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“女”を絶妙に描き新選組の凄みを浮き彫りに。巨匠2人の作品を読み比べてみた。

#読書の秋2021 #燃えよ剣 #近藤勇白書


「新選組副長土方歳三」 函館・五稜郭の戦いでそう名乗れば敵軍が縮み上がる光景が脳内に広がっていく。司馬遼太郎氏の名作『燃えよ剣』を読んでいて実感したものです。映画『燃えよ剣』が10月15日から公開されたので、10年ぶりくらいに書棚の奥から引っ張り出しました。

歴史小説『燃えよ剣』は若かりし土方歳三が幼なじみの近藤勇や田舎道場仲間の沖田総司たちと京に上って新選組を結成。鬼の副長と言われた土方を中心に局長の近藤や沖田ら同志たちが寄せ集めのような新選組を幕府も一目置く統率が取れた武装集団に成長させながら、幕末の急速な時世の変化に翻弄される運命を描いた作品。

わたし自身が年齢を重ねることで読むたびに引き込まれる場面が違っており、60代になると様々な女性との関係が実は土方歳三の人格や思考の変化を浮き彫りにするうえで重要なのだと改めて気づきました。以降、要所に触れていきます。

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土方歳三(以降・歳三)の生まれ故郷・武州多摩では村祭りの神事として闇の中で見ず知らずの男女が出会う風習があり、歳三が近くにいた女性を抱き寄せた時のこと。すでに「女は身分だ」という価値観を持っており、田舎娘とは思えぬ香りがしたので「そなた何者だ」、「申せませぬ」、「そなた、かまわぬか」、「かまいませぬ」と男女の関係に至るのですが、2人のやりとりが目に見えるように生々しく描写されているためドキドキします。

あるときは歳三が斬り合いで怪我をして転がり込んだ顔見知りの“鈴振り巫女”を「ここへ来い」と引き寄せるのですが「喧嘩と女、こいつは一つものだな」といった感覚で、抱きながらも相手に心を開くことはありません。

しかし京に上ってから敵に襲われ窮地に立った歳三は傷を負って路地に入り込んだところ、見知らぬ女性から救われます。その立ち居振る舞いからこれまでと違う感情を持った歳三は「名は、なんと申される」、「○○と申します」、「武家だね」、「…」と言葉をかわしただけで去るのでした。本当の恋を知った歳三は彼女を思いながら“新選組副長”として函館まで突き進むのです。

新選組と言えば池田屋事件(1864年)が有名ですが、『燃えよ剣』では鳥羽・伏見の戦い(1868年)のすさまじさを、読者も戦場にいるかのように錯覚するほど素晴らしい表現力で描いています。歳三は隊士たちを率いて命を省みず(たとえば耳元を小銃弾が「ぴっ」「ぴっ」とかすめるような状況でも)獅子奮迅の活躍をするのですが、その原動力はもしかすると“女”にあるのではないか。そこに繋がるほど女性との関係を描くことにこだわっているように思えました。

池波正太郎『近藤勇白書』も“女”を介することで男たちの本性を引き出す手法が光る

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『燃えよ剣』が土方歳三目線で新選組を描けば、司馬氏は『新選組血風録』で他の隊士のエピソード「沖田総司の恋」などを描いていますが、“新選組局長”を主役にした小説と言えば池波正太郎氏の『近藤勇白書』は外せません。

『近藤勇白書』は近藤勇の妻・つねの存在が『燃えよ剣』に比べてかなり大きく扱われています。『燃えよ剣』は歳三目線でつねを観察しており「無愛想でおもしろみがない女」というイメージを強調していますが、『近藤勇白書』では地元田舎道場の長である近藤勇の弱腰なところを白い目で見ていたつねが、ある出来事から態度が豹変。気づいた歳三が「奥方の目つきが変わってきましたね」「夜なんざ、どうです?」と勇を冷やかしたりして、ずいぶん雰囲気が違います。

何より近藤勇が浪士隊募集を聞いて京に上ることを決意した理由の1つに、妻・つねが大きな期待を寄せたことを描いているのは『燃えよ剣』とかなり視点が変わっていて興味深いものがありました。そのように“女”を介することで心の動きを絶妙に描写しているわけです。

また、初期の新選組で近藤勇とともに局長を務めた芹沢鴨。粗暴な性格で酒乱が酷く近藤・土方たちから暗殺されることになるのですが、芹沢に関しては“女”を介していかに乱暴狼藉を働いたかを浮き彫りにしていました。芹沢の最期と同じく何とも後味が悪い印象しかありませんが、それも作者の狙いなのでしょう。

余談ながら・・・

感想文を書くに当たり悩んだのが土方歳三や近藤勇の女性遍歴に触れるうえで「男女の関係」、「濡れ場」、「ラブシーン」、「男女の縁」・・・どのような言葉で表現したものか迷いました。適切なワードが見つからず、結局“女”という書き方に落ち着いたのですが、もし司馬遼太郎氏や池波正太郎氏が今のご時世で書くとすれば“女”に対する表現の仕方を変えるのか気になるところではあります。

さらに余談ですが・・・

1981年12月からTBS系で放送されたドラマ『鞍馬天狗』は主人公の勤王の志士「鞍馬天狗」を草刈正雄が演じ、敵対する新選組の近藤勇を財津一郎、土方歳三を細川俊之が演じていました。わたしはこれまでいろいろな幕末を描いたドラマや映画を見ていますが、財津一郎による近藤勇と細川俊之の土方歳三を超えるハマり役を知りません。ちなみにテーマ曲のインストナンバー『ロンリーロード』はベーシストで音楽プロデューサーの後藤次利が手掛けており、時代劇とは思えぬ斬新なものでした。


※画像は『イラストAC「幕末人物ひとこま6 新選組隊士2人組 」(作者: cocoancoさん)、「昔 歴史 江戸 幕末 新選組 土方歳三(作者: ニッキーさん)」、「昔 歴史 江戸 幕末 新選組 近藤勇(作者: ニッキーさん)』より


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