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時にはラジオのように

2年前、「アマンダと僕」という映画を観た。

映画館を出た瞬間、火照った頬に吹き付ける風が心地よく、しかしその心地よさは一瞬にして過ぎ去って「うわさむっ!!」となった覚えがあるので、結構寒い日だったと思う。11月くらいだったかな。

僕はこの映画にとても感動したのだけれど、もちろん、そこにはいくつか要因がある。

まず、映画自体の出来が素晴らしい(当たり前である)。詳細には立ち入らないが、社会情勢の不安と個人の抱える不安の重ね方が本当に巧みで、その不安が渦のようにすごい力で観客を引き込んでいく。そこからの、あのラストシーン。映画はそこそこ観てきたけれど、あれほど美しい終わり方はちょっと記憶にない。しばらく立ち上がれなかった。その後、久しぶりに行った西麻布の五行のラーメンで口の中をひどくやけどしたけれど、そんなこともどうでも良くなるくらい素晴らしいエンディングだった(五行はいつ行ってもやけどするし、いざ食べてみるとそこまで美味しくもないのだけれど、なぜかたまに行きたくなる不思議な店であった)。

それから、あの六本木ヒルズの映画館も一役買っているような気がする。あそこは1階と2階にスクリーンがあって、断然、2階のスクリーンが僕は好きである。「アマンダと僕」を観たのも2階だった。なんといってもあの長いエスカレーターが良い。映画が始まる前、上っていくときは非日常に連れていかれるようなワクワク感があるし、終わった後もまた良くて、美しい夜景を見ながらゆっくりと下っていくあの感じが、映画を観た後特有の浮遊感を上手く保存してくれるような気がする。六本木ヒルズはほぼ全部クソみたいな設計だけど、あの映画館のあのエスカレーターだけは、本当に優れた舞台装置だと思う。

3つ目、ともすればこれがもしかすると一番大きな要因なのかもしれない。ちょうど仕事がひと段落し、久しぶりに落ち着きを取り戻しつつあった時期で、「久しぶりに映画館に行きたいな」とふと思ったのが前日のことだった。もともと映画は結構好きでよく観に行っていたのだけど、ここ数年仕事も忙しかったし、とくに子供が生まれて以降は、悲しいことに、映画館に足を運ぶ機会がめっきり少なくなってしまっていた。そんなところにちょうど仕事に余裕ができて、しかも妻と子供が帰省中だったので、「映画館に行きたいな」というふとした着想は、すぐに、「映画館行くしかない!」という形で僕の心をわしづかみにしたのだった。

じゃあ何を観ようか、となって、僕は「そういえば今って東京国際映画祭の時期じゃないか?」と気が付いた。自分で言うのもなんだけど、僕は時々、とんでもなく素晴らしいことをひらめくのだ。早速ウェブページを開いたものの、もう映画祭はほぼ終盤で、選択肢はほとんどない。ソワソワしながらチケットの予約状況を確認していくと、果たして、グランプリ受賞作品を上映する回のチケットが残っていた。しかしここで僕は少し逡巡する。だって、グランプリ受賞作品とはいっても、僕の好みに合った映画かどうかは分からない(その時点でグランプリは発表されていなかった)。せっかくの機会なのだ。ここは、無難に、僕が間違いなく好きそうな他の映画をチョイスすべきではないか。

けれど、同時に、なんとなく偶然性に賭けたくなった。たまには、自分で選ばないというのも良いかもしれない。せっかくの機会ではあるけれど、グランプリ受賞作だし、これにベットしてみても良いんじゃないだろうか。旅行先で、事前にいろいろ調べてこれと決めた店に行くのも良いけれど、ぶらぶら散歩しながら、いい匂いが漂ってきた店にフラッと吸い込まれてみるのも良い。そんな感覚で観たのが「アマンダと僕」だった。

この種の偶然性というのは、万事につけ、感動を増幅させるものだ。Spotifyがおすすめしてくれる曲も確かに良いのだけれど、それが、ラジオをつけて、適当にチャンネルを回していて急に耳に飛び込んできたのだったら、何倍も良いだろうという気がする。アンチテーゼと言ったら大げさだけれど、この種の偶然性が提供する価値というのは、AIとかアルゴリズムではなかなか提供できないものではないかと思う。なくても生きていけるものだから見過ごしがちだけれど、このまま見過ごし続けていたら、ほどなく、この世界はかつての豊かさを決定的に失ってしまうかもしれない。

そういう危機感に対するささやかなる抵抗として、性懲りもなく、またChikarumとマガジンを始めることにしました。これはその一発目。なんとなくのルールは僕らの中で決まっているのだけれど、まぁここに書いて何がどうなるというものでもないので特に書かないことにします。また音楽で書いていくつもりだったのだけれど、映画の話で終わってしまったので、もう何でもアリということにしようと思います。

うまくいったらおなぐさみ。

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