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眠れぬ夜の悪魔

あれ、もしかして今夜は上手く寝付けないかもと、ほんの少しでも感じてしまえば一巻の終わりである。「やつは、その瞬間を、決して、逃さない。」一度そうなってしまえばあとはもう、やつが飽きるまで弄ばれるだけである。眠気は永遠に伸びるゴムのごとく、手繰り寄せようとすればするほど遠ざかってゆく。どこかで見た米軍が使っているとかいう入眠法もまるで役に立たない。催眠音も無性に耳につく。昨日までどうやって寝ていたのかさっぱりわからない。「寝なければ」と考えるその意識がいけないのだと、分かってはいても追い出せない。この脳みそはバターだ、食パンたる枕に温められてゆっくりと心地よく溶け出してゆくんだ、そうに違いない絶対間違いない、無理やり思い込んでやっとのことで眠気のしっぽをつかんだと思った、その瞬間こそがやつの残酷さの真骨頂である。普段なら全く気にならないような眉間とか背中の痒みが、急に国会議事堂前くらいの声量で主張してくるのだ。やれやれ。これを何度か繰り返すと、次第に身体の欠陥を疑いだす。こんなに眠れないのはいくらなんでもおかしい。人類の歴史において無数に繰り返されてきたであろうこの悲劇が、果たして遺伝子に影響しないはずがない。我々の身体は、知らず知らずのうちに対抗策を生み出しているのではないか。この身体にも、隠しコマンドのように埋め込まれているのではないか。試しに腕を上上下下左右左右に動かしてみても効果は見られない。しかし考えてみればそんなに単純なはずはない。当たり前のことである。そんなコマンドであれば、とっくにジャニーズ一斉入眠事件が起きているはずだ。とすれば鼻の穴の奥に違いない、だってジャニーズは鼻をほじらないから、と押してみても予想に反して指が汚れただけである。やれやれ。ここまで来ると、いよいよこの眠れぬ夜に愛着すら湧いてきて、「しゃーこら!とことん付き合ってやるぜ」と思ったらその途端に眠りに落ちたりするから、ほんとうに気まぐれな悪魔である。

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