯を食べると落ち着く。
土日と連日出かけたため疲れたのだろう、あくびが止まらない。

夜8時過ぎだが、シャワーを浴びて早めに寐ることにした。

また夢にあの声が出てくるかもしれないが、正体を知りたいから望むところだ。

その夜はちょっと様子が違っていた。

「タチバナノキミよ」

夢の声はそう呼んだ。いや、夢とは思えなかった。

この感じは“ゴイっち”の脳内で菅原道真公と交信したときに似ている。

「あなたは誰なの?もしかして神さまなんですか」

そう問うと声は答えた。

「わたしは息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)という」

「おきながらひめ・・・」

「そなたには、神功皇后(じんぐうこうごう)の方が馴染みがあるやもしれないね」

「じんぐうこうごうは聞いたことあるような・・・」

すると声は私の反応に業を煮やしたのだろう。早口で話しを続けた。


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日本武尊(ヤマトタケル)の第二子である第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の皇后になって「神功皇后」と呼ばれたという。

仲哀天皇が大和朝廷に抵抗する九州の熊襲(くまそ)を鎮めようと、香椎宮(現在の福岡市東区香椎にある)を訪れたときのこと。

同行した神功皇后は巫女的な不思議な力があり、神さまから「熊襲などよりも、まばゆいばかりの宝であふれた国がある」と兵力を使って攻めるならば朝鮮の新羅国がよかろうと神託をうけた。

ところが仲哀天皇はそれを信じずに熊襲征討を強行。しかし勝利を収めることはできず帰還した。やがて神の怒りを買って崩御する。

神功皇后は人民の混乱を避けるため天皇の崩御を伏せた。

住吉三神のお告げによって髪を結い上げ男装した神功皇后は、自ら兵を率いて新羅へ渡る。新羅の王はその勢いに圧倒されて降参。神功皇后は戦うことなく百済と高句麗も従わせて三韓征伐を成した。

その後も皇子の譽田別命(ほむだわけのみこと)が応神天皇として即位すると、摂政の立場から支え、100歳まで70年ほど在位したそうだ。

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「なんかすごいんだけど」

私はその実績を聞いて唸った。

すると神功皇后は機嫌を良くしたのか、近年のことに触れた。

「わたしがこの世を去ってずいぶん経つが、明治時代には初めての肖像紙幣に姿が描かれたからねぇ。あの頃のことがいまだに語り継がれているのでしょう」

いやいや、神功皇后が紙幣になったことなんて私は知らないし。紙幣になった一番古い偉人はてっきり聖徳太子かと思ってたくらいだ。

察知されるとややこしくなりそうだから、とっとと核心に触れよう。

「それで?なぜわたしの夢に出てきたの。さっきはタチバナノキミって呼んでたけど」

神功皇后は口調に威圧感がなく穏やかな性格らしいので、こちらもついタメ口で聞いてしまった。

「そなたの家系はタチバナノキミの遠い親戚にあたると思いなさい。それに私はこの福岡の地と縁があり、現人神社とも繋がりが深い」

「ん~なんかよくわかんないんだけど」

「橘山を治める者をカグツミ(橘統み)という。タチバナノキミはオオヤマカグツミの子であるマウラが“橘の君”と名乗ったのがはじまりなのだ。一方、現人神社辺りには伊弉諾尊(イザナギノミコト)が禊ぎを行った立花木(橘)がある。禊ぎのときにお生まれになった水の神(住吉三神)のご加護によって、わたしは三韓征伐を成し遂げることができた。だから直接関係はないものの“橘の君”にはどこか親しみを覚えてのう」

神功皇后の心情こそ、ななおの感じた“神の気配”かもしれない。私としては巻き込まれたようなものじゃないか。

「それだけの理由でいきなり夢に出てこられて呼ばれても困るんだけど」

「まあ聞くがよい。そなたが通っておる大学で何やら不穏な動きがある。それを知らせたくて夢枕に立ったのだ」

「不穏な動きって?事件とか事故が起きるかもしれないの?」

「詳しいことはわからぬが、必要とあらばわたしも力を貸すことになろう」

神功皇后はそう告げると気配を消した。



夢なのかリアルなのかハッキリしないが、神功皇后とやりとりしたため睡眠不足で朝の目覚めが悪かった。

大学でも神功皇后が言ったことが頭の中をグルグル回って講義内容など耳に入ってこない。なつきとの約束も気になって5時限の予定だったところ4時限で切り上げた。

なつきには、早めに帰れそうだとLINEで連絡しといた。



ピンポーン

「はーい、どーぞー」

なつきが来たのは夕方6時頃だった。

「久しぶり-」
「2か月ぐらい前に会ったけどね」

黒髪ロングは相変わらずだが、トレーナーにパンツ姿で着こなしが垢抜けていた。

わたしはと言えば早々とスウェットの部屋着でリラックスしていたところだ。

「ほらこれ。時間があったからボンボンドーナツ買ってきたと」

「うわっ、テレビでよう行列ができるお店って言いよるとこやろ。食べかったっちゃん」

「運良く売り切れずに残っとたとよぉ」

大学では学生たちの出身地はさまざまだから、お互いに方言を使わず標準語で話すことが多い。

その反動でなつきとしゃべると、ちっご弁(筑後弁)がバンバン飛び出す。

ドリップでコーヒーをいれて、ドーナツを食べながらしばし学校の話題で盛り上がった。

話が一段落ついたところで、なつきから切り出した。

「それで、例のことなんやけど」

「道真公から聞いたっていう件ね」

「そうなんよ。道真公が私の脳にリンクしてきたと」

菅原道真公は本来、ゴイサギの“ゴイっち”が瀕死の重傷を負ったところを救い、脳内交信により意思疎通をはかった。ゴイっちはなつきの脳にリンクできたため、成り行きから道真公もなつきと脳内交信するようになった。

やがて道真公はゴイっちの脳内に“ピンクの部屋”を作ってなつきや私とも意思疎通するようになったのだ。しかしゴイっちを“普通のゴイサギ”に戻してからは音沙汰無かった。ここにきて道真公がなつきの脳に直接交信してきたという。

「で、道真公はどんな話をしたと?」

「それがたい。蓮華大学で大きな事件が起きるから友だちの“君枝とやら”も巻き込まれるはずだ。力を合わせて事件を解決するのじゃ。なんていうとよ。びっくりしたばい」

「大きな事件っち、なんやろか」

私が不安そうな顔をすると、なつきは続けた。

「道真公はさぁ、久留米で悪徳不動産業者が高良山の森を伐採しようと企んだのを見抜いたやん。今度は”特殊詐欺グループ”らしいとよ」

「ええっ。うちの大学で特殊詐欺?」

特殊詐欺とはいわゆる「オレオレ詐欺」からはじまった新手の詐欺をいう。電話や郵便物、あるいは直接訪問して親族の友人や役所の職員、場合によっては警察官を名乗り被害者を騙して高額なお金を振り込ませる手口だ。
最近ではSNSや求人サイトで「もうかるアルバイトあります」と募集する“闇バイト”が増えて問題視されている。

「この間、どこかの大学生が闇バイトで特殊詐欺の“受け子”をして捕まってたよね」

なつきが具体例を挙げるので私もどんどん心配になってきた。

特殊詐欺グループは主犯格がSNSなどを使って指示を出す。被害者を騙す行為だけでなく、口座に振り込ませた現金をATMから引き出す「出し子」や、被害者宅を訪ねてカードや現金を受け取る「受け子」と呼ばれる役割がある。主に高齢者を狙うことが多く、最近は詐欺に止まらず強盗に入る「アポ電強盗」が増えている。

「実はさぁ、昨日の夜、夢の中で神功皇后から話しかけられて…」

私が昨夜の出来事を洗いざらい明かしたところ、なつきの顔色が変わった。

「道真公が言いよった。今度はわたしだけでなく、神々の間で注目されている。それだけ大がかりなことになりそうじゃ。って」

そんな大事件を私たちにいったいどうしろというのだ。考えるほど神さまたちのムチャぶりに腹が立ってきた。


『歴研部員「橘の君」事件簿【第10話】妖刀の行方 Ⅱ』最終回へ続く


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