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Hello, I'm Johnny Cash.

どうも、ジョニー・キャッシュです。

えーいま、見たら分かるかもしれませんが、バンに乗っています。外の景色はこんな感じです。そう、ハイウェイを飛ばしてる。遠くの方に海が見えますね。見えるかな?今日はあんまり綺麗じゃないね。そう、よく分かったね。カリフォルニア。じゃあどこに向かってるか分かるかな?前にも行ったことあるところだけど。これで3回目かな。高い塀に囲まれてるとこって言えば分かるかも。そう、サン・クエンティン州立刑務所。うん、今日もライブです。サン・クエンティンは好きな場所の一つなんだよね。いつも俺を歓迎してくれるから。所長以外は、だけど。所長はいつも、囚人が暴動を起こさないか、それだけを気にしてる。口癖は「頼むから囚人を刺激するような歌は歌わないでくれ」。それならアーチーズでも呼んどきゃいいのにさ。まぁ、あいつらがサン・クエンティンに足を踏み入れる勇気があればの話だけど。

今日はどんより曇ってるね。カリフォルニアっぽくない天気だ。最近やっと少し暖かくなってきたのに、今日はすごく肌寒い。普通だったら、あまり楽しい気分にはならないだろうね。でも俺は結構好きな天気だ。キングスランドを思い出さなくてすむから。あの日があまりに晴れ抜いていたせいか、俺は晴れっていうやつが苦手になっちまったんだ。

いやいや、暗い話はやめにしよう。あと20分くらいか?そういや、一応、俺が訪問するってことは囚人たちには教えないことになってるらしい。騒ぎに乗じて脱獄する奴がいると困るからとかってね。あの所長の考えそうなこった。俺が思うに、たとえ塀の外までトンネル掘ってる奴がいても、俺のライブがあるって知ったら泥だらけで戻ってくると思うけどさ。第一、実際のとこ、俺が来るってことはみんな知ってるらしいしね。

何を隠そう、俺はあそこの囚人たちが好きなんだ。確か、カリフォルニアで一番古い刑務所じゃなかったかな。囚人たちはアリーナって呼んでるらしい。カリフォルニアじゃ、死刑判決食らった奴らはみんなサン・クエンティンに行く。そこで、いつ来るとも分からない死刑執行をじっと待つんだ。そういう奴らが入ってはいなくなり、入ってはいなくなりを何度も繰り返して、いつしかそれが当たり前になっていった、そういう場所なんだ。そういう空気が染み込んでるからか分からないけど、あそこの壁は独特の色をしてるんだ。サン・クエンティンに行ったことある人はいる?刑務所じゃなくても、町の方だったらどうかな。そう、ほんとにちっぽけな町だよな。すぐ近くにあんな刑務所があるなんて、ちょっと信じられないくらい小さい町だ。白くて眩しい壁の家が多い。俺はあんまり好きじゃないけどな。

あと10分くらいか。だんだん、見覚えのある景色になってきた。不思議と懐かしさを覚える。俺は刑務所に入ったことないんだけどね。でもたぶん俺は、あいつらと同じような何かが欠落しているのかなと思う。俺はそれを埋められていないけれど、俺の歌は、あいつらにぽっかり空いた穴を埋められるのかもしれない。俺はそういう直感に縋って生きているんだ。

その種の欠落を埋められるかどうかっていうのは、結局運でしかないと思う。俺だって、少し運が悪かったら、いまごろサン・クエンティンで穴掘ってる時分だろう。親父にはいつも怒鳴られたけど、ジャックはいつも俺の歌を褒めてくれた。いまの俺があるのはジャックのおかげだ。俺はただ、ジャックのようになりたかった。誰かの役に立ちたいんだと言っていた、あの兄のように。なぜ俺はあのとき釣りに行ってしまったのか。なんとなく予感はしていたのにね。

また暗くなっちまった。あと5分くらいか。そういや最近、ボブ・ディランに会ったんだ。いやいや、ここにはいないよ。結構いい感じでいろいろレコーディングしたんだけどね。レコードになるのかな。ディランで好きな曲?うーんそうだな、やっぱり「悲しきベイブ」だな。ジューンとカバーしたこともある。「全部のドアをひとつひとつ開けてくれる男、それは俺じゃないよ」っていうあのサビが好きなんだ。マジでなよなよしいよな。ストレートに不器用でさ。

正直に言って、俺はあの日から成長できていないんだ。兄を失ったあの日から。いや、釣りはすごく良い思い出だ。あの頃、釣りは、つらい畑仕事から逃れられる唯一の楽しみだったんだ。何も釣れなくても、釣りをしている、それだけでよかった。リールも何もない枝に糸つけただけみたいな釣り竿で、兄と釣りをしてるその時間が、間違いなく俺の人生で最良の時だった。釣り竿を持つと、いまも兄がそばにいる気がするんだ。どうしてあの時、俺1人で釣りに行ってしまったのか分からない。兄を工場に残して。とても天気の良い日だったからかもしれない。あの日は、本当に、不思議なくらい釣り日和だったんだ。「どうして違う方を連れて行ったんだ!」そう親父は叫んだ。俺も、それは真実だと思う。神様が、何かの拍子に手元が狂って、間違った方を残してしまったんだと思う。

サン・クエンティンの水は黄色い。とても飲めたもんじゃない。それでも、その水を飲まなければ渇きを癒せない奴もいる。その水は、あるいは、俺が飲むべきであった水なのかもしれない。俺には分からない。なぜここの囚人たちがこれほど汚い水を飲まなければならないのか。美味い水を飲んでる連中と、ここにいる死刑囚たち。その彼我にどれほどの距離があるのか。この壁にどれほどの意味があるのだろうか。これほど高い壁を築く必要は、本当にあるのだろうか。

さぁそろそろ到着だ。クソ長いチェックがやっと終わって、門が開いたらしい。お別れの時間だ。次の配信がいつかは分からないが。そういや昨日の夜、あいつらのために曲を書いたんだ。タイトルはそのまま「サン・クエンティン」。まぁそんなに悪くない曲だと思うよ。


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